LEADERの陰に
−「ロフェコキシブの悪夢再び」とはならない理由−

FIGHT試験の論文は,JAMAには珍しくopenとなっている(JAMA. 2016;316(5):500-508. doi:10.1001/jama.2016.10260).それだけ大切な論文だと判断されたのか,それとも単にNHLBI(米国国立心肺血液研究所)という公的機関が中心となって公的研究費で行われた試験だからだろうか.いずれにせよ,LEADERとやらが世界中でちやほやされまくっている一方で,同じリラグルチドの有効性を検証した臨床試験であり,NEJMと同様にトップジャーナルにLEADER試験とほぼ同時期に掲載され,しかも誰もが無料で自由に読めるにもかかわらず,発表以来1年が経っても全くと言っていいほど話題になっていないのが, リラグルチドの心不全予後改善効果を検証するために,急性心不全での入院患者を対象に行った,このFIGHT試験である.

第U相だったこの試験の目的は,収縮不全(LVEF<40%)の心不全症の中でも比較的重症例に対するリラグルチドの有効性検証だった.デザインは無作為化二重盲検で,プラセボ群146例,実薬群154例の群間比較,観察期間は180日間.主要エンドポイントは死亡や心不全入院までの時間と,NT-proBNPレベルのベースラインから観察終了までの変化・時間平均の複合スコアだった。

 主要エンドポイントの複合スコアでは,実薬群146に対してプラセボ群156と二群間で差はなかったのだが(Table 2, p=0.31), 心不全による死亡と再入院を合わせたカプランマイヤー曲線は30日以降,一貫して実薬群の方がプラセボ群を上回っていた(Figure 2B, ハザード比1.30, 95% CI, 0.92-1.83, p=0.14).さらに,糖尿病群と非糖尿病群で層別解析したところ,実薬群における心不全による死亡と再入院の増加は,もっぱら糖尿病群に由来し(プラセボ群30/87=34%、実薬群43/91=47%。ハザード比1.54, 95% CI, 0.97-2.46, p=0.07 Figure 3A),非糖尿病群では全く差がなかった(Figure 3B, ハザード比1.02, 95% CI, 0.60-1.72, p=0.94).

 問題になっているのは有効性ではない.安全性である.第U相で総被験者数300名という規模を踏まえて上記のカプランマイヤー曲線と,ハザード比1.54, 95% CI, 0.97-2.46という際どい数字を見れば,「統計学的に差はない」という無意味な楽観論は口にできない.また,「なぜこんな結果が出たのだろう」という疑問も,本質的な問題を隠すだけだ.Figure 3Aではリラグルチドによる絶対リスク増加は5%から15%の間を変動している.仮に平均リスク増加を10%とすると,NNH (Number Needed to Harm)はわずか10,単純に今回の試験での絶対リスク増加を算定すれば47-34=13%となり,この場合にはNNHは7.7になってしまう.「リラグルチドは糖尿病患者における急性心不全の予後を悪化させる」.FIGHT試験が我々に突きつける,このメッセージから誰も逃げられない.

この論文には,Our findings are not relevant to patients already treated with GLP-1 agonists because such patients were specifically excluded from this trial.とある.JAMAも暢気なものである.あなたは,そんな暢気なことを言っている場合ではないはずだ.

(以下2017/7/31追記)
糖尿病は心筋梗塞の立派なリスクファクターの一つである.もちろんリラグルチドでその心筋梗塞を100%防げるわけではない.何と言ってもLEADER試験で示されたNNT は,心血管イベントの複合エンドポイントでもたかだかなの52.6だから(LEADER試験 Table1から算出).つまり,リラグルチドを処方した患者でも心筋梗塞は起こる.その場合に,NNHがわずか10のリラグルチドを,あなたはどうするのだろうか?

添付文書には「リラグルチドは糖尿病患者の心不全を悪化させる」とは書いてないから続けるだろうか?いや,厚労省なんぞ当てにならないからJAMAの方を信用して,リラグルチドを止めるだろうか?それともp=0.07で有意差はないし,血糖コントロールが悪くなると訴えられて負けるからやっぱり続けるのだろうか?そうして患者が心不全になって亡くなっても,それは決して自分の責任ではなく,FDAの責任だと思うのだろうか?そうして5年後に訴えられたらどう対抗するのだろうか?たとえ「今でこそFDAの添付文書に黒枠警告で心不全患者に投与してはならないと書いてあるが,あの時はなかった」と言っても,「でもJAMAの論文には書いてあった.そして,その内容が一般の医師が目にする記事にも載っていた」と原告から反論されたら,あなたはどうするのだろうか?

99年に承認され、03年には全世界で25億ドルを売り上げたロフェコキシブが、04年9月に販売停止・回収の憂き目に遭った原因も、心血管系に対するリ スクだった。 NEJMに掲載されたAPPROVe試験論文で示されたNNHは62.5(ロフェコキシブ群 3.6%に対し、プラセボ群2.0%。絶対リスク差1.6%)、FIGHT試験でのそれの6倍以上だった。現在のNEJMやFDAの振る舞いは、ロフェ コキシブが販売停止となった時代のそれとは全く異なるように見える。2017年6月20日に開催されたFDAの諮問委員会は、リラグルチドによる心血管イベント抑制 の効能効果を17対2の大差で支持した。NEJMやFDAに対する無邪気な信仰につけ込んだ誇大広告が跳梁跋扈する時代は、既に始まっている。

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