医者仲間でマスコミにいい印象を持っている人にお目にかかったことがない.理由は明白である.自分達は過労死の危険を冒してまで診療しているのに,避けがたい事故や一部の不届き者の行状だけをあげつらって医者全体を攻撃するとは何事か,というわけである.しかし,敵対意識だけでお互いを攻撃しても,何の利益も生まれないし,いつまでたっても,時代錯誤的な“白い巨塔”の偏見を解消することはできない.
医療報道が歪んでいるのは,優れた医療ジャーナリストが欠けているからだ.しかし,優れた医療ジャーナリストを育て,評価するのは,医療の現場を知っている人間にしかできない.医者がマスコミを敵対視し,攻撃するだけでは,医療報道の歪みを正せない.一方,一般市民へのマスコミの大きな影響力を考えれば,適切な報道によって医療を取り巻く環境をいい方向に変えていける.これは壮大な夢物語ではない.身近にいい例がある.今年の2月,横山秀夫の小説を映画化した「半落ち」(佐々部清監督、東映配給)のヒットに比例して、骨髄バンクの登録者数が激増した。劇中で、骨髄移植が主人公の元敏腕刑事による妻殺しの謎に関わる重要な鍵になっており、映画に感動した人々が骨髄バンクに興味を示して,思いがけぬ形で骨髄バンク登録者が増加したのだそうだ.このようなマスコミの絶大な影響力を素直に認めて,その影響力がいい方向に向かうように努めるのは,決して空しい作業ではない.
十把一絡げで悪人扱いされているのは,医者ばかりではない.当のマスコミ関係者も同様である.ならば,医者と同様,良心的なマスコミ関係者も,十把一絡げで悪人扱いされることに,大いに不満を感じ,被害者意識が高まっているだろう.
医療サービス以上に,マスコミは労働集約産業である.限られた資金と時間の中で大量の記事・番組を製作しなければならない.品質よりも,売れること最優先である.読んでもらえなければ,見てもらえなければ,製品価値はゼロである.かくして売らんかな一辺倒の粗悪な医療記事・番組が出来上がる.更に事態を悪くしているのは,マスコミの製品である記事や番組を購入した一般市民からの批判が,他の産業の製品・サービスに比べて極めて少ないことである.例えば,パソコンならば,動作不良は必ず売った店に文句が行く.しかし,新聞記事やテレビ番組の問題点に対する指摘を受け入れ,それを記事や番組の改善に生かす公式の仕組みは存在しない.このようにしてマスコミの報道は,悪貨が良貨を駆逐する典型例となっている.医療報道の歪みを正すには,この良貨駆逐メカニズムの歯車を止め,さらには逆転させなければならないが,良貨を守り,育てることができるのは,現場を知っている医者だけだ.
医学ジャーナリズムを育てるのが,一朝一夕にはいかないのはわかっている.でも,腰を上げなければ,いつまでたっても状況は変わらない.マスメディアの影響の大きさを考えれば,小さな成功でも目立って見えるから,やりがいはある.”食のリスクを問いなおす”だって,まんざらじゃなかった.マスコミの人からも高い評価を受けている.