医療法務というキャリアパス
刑務所での臨床研修の意義

医師のキャリア形成を戦略的に考える上で。キーになるのは以下の要点から成る「社会貢献性」だそうな.
・「社会の流れ」を押さえてニーズをつかみ
・「マーケット」を見て、貢献できる規模感と自分の価値観をすり合わせた上で
・「適度なリスク」を取って先行者利益を得ること
専門医を取れば、専門性は高められる?より)

PMDAと法務省の類似点
かつて,PMDAの新薬審査がそうだった.2003年7月,私がかつての厚生労働省医薬品医療機器審査センターPMDECに就職した時,「池田先生も臨床を辞めて役人ですか」と言った人は,「臨床医学審査官」が正に上記の3つの条件を完全に満たした仕事だったことを知らなかった.その5年後,PMDA Chief Medical Officerが長崎大学教授になってから,「臨床研究・臨床試験・生物統計」が「キー」となる時代が始まったが,2016年一杯で終わった.その間わずか8年.近藤達也理事長が審査増員ストップを明らかにした2017年1月16日は歴史的な日として記憶されるだろう.もはやPMDAの臨床担当になっても『「適度なリスク」を取って先行者利益を得る』ことはできない.「臨床研究・臨床試験・生物統計」という,「臨床医として身につけておけば何かと便利なお作法」を学ぶ意味はあっても,キャリアパスの優位を狙ってPMDAに医師がこれから参入する意味は無くなった.臨床研究・臨床試験に関するリテラシーは,それほど,ありきたりのツールになった.

では何がかつてのPMDEC「臨床医学審査官」に取って代わっただろうか.「池田先生も教授を辞めてムショ勤めですか」と言った人は,「矯正医官」が正に上記の3つの条件を完全に満たした仕事であることを知らない.医療裁判がかつてのドラッグ・ラグに相当することも,法務省矯正局がかつてのPMDECに相当することも,医療法務がかつての臨床研究・生物統計に相当することも,そして矯正医官が正に『「適度なリスク」を取って先行者利益を得る』職業であることも.

医療法務の実務スキルが要求されるのは医療事故だけはない。これまで裁判沙汰になったものだけでも、医薬品副作用問題から誇大広告、臨床研究まで、診療に直接関わらない問題までに及び、非常に範囲が広い。にもかかわらず、今のところ医療法務がまともにできる医者は一人もいない。だから,医療法務のできる医者は、弁護士と連携して専従のコンサルタントとして生計を立てていける.そうまでしなくても,医療法務の実務を知っていれば,いざという時に自分の身を守ることができるし,学会や医師会からは法務リスクマネジメントの講演でひっぱりだこになる.

医療法務の研修
ここで注意すべきは、法曹資格と医療法務は全く別物だということだ.医師免許と臨床研究・臨床試験に関するリテラシーが全く別物だということを考えればすぐわかるはずだ.だから医療法務を学ぶにあたって,ロースクールに入る必要は全くない.無駄なだけだ.医療法務は現場でしか学べない.では,その現場とはどこにあるか?そういう疑問を抱く人は,かつて「外国で使える薬が日本で使えないのも,副作用が出るのも,全部厚労省に責任がある」と日本中のお医者様達が、厚労省は自分たちとは縁が無い伏魔殿と思い込んでいた時代を思い出すがいい.そしてそういう時代がどうして終わったかを考えてみるがいい.そう、医療法務は法務省の中で、しかもOJT、即ち裁判に直接関与することでしか学べない

数年後に開業を考えている専門医が,プライマリケアを学ぶために,市中病院で研修することがある.そんな時,矯正医官を考えてみてはどうだろうか.刑務所での医療はプライマリケアそのものである.さらに門前ではなく,「塀の中の小僧」として,検察官や裁判官の医学教育に携わりながら,他のどんな施設でも学べない医療法務を身につけて,将来開業した際のリスクマネジメントに役立ててはどうだろうか.そういう医師が増えていくことが,「医師の刑事免責などもってのほか」だとか,「業務上過失致死傷罪で医者を吊し上げることが医療事故の真相究明と事故防止の特効薬だ」とかほざく検事・ヤメ検弁護士の撲滅につながるのだ.

2003年7月にPMDECに就職してから,2007年7月にPMDAを離れるまでの4年間,私は医師のリクルートに奔走する毎日を送っていた.それから,審査増員にストップがかかるまで10年もかからないとは一体誰が考えただろうか.医療法務が,「臨床医として身につけておけば何かと便利なお作法」になる時代が来るのは,いつになるのだろうか?

かつて、「日本の医師における臨床研究・臨床試験に関するリテラシーを向上させるなんて絶対無理だ」と絶望している人はたくさんいた。そういう人が少なくなりはじめてから、医師を含めてPMDAの審査増員がストップされるまで8年かからなかった。

では医師の法的リテラシーの場合はどうだろうか?確かに,ジャーナリストや法曹三者のように「日本の医師における法的リテラシーが絶望的に低いままで あって欲しい」と願っている人は、たくさんいる。なぜならば、法的リテラシーが欠如したお医者様達の絶好の「お客さん」だからである。では,彼らの願いがこれからも永遠に続くのだろうか?日本のお医者様達はそんなにお人好し揃いだろうか?

「日本の医師における法的リテラシーを向上させるなんて絶対無理だ」と絶望している人は既に存在しない。むしろ「医療事故で不当に逮捕されないために,もし逮捕されても不当に起訴されないためにはどうしたらいいか?」を必死で考えている医師の方がどんどん増えている.

もう、おわかりだろう.医療法務が「臨床医として身につけておけば何かと便利なお作法」になる、あるいは法的リテラシーが自分の人生の危機管理の基本中の基本であると多くの医師が気づく時代が来るのに、あと8年もかからないことになる.

そんなにすぐに医療法務がトレンドになるのならば、次に来るのは何だろうか?それは当然研究機関である。(実行可能性は別として)PMDAがレギュラトリー・サイエンスの梁山泊を目指しているように、そして1916年にロバート・S・ブルッキングスによって創設された「政府活動研究所」が、現在の世界一流の政策シンクタンクになったように、定年後に私が高松のシャッター商店街の一室に構えた「医療法務相談室」が、私が死んでから数十年経ってから「池田研究所」という名の、世界に冠たるメディア・法務リテラシー研究機関になるように。

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一般市民としての医師と法