最近,BBCが放送の中でBritishという言葉を避ける決定を下した.(社名はどうなるのかね).それに対してThe Timesが、「われわれは自分の国の名前を呼ぶことも、許されなくなってしまったのか」と主張する見出しをつけた社説を載せ、Britain,Britishという名称は、正式なものとして認められつづけるべきだと主張した。
御用新聞にふさわしい寝ぼけた社説である.Britain,Britishという言葉の奇妙なところは,その言葉を支持するのが,すべてEnglishであるということだ.しかしEnglishが,”我々”,”自分”というのならEnglishという言葉だけで十分のはずだ.
Britain,Britishという言葉は,British passportのように,行政上,地理上の話の中で便宜上使うだけで十分で,”我々”とか”自分”とかいう主観的な概念とは全く相容れない言葉だ.その証拠に,I am a British.と誇りを持って言える人間は地球上に一人もいない.
グラスゴーの研究所に勤めていた頃,研究所の所長を評して,うっかりBritish Gentlemanとしたところ,同僚に,Scottish,と即座に,強い口調で訂正された.彼女は,所長に対して必ずしもいい印象を持っていなかっただけ余計に,Britishという言葉がScotsに対して如何に挑発的かを改めて知った.
だからこそ,Elton Johnも,”England's Rose”と歌い,その後の国民投票で,スコットランドが自治を勝ち取ったのだ.
Britishという言葉は二枚舌の典型だ.例えば宿帳の国籍欄にBritishと記入する時,Englishだけは何の抵抗も感じない.それがEnglishだ.エルトン・ジョン顔負けに,Englishと堂々と記入すればいいのにね.戦争のような差し迫った利害関係の時には,この二枚舌がもっと露骨になる.British Forcesと名付けてScottishを最前線に置いて弾よけに使うんだ.海兵隊に有色人種の比率が圧倒的に多いような真似は,かつての宗主国の方がずっと先輩だっていうわけさ.