天動説としての裁判真理教
ーガリレオとケプラーの運命を分けたものー

どうでもいいことを意識することの難しさ

「どうでもいい」は名郷直樹先生の座右の銘である。これは非常に使い勝手がいい座右の銘である。それは、なぜ「どうでもいい」が座右の銘となっているのかと訊かれた時に、「そんなことはどうでもいい」と答えられるからである。それは私が考えた理由なのか、それとも私が名郷先生から直接聞き出したのか、それも、どうでもいい。

人はどうでもいいことについて論争し、殺し合う
あなたはローマ・カトリック教会が天動説を放棄した年を知っているだろうか.おそらく知らないだろう.もちろんそんなことはどうでもいいからだ.ニコラウス・コペルニクスが1453年に「天体の回転について」を出版してから,カトリック教会が天動説を放棄するまで1992年まで,539年もの時間が経過したのは,決してカトリック教会が頑迷だったからではない.地球が動いてようが太陽が地球の周りを回っていようが,そんなことはローマ・カトリック教会にとっても、そして大多数のカトリック教徒、大多数のプロテスタント教徒、大多数のイスラム教徒、大多数の仏教と、つまり天文学で研究費を取っている研究者以外にとっての人類全体にとっても、どうでもよかったからである. どうでもよかったから539年も放置されていたのである.何か差し障りがあれば,もっと早くに対処していたはずじゃないか.

宗教改革を知らずして死んだコペルニクスもちろんカトリック教徒だったガリレオ
あなたは,ニコラウス・コペルニクスがローマ・カトリック教会の司祭を務めていたことを知らないだろうが,それもどうでもいいことだ.そもそもマルティン・ルターがヴィッテンベルク市の教会に95ヶ条の論題を掲示したのが、コペルニクスが死んでから64年も経ってからだから、コペルニクスにとってはカトリック・プロテスタントの区別がない時代に生きていたのである。確かにコペルニクスが恐れていた運命は敬虔なカトリック教徒だったガリレオ・ガリレイ(1564-1642)に襲いかかった。そういう意味ではコペルニクスの予想は正しかった。しかし、コペルニクスの予想がガリレオの運命として現実化したからといって、当時の人々が地動説を大変な脅威と見なしていた証拠とはならない。ガリレオは地動説を提唱したから,ローマ・カトリック教会から攻撃されたのではない.もしガリレオがイングランドに生まれ育っていたら,ヘンリー8世からお咎めも受けるどころか,王室お抱えの占星術師として優雅な生活を送っていたに違いない.もしガリレオがケプラーのような世渡り下手でなかったならばの話だが(ちなみに国王至上法(首長令)の公布は1534年)

ケプラーはプロテスタントだった
ガリレイと同時代に生き、ガリレイに勝るとも劣らない天才天文学者で、しかもプロテスタントだったヨハネス・ケプラー(1571-1630)の運命は,ガリレオとは全く違っていた。確かにケプラーは,家庭的にも社会的にも経済的にも,恵まれた人生を送ったとは言えない。しかしそれは彼が地動説論者だったからではない。ケプラー以外の人々にとっては地動説なんかオタクのおもちゃに過ぎなかった,つまりカトリック教会以外の市民は、ルター派だろうとカルバン派だろうと,もちろんアングリカン(イングランド国教会)だろうと,宗派に関わりなく,地動説なんかどうでもいいと思っていたのである。

また彼の人生が恵まれたものではなかった原因を,彼がプロテスタントだったという事実に求めることもできない。ケプラーの人生を支配したのは、非常に現実的な問題である。というのは、彼は神聖ローマ皇帝フェルディナント2世の命で,カトリック側の総司令官であるワレンシュタインにより皇帝付数学者・占星術者として招かれていたからである。当時占星術は戦争における作戦計画立案に重要視されていた.「黒い猫だろうと白い猫だろうと、ネズミを捕るのは良い猫」だと言ったのは鄧小平だが、フェルディナント2世にとって、素晴らしいスターウォーズ計画さえ立案してくれれば、ケプラーがプロテスタントだろうとカトリックだろうと、そんなことはどうでもよかったのである。

天動説だろうと地動説だろうと,そんなことはどうでもよかったローマ教皇以外にとっては
宗教戦争に明け暮れていたドイツで生き延びるためには,宗派なんぞに構っていられない。そんな逆説的な状況に順応することをケプラーは求められた.さらにケプラー自身の因子も彼の人生にいい影響を与えなかった。彼は,天体の運動なんて、ほんとにどうでいいことにこだわる天体オタク=典型的な広汎性発達障害者だったからだ。ケプラーは、広汎性発達障害者に必発である世渡り下手ゆえに、社会でいじめられ、不遇な人生を送ったのである。

