症例紹介 研究会目次

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「パスツレラ症」の日本の現状認識に違いがあった!? 3
〈質と量(数)に大きな変化!〉
 
日本大学医学部臨床検査医学 荒島 康友
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3 専門家向け
  Pasteurella multocida ( グラム染色、×1, 000 )
  パスツレラ症(Pasteurellosis):本感染症はペットとくにネコ、イヌ由来感染症のうち最も注意すべき感染症の1つである。
  本感染症は主にヒトを除くほ乳動物の口腔内に常在するグラム陰性短桿菌(写真)であるPasteurella 属菌(13菌種)により起こる呼吸器感染 (50%以上)、咬・掻傷感染症 (約30%)、敗血症等多彩な病態を示す感染症である。近年分離される検体、菌種ともに広がりが確認されている。
 
  〈保有率〉
    ネコで100%近く、イヌで15〜75%、ウサギ、ブタ等多くのほ乳動物が保有。
 
〈現状〉
  本邦の115病院の調査でPasteurella 属菌の検出率は1988年以降、89年から91年までの年平均の増加率は約25%と急激であった。
  本邦における本症は集計(115病院中369例)の5倍(1991年時点で約335例/年)以上は存在すると考えられている。

  呼吸器感染では、気管支拡張症、陳旧性結核などの基礎疾患のある患者からの分離例が多く、繰り返し感染もある。血様の痰を伴う患者で癌の精査によりPasteurella 属菌が分離されることがある。

  咬・掻傷部は、受傷後約30分から2、3時間で激痛を認め、蜂窩織炎となり顕著に腫脹する。
  糖尿病患者など基礎疾患のある患者でこの傾向が著しい。
  繰り返し感染の存在、40歳代からの患者数の増加、日本が高齢社会となったこと、本菌の日和見感染の傾向、ペット飼育の増加傾向等より今後とも本感染症は増加を示すと思われる。
 
〈臨床症状〉
1  動物の症状
  イヌ、ネコでは、無症状、不顕性感染が主で、稀にネコで肺炎症状が認められる。小鳥では、元気、食欲が廃絶し、下痢をおこす。
 
2  ヒトの臨床症状
  外傷性感染症のイヌ、ネコによる咬・掻傷では、創傷部位に最短で数時間程度で、発赤、腫脹、痙痛を発現し、浸出液中よりP.multocida が分離される場合が多く、そのうち20-40%が化膿する。発熱は約20%に認められ、通常36-38℃である。外傷が軽度の場合、症状は局所に限定され、所属リンパ節の腫脹があっても、全身感染への進展はほとんどない。しかし、受傷が深部へ達した場合には、骨髄炎、敗血症性関節炎に至ることもある。また、咬傷後3週間の抗生剤の投薬によっても改善されず、再び患部より本菌が分離され、治癒まで2ヵ月を要した症例も認められた。  咬・掻傷以外の非外傷性感染症では、欧米におけると同様、本邦においても多種多様な検体から分離されている−例えば、繰り返し感染を起こした患者の喀疾からの分離例。毎朝ネコに顔をなめられることで起床した症例で、耳漏から分離された例。イヌと1日に頻回にキスをしており、副鼻腔の膿より分離された症例(写真)。稀少例ではあるが、失明にまで至った幼児の眼から分離された症例、などがある。とくに本感染症が日和見感染の傾向を示すことから、このカテゴリーには基礎疾患の存在する症例が多数認められる。また、海外では近年AIDSに続発した症例の報告も増加している。
 
〈診断〉
  パスツレラ症では特徴的な症状が無いため、何れの診療科においても患者に動物との接触の有無を確認することが診断への最短距離である。
  全検体中で検出頻度の最も高かった喀痰では血性の傾向があり、癌との鑑別が必要である。
  また、細菌検査室に検体を依頼する際、動物との接触状況の情報を伝えることが早期診断のために必要である。
 
