症例紹介 研究会目次

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「パスツレラ症」の日本の現状認識に違いがあった!? 1
〈質と量(数)に大きな変化!〉
 
日本大学医学部臨床検査医学 荒島 康友
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1 そもそもパスツレラ症ってどんな病気!?
 
  パスツレラ症(Pasteurellosis)という言葉自体御存じない方も多いかもしれません。医師の間でも知っているのはごく一部の先生のようですが、本稿を読み終わったときには、『あのときのあの症状がパスツレラ症だったのでは!』と思い当たることでしょう!
  
  パスツレラ症とは、パスツレラ(Pasteurella)属菌により引き起こされる日和見感染の傾向のある感染症のことを言います。 Pasteurella multocida (グラム染色、×1, 000)
  パスツレラ属菌は約1μmという小さな短桿菌で多形成を示し(写真)、多くの哺乳動物の常在菌として存在しています。ネコの口腔内には約100%、イヌでは約75%と他の人畜(獣)共通感染症と比較にならない程高率に常在しています。
  日本において、動物では、ウシの出血性敗血症をはじめ、ネコのケンカの後の皮膚化膿症、各種動物の呼吸器感染症などを起こし、畜産領域では問題となっています。
  ヒトでは、従来、イヌ、ネコの咬み傷、引っ掻き傷による皮膚化膿症が主であるとされてきました。しかし、近年の調査結果によると、実は日本では鼻から肺までの呼吸器系の感染が最も多く約60%を占めます。次に皮膚の化膿症が続き、骨髄炎、外耳炎等の局所感染症をはじめ、敗血症、髄膜炎といった全身重症感染症、さらには死亡に至った例も確認されています。
 
  我々研究チームは、世界に先駆けてパスツレラ属菌により食中毒様の症状を呈した症例を経験し、ClD(Clinical lifactors Desease (1999,29,698-9))に掲載されました(症例5)。このように、質と量(数)の上で大きな変化が認められたことから、パスツレラ症については新たに従来以上に危険性のある感染症として認識すべき時期に来たと思われます。
 
 
〈症例1〉   68歳、男性。従来より気管支拡張症が指摘されており、今回、血性痰(血の混じった痰)が癌によるものか否かの精密検査のために来院しました。検査結果からP.multocida によるものとわかり、アンピシリンの投薬にて軽快しました。その後、感染源である犯人が飼育ネコであるとPCR法により判明しました。しかし、この男性がネコを触ることも、抱くこともなかったことから、感染経路は飛沫感染による可能性が考えられました。
 
〈症例2〉   53歳、男性。出社前と帰宅後に、飼い犬に口をペロペロと舐めさせていたところ、鼻づまり、鼻の奥から喉へ膿性の分泌液が出はじめ半年も続いたので耳鼻科を受診しました。右側の副鼻腔に膿が大量に溜まっていたため、排膿し抗生物質の投与により漸次改善しました(写真)。 P.multocida の感染による慢性副鼻腔炎患者の頭部X線像
 
〈症例3〉

  73歳、男性。自宅近くの野良ネコに右手首根部を咬まれたが消毒せず放置したところ、翌日にグローブのように肘まで腫れたため来院しました。患部の腫脹が著しく、精液臭様の特異な臭いのする膿が認められ、状態が悪かったため最悪の時には腕を切断することもあると医師から説明されていました。

  患者は糖尿病でしたがコントロール(管理)を十分に行っていませんでした。そこで、糖尿病のコントロールを行うとともに、CCL(抗生物質)の投与により漸次軽快したものの、糖尿病のコントロールがなかなかうまく行かず患部完治まで約3カ月かかりました。
 