このようにガリレイとケプラーの二人の地動説論者の不遇は質的に異なる。一方で、二人には共通点がある。それは、その不遇が、天動説論者との間の論争に起因するものではなかったということだ。航海術や占星術を生活に必要としていた人々にとっては、既に地動説は天動説よりも簡便で頑健なツールになっていたから、ガリレイとケプラーに反対する天動説論者など現れようがなかったのだ。それはちょうど、北陵クリニック事件で御用学者が一人も現れないのと同じ事である。

結局、ガリレイは、教会のルールに従わない偏屈者として教皇の顔を潰したから迫害されたのだが、そのルールは、何もローマ・カトリック教会が地動説に普遍的な脅威を感じていたり、プロテスタントの陰謀だと思っていたからではない。部員は頭を丸坊主にすること。そういう掟を持っている高校野球部は今でも全国にあるだろう。「地動説は聖書の教えに反する」というルールには何の根拠も無い。それは「いままでずっとそうやってきたから」という思考停止の結果に過ぎない。「部員は頭を丸坊主にすること」というルールがある野球部に入って、そこで敢えて長髪という自己主張を曲げなかった部員が、試合どころか練習にも参加できなくなったとする。そこで「自分は自由という真理を主張したがゆえに迫害された」とつぶやく(あるいは声高に主張する)高校生とガリレイのどこが違うと言うのだろうか。

人はどうでもいいことについて争い・殺し合う
そして宗教戦争である。人間とは,どうでもいいことについて正邪を争い互いに殺し合う存在である。人間が獣よりも劣るというのは正にこの点にある。動物も殺し合う時があるが、それは決して正邪を争っての結果ではない。どんな宗派の人間であれ,動物は宗教を持たないことを知っているだろうに.

あなたは神父、牧師といった呼び方や彼らの服装以外にも、カトリックとプロテスタントの違いを知っているかも知れない。あるいはもしかしたら、教会の外観だけで、その教会の宗派を当てられるかもしれない(もちろん私にはできない)。しかし、多くの人にとってそれはtriviaである。検索すれば何もかもが瞬時にわかり、テレビから一般視聴者が参加するクイズ番組が姿を消して久しい現代。物知りが大きな顔をできる時代が終わった今、カトリックとプロテスタントの相違点なんて自分にとってはどうでもいいと考える人の割合と、天動説と地動説の違いなんて自分にとってどうでもいいと考える人の割合のどちらが高いか?、そんなことはどうでもよくなったのである。三十年戦争の三十年とは、正邪を争うのに疲労困憊して,もうこんな馬鹿馬鹿しい,どうでもいいことは止めよう.そう気づくまでにかかった時間、カトリックとプロテスタントの違いなんて、馬鹿馬鹿しいぐらいどうでもいいことだと気づくまでに三十年かかった.そういう意味である。

人はどうでもいいことで殺し合うのである。イエスによる宗教改革がイエス自身の命を奪ったことから始まり、十字軍、ついこの間まで、北アイルランドで、そしてこれからも中東で、欧州で,延々と宗教戦争は続く。

裁判真理教という天動説「裁判は真相究明の場ではない」と主張する地動説その対立構造は無意味である
地動説なんてどうでもいいことなのである。trivialという言葉は,数学では「自明な」という意味に使われる.自明なことはどうでもよくなるのである。その意味で「裁判は真相究明の場ではない」は地動説である。当たり前のことだからどうでもいいことなのである。だから、「裁判は真相究明の場である」とする裁判真理教は天動説であり、最高裁判所(瀬木比呂志氏によれば最低裁判所だが)は1992年以前のローマ・カトリック教会に相当する。

それゆえ、日本の裁判が中世であるという主張は、実はどうでもいいことである。日本に限らず、「裁判は真相究明の場である」と主張する裁判所は,部員に坊主頭になることを要求する高校野球部よりも、はるかに普遍的な存在である。「裁判は真相究明の場である」と主張する裁判所は自明な存在である。自明な存在はどうでもいいのである。

「裁判は真相究明の場ではない」という主張も、「裁判は真相究明の場である」という主張も、「裁判は真相究明の場である」と主張する裁判所も、すべてどうでもいいのである。そう気づけば、「裁判は真相究明の場ではない」と声高に主張することの馬鹿馬鹿しさにも気づくだろう。孤高の人を気取るのは個人的な趣味に過ぎない。

ボクシングは殴り合いをするから客が来る。一人で素人シャドウボクシングをやっているところに誰が金を払って見に来るものか。検察も、裁判所も、これからも独り相撲をとり続け,私をやぶ医者呼ばわりし続けるがいい。そしてメディアはお客のいない観客席で一生懸命に実況中継するがいい。

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