オピオイド使用で高齢者の死亡率が上昇

高齢者に対する鎮痛剤の投与で留意すべき点として,オピオイド依存を挙げる医師は日本ではまだ極めて少数派だろう.ましてや「”たかが鎮痛剤”で死亡率が上昇するなんて」とのたもう向きも多いだろう.

ではオピオイド依存・乱用の本場米国ではどうだろうか?実は高齢者集団である退役軍人にはオピオイド依存のリスクがあることがわかっている.
Risk factors for opioid overdose and awareness of overdose risk among veterans prescribed chronic opioids for addiction or pain. J Addict Dis. 2016;35(1):42-51
Our results suggest that veterans in both groups underestimated their risk for opioid overdose. Expansion of overdose education to include individuals on chronic opioids for pain management and a shift in educational approaches to overdose prevention may be indicated.

ところが,必ずしも高齢者をオピオイド依存・乱用から守るというシステムにはなっていない.
Lack of coordination between health care systems associated with fatal opioid overdoses
1. The authors of this nested case control study observed that veterans who received opioid prescriptions through both, the Veterans Association (VA) and Medicare Part D were at a higher risk for fatal opioid overdose compared to veterans who only used one health care system for such prescriptions.
2. The authors found that about 28% of the case patients were receiving dual opioid prescriptions from the VA and Medicare Part D health care systems.
オピオイド過量overdoseで死亡したうちの28%が,VA とMedicare Part D の二つの保険医療からオピオイドの処方を重複して受けていたのに対し,対照群では14%しかいなかった(それでも多いとは思うが).この研究の意義は,単に高齢者にもオピオイド依存のリスクがあるというだけではなく,オピオイド依存が実際に死亡リスクの増大に結びついているエビデンスを示した点にある.下記は元論文
Dual Receipt of Prescription Opioids From the Department of Veterans Affairs and Medicare Part D and Prescription Opioid Overdose Death Among Veterans: A Nested Case–Control Study.Ann Intern Med. doi:10.7326/M18-2574

さらに,このAnn Intern Medの論文と同じ日(2019/3/12)にJAMA Netwrok Openに,以下のような論文が発表された.Association of Tramadol With All-Cause Mortality Among Patients With Osteoarthritis. JAMA. 2019;321(10):969-982. doi:10.1001/jama.2019.1347
50才以上の変形性関節症88 902 人(平均年齢70才)のコホート研究で,1年間の観察期間中の全死亡率は,トラマドール群はナプロキセン (HR, 1.71), ジクロフェナク (HR, 1.88), セレコキシブ (HR, 1.70), エトリコキシブ (HR, 2.04)のいずれよりも有意に高かった.一方,トラマドールと同じオピオイドであるコデインとは全死亡率に有意差はなかった (HR, 0.94).

転じて我が国では,アセトアミノフェンと立派なオピオイドであるトラマドールとの配合剤として,非がん性慢性疼痛の適応で2011年7月に発売された「トラムセット」は,2014年13億円→15年には33億円→17年95億円→18年には228億円と,わずか4年間で20倍近くも売り上げを伸ばした(持田製薬の決算資料より)←慢性疼痛、伸びる市場…今後10年で60%成長 使用広がるオピオイド、抗うつ薬も使用可能に
その一方で,再審査期間終了を待っていましたとばかりに.早速トラムセットの後発品も出てきた.→トアラセット

我が国でもポリファーマシー抑制の流れはもはや変えられない.ポリファーマシーにおける鎮痛剤と言えば,これまでNSAIDsばかりが目の敵にされてきた.トラムセットの売れ行きはその裏返しだったのかもしれないが,上記のような研究結果を踏まえると,トラマドール含有医薬品のプロモーションにも決して楽観的にはなれないはずだ.

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