〈症例4〉   68歳、男性。糖尿病でしたが、元来の医者嫌いで糖尿病の管理が長年なされていませんでした。そのため足の指に知覚麻痺が出現し、指が壊疽を起こし、ただれ脱落していたにもかかわらず、自宅で消毒をしていただけでした。病院へは発熱と意識がもうろうとなったため、救急車で搬送されてきました。しかし、治療の甲斐無く翌日にはそのまま死亡しました。
  後日、血液培養からP.multocida が分離されました。よく消毒の最中にも近くのネコが男性の回りをうろうろしていたとのことから、感染源としてこのネコが強く疑われ、感染経路として壊疽の部位からの経皮的感染が考えられました。
 
〈症例5〉

  34歳、男性。3月より倦怠感を訴え、脂肪肝を伴う軽度のアルコール性肝障害で来院中でした。5月のある深夜12時頃より差し込むような下腹部痛と吐気のため、翌朝来院しました。虫垂炎の可能性もあり、CEZ(抗生物質)の投与がなされましたが、夕方再来院し、後に体温40.6℃、悪寒戦慄が増強したため入院。各種検査と、尿、血液の細菌培養、処置がなされました。翌日より症状は改善し退院となりました。

  検査の結果、血液中よりP.gallinarum が分離されました。患者さんによく話を聞くと、症状が出る2日前にバーベキュー・パーテイで鶏肉を食べたとのことでした。アンケート調査を行ったところ、同席した8人中、他にもう1人吐気等の症状がありました。
  調査結果から分離された菌はトリが保有している種類の菌であることがわかり、最も疑いがあったのがこの鶏肉でした。
 
 
  以上の症例を整理してみましょう。
  日本におけるパスツレラ症を考える上で大切な要因は、以下のようなものが挙げられます。
 
1)人側の要因 1. 高齢化(老人の増加) 図
2. compromised host(老化、糖尿病 その他の病気に伴う身体の抵抗力の低下)
3. 核家族化(高齢者の一人暮し、一人子)
4. 人とペットの“絆”、飼育目的の変化
2)動物側の要因 1. ペットブーム (飼育頭数の増加)
2. 小型化
  →抱き上げの増加
3. 数と質(種類)の増加、他
3)環境側の要因 1. 生活環境の変化
家屋のビル化
  →個室化、 気密性の増加
2. 検査技術の向上
3. 食品、他
 
  これらの要因が複雑に絡み合って感染・発症してくるのです。
  今回の症例では、どんな要因が関与したか検証してみましょう!
 
  すべての症例で2)の動物の存在が確認されていました。
  5症例中4症例は1)の1.の高齢者であり、1)の2.の気管支拡張症、糖尿病、アルコール性肝障害という持病を持っていました。また、〈症例2〉では1)の4.(ペロペロと舐めさせた“絆”)、〈症例5〉では3)の3.(鶏肉)、といった存在が確認できたことと思います。
 

  ここで重要なことは何でしょうか? 

  ここで確認できたことをもとに、すぐにパスツレラ症に対する具体的な感染予防対策に役立てることができるということです。これぞ“知るワクチン”!

 持病で最も多かった生活習慣病でもある糖尿病では、糖尿病のコントロールが悪いとき(血糖値が高いとき)は、血液中の白血球が菌を捕まえるスピードや働き、殺菌力が低下することがわかっています。対策として糖尿病とうまくつき合う(コントロールする)ことで、健康を維持し、ペットと楽しい生活が送れるのです。ペットを犯人扱いしないためにもヒト側の原因を作らないようにすることが大切です。他の持病も同様です。

 
  ここで一言
  『持病もち、上手に付き合い、一病息災!』
 
  〈症例5〉この症例は他の施設の症例でしたが、欧文ジャーナルに掲載が可能となったのは、菌株を分離した技師、他施設の主治医、患者、バーベキューパーテイの仲間といった人たちの“前向きな協力”のおかげでした。
  また、P.gallinarum による“食中毒様の症状”が世界で初めての確認であったわけですが、当初、この症例は学会で発表さえなされないところでした。つまり、ほとんど無名の菌であるがために相手にされず、過去においては見過ごされてきた可能性が高いということです。
 
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