  とくに検査室において注意すべきことは、鑑別培地にマッコンキ−寒天培地を使用すべきで、BTB寒天培地には発育する菌もあり(写真)、BTB寒天培地は使用すべきではない。   H.influenzae とコロニーの性状(写真)、臭気、グラム染色所見が類似するため、両者の鑑別が必要である。他に鑑別が必要となる菌は、腸内細菌、Actinobacillus 等である。
BTB寒天培地上におけるP.multocida のコロニ−
BTB寒天培地上におけるP.multocida のコロニ−
チョコレ−ト寒天培地上でのP.multocidaとH.influenzae のコロニ−形態
A:P.multocida B:H.influenzae
チョコレート寒天培地上のコロニーの形態
 
〈治療〉
  高齢者、基礎疾患のある患者、咬・掻傷等では抗生物質の早期投与が重要である。
  早期に適切な薬剤を選別し、初期治療を十分に行う必要がある。多くの抗生剤が有効であり、ペニシリン系、テトラサイクリン系、クロラムフェニコール、セファロスポリン系に高い感受性を示し、アミノグリコシッド系薬剤には中程度の感受生が認められる。 しかし、vancomycin(VCM)、clindamycin(CLDM)には高い耐性が認められる。
 
〈問題点及び予防〉
    環境因子の観点から主なものを挙げてみると、
 ヒトでは、社会的要因の影響を強く受けており、現在ではペットをコンパニオンアニマルと呼ぶように、感染源としてのイヌ、ネコの飼育を中止し難い現状がある。
 ペットでは、ペットの小型化に伴い、頻繁な抱き上げ行為の増加が認められる。
生活環境の変化では、室内飼育が増加し、接触時間の著しい増加が認められる。
以上の要因が複雑に入り組んで予防の実行を難しいものにしている。
 
  実際に予防可能な点を感染機序に従って列挙すると、咬.掻揚が原因となるものでは性格の温厚な動物を選別する。
  原因となる動物の爪を切り常に短くする。とくに乳幼児、小児のいる家庭ではこれを必ず行う。咬.掻傷以外に原因が求められる場合は、寝室に動物を入れない、動物とキスをしない、接触後の手洗い、うがいを励行することである。
  また、ペット飼育者とペットとの間に精神的な絆が強い傾向が調められることから、とくに医師は患者に飼育を禁止するのではなく、感染予防のための指導を行うことが必要である。さらに、基礎疾患が存在する場合にはそのコントロールを行うことも重要である。
 
  最も大切なことは、医師、獣医師、ペット飼育者等の衛生教育を行い、パスツレラ症およびズーノーシスの理解を促すことである。また、これを実現させるためにも、行政サイドからの総論的、かつ各論的な力強い支援も望まれるところである。
  
  全国からの多種の検体および分離例が非常に多かったことの理由は、検査技師学校の教科書にパスツレラ症に関するかなり詳細な記載があると同時に、検査技術が進歩したことがあげられよう。
  しかし、パスツレラ症の報告はきわめて限られている。その理由は、医学生の教科書および一般的な医学書にP.multocida に関する記載がほとんど無く、感染症が散発的発生であること、およびこれまで重症化した症例の報告が少なかったこと、などによる本菌に対する認識が低かったためと思われる。
  今後は具体的な予防を推進するためにも、パスツレラ症をはじめとしたズ−ノーシスの授業、および医学生の教科書、一般医学書への記載が行われることも必要かつ重要と考える。
 
 
4 おわりに
  以上、最近注目を集めているズーノーシスの一つであるパスツレラ症について述べた。
  身近なペットであるイヌ、ネコが感染源となるズーノーシスであり、ヒトからの分離も他のズーノーシスに比較して多い。
  しかし、一般的な感染症と大きく異なる点は、感染源であるペットが飼い主の精神面において存在価値が大きいことである。
  したがって感染予防の指導にあたっては、当初から飼育禁止の指示は行わず、まず予防法の指導を行うことが重要となる。
 
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