蛮勇

やってくれるじゃねえか,萬有さんよ.紙切れ一枚送りつけて,ペントレックス(一般名アンピシリンABPC)は儲からねえから,もう作るのも売るのもやーめたってか?まさか値段が高くて切れ味の悪い他のセフェム系をお使い下さいってわけじゃあるいまい.ABPCが使えないために死ぬ患者の数は血友病のHIV患者の比じゃないぜ.その訴訟を受けて立つというのなら大した度胸だ.その訴訟費用をかせぐため,屋上屋を重ねた,しょーもない”新型”降圧剤で,大儲けしようっていう魂胆か?しかし,あんたがたが博物館行きだと決めてかかっている降圧利尿剤も,新薬と同じように効果があるって,ちゃんとランセットに書いてあるんだよ.

こんな度胸のいい宣言をした割には,この紙切れには,製造販売中止の理由も,責任者の名前も部署も何も書いてない.

この紙切れを受け取った途端,もちろん俺は真っ青になって明治製菓に電話したさ.そしたらビクシリン(アンピシリンの明治製菓の商品名)は製造中止の予定はありませんからご安心を,萬有さんがペントレックスを中止すると発表されてから,お問い合わせを多くいただいていますとの落ち着いた声でほっとしたけどさ.でもこれでABPCの注射薬は日本でビクシリンだけになったわけだ.

ABPCはWHOのEssential Drugsにも載っている由緒正しい抗生物質である.最近耐性菌が目立ってきたとはいえ,肺炎球菌,インフルエンザ菌,リステリアなど,ABPCが伝家の宝刀の切れ味を示す細菌感染症はまだまだ多い.なのにorphan drug並みの扱いで切って捨てるというのは一体どういう魂胆か.

リストラばやりの世の中,民間会社だから利潤追求は結構だ.しかし,過去30年間も倒産がない護送船団だからこそ,仕事には公共性があり,社会的責任を負う.ABPCみたいな重要な薬の販売を止める時は,根拠を明らかにして,かつ実際の診療に実害が及ばないような対策をとるべきだ.今回の蛮勇じゃなかった,萬有の決定は明治製菓との談合の結果行われたのか?もしそうだとしたら,ペントレックス発売中止の知らせに,どうして明治製菓のビクシリンを使って下さいと書かないのか?忙しい診療の合間に明治製菓のDIに電話するだけだって結構面倒だったんだぜ.

もし談合がなかったとしたら,それも大変なことだ.明治製菓がやーめたって言えば,日本国内からABPCがなくなっちゃうんだから.儲からない薬は早くやめた方が勝ちなのか?田辺製薬がやはり儲からないラボナール(一般名thiopental)をやめるといって,麻酔科医が大騒ぎして辛うじて製造販売継続になったことは記憶に新しい.儲からない薬がなくなる度に医者が騒がなくてはならないのか?やれやれ,また余計な仕事が増えるってわけだ.製薬会社は”新薬”とやらの売り込みトークで,我々の貴重な昼休みの時間を奪うだけでは物足らないらしい.

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