[-> シンポジウムホームページ | -> home page of the sumposium]
第1回デジタル医用画像の「色」シンポジウム

Meat the Expert Seminar

遠隔医療と色情報

高橋 康弘
東京理科大学

The 1st Symposium of the 'Color' of Digital Imaging in Medicine

Meat the Expert Seminar

How to Manage Color in Telemedicine

Yasuhiro TAKAHASHI
Science University of Tokyo

Summary
In some practical applications of telemedicine, lack of accurate color reproduction is a critical problem. Color transmitted to a distant place and reproduced on a display possibly affected by difference in illumination (Fig. 1), characteristics of the camera (Fig. 2, Fig. 3), and modification made during transmission.
In this paper, a technique of compensating distorted color is introduced, in which a color chart taken simultaneously with the object is used to adjust color values of displayed images so as to reproduce the same color as the original chart. To calculate compensated color values, a proper formula of determinants (Formula. 1, Formula. 2), an appropriate look-up table (Fig. 4) and a color representation system of L*a*b* (Fig. 5) are used. A computer program is available to perform this process automatically (Fig. 6).
As telemedicine spreads into various fields of clinical practice, the importance of color compensation is expected to increase.

 はじめに
 現在,情報通信技術は通信機器やソフトの開発により,音声やデータに加え動画像通信をも容易なものとしている。一方,今後の高齢化社会に向けて医師や介護者らの在宅医療への関心は高く,情報通信技術を駆使した遠隔医療への期待は大きい。
 遠隔医療の実現にあたり,ネットワーク技術・セキュリティー技術の構築はもちろんのこと,CRT カラーモニターを用いた診察には,被写体の色を観察側モニターに正確に再現する色補正技術は重要な課題となっている。本稿では,遠隔医療の実現にあたりとくに色情報に関した問題点とその補正法について述べる。

 1.遠隔医療【1】
 遠隔医療は「映像を含む患者情報の伝送にもとづいて遠隔地から診断・指示などの医療行為および医療に関連した行為を行なうこと」と定義される。遠隔医療が医療に果たす意義は,次の点から考察できる。
 1.医療の地域格差の解消
 2.医療の効率化
 3.患者サービスの向上
 4.医師の診察を得ることが通常は困難な場に対して,専門医による診察の機会を提供する
 5.国際協力においてきわめて有効な手段となりうる
 また,遠隔医療については次の3つの軸が考えられる。すなわち,第一に遠隔医療が適用される状況,第二に適用される医学的対象,第三に適応における技術的な問題である。遠隔医療が適用される状況には,(1)医療機関と医療機関(医師と専門医),(2)医療機関と医師のいない医療機関,(3)医療機関と家庭,(4)コメディカルと家庭が考えられる。また適応される医学的対象および伝送の対象となる情報は,まず第一に患者自身の映像であり,術中病理標本画像に加え,X 線画像 ・ CT 画像 ・ MRI 等の検査データもその対象となる。適応における技術的な問題としては,入出力装置の性能や伝送に関する要素,さらに伝送する情報として静止画か動画か,白黒かカラーか等の画像の種類に関する問題がある。

 2.遠隔医療システムにおける色再現性に関する問題
 遠隔医療において,とくに色の再現性が重要となってくるケースは,患者自身の映像を扱う場合であり,たとえば医療機関と家庭という在宅医療を考えた場合,観察側モニターに再現された被写体の顔色や皮膚の色の微妙な変化は,患者の健康状態を診察する上で重要な情報となっている。しかし,現在の遠隔医療システムにおいては,この色の再現性についての考慮があまりされていないため,観察側モニターにおける被写体の色は本来の正しい色情報を保っていない(ただし,ここでいう正しい色情報とは,標準光源下にある被写体の色を指す)。したがって,医師は直接診察する場合の色の見えとは異なるということを意識し,診察においてはモニター上の色の見えに対する慣れと経験に頼っているというのが現状である。
 色再現誤差が生じる原因は,大きく分けて次の3つに分類される。
 まず第一に撮像側の問題として,照明用光源や照明条件によって「被写体の色の見え」が変化してしまう。図1は,照明用光源が変化した場合の色票の値が,どのように変化するかを測定した結果である。

図1 照明用光源の違いによる色票の色の変化
標準の光 D65(◇),色温度4150K(+),タングステンランプ(□)
Figure 1Appearance of colors under various illuminations
standard light D65 (diamond), white point 4150K (cross), tungsten lamp (square)


 第二に,被写体を撮像する際のカメラの特性による色再現誤差である。被写体の色情報RGBを正しく撮るためには,カメラの感度が受像機の三原色から定められる等色感度である必要がある。しかし,等色感度は図2に示すように負の部分を含むため,その実現は容易ではなく,1つの解決法として負感度部分をエプスタイン近似により補償する方法がある。この場合,多くの被写体を対象とすれば,平均としてよい近似を与えるが,特定の被写体に対しては逆に大きな誤差を生じてしまう。図3には各種の色票に対して生じる誤差を示す【2】。

図2 NTSC方式の等色感度
Figure 2An equivalent color response curve of a NTSC monitor


図3 被写体の色(●)とエプスタイン近似による再現色(矢印の先)
Figure 3Color values of the objects (black circle) and approximate values for each point (tip of arrow)


 第三に伝送に関する誤差である。たとえばカメラで得られた入力信号を伝送に適した NTSC 伝送信号に変換した場合,その色信号処理によって生じる誤差がある【3】。また,伝送速度によっては画像の圧縮が行なわれるが,圧縮によっては正確にもとの情報が再現されず,それに伴う色情報の損失が生じる。
 以上のように,遠隔医療システムにおける観察側モニター上の被写体の色情報は,照明系,撮像系,伝送系の各特性の影響を受けることにより歪みが生じてしまい,本来の正しい情報を保っていない。そこで,これらの各特性によらず常に一定の色情報を観察側モニターに再現することを色再現の目標とする。そのために,値が既知である色票【4】を被写体とともに撮像し,伝送系を介して観察側モニターに入力される色票の値が各特性によらず常に同じ値となるように補正を行なうことで,被写体の色情報を正確に再現する。そのためには,これらの特性を何らかの手段により把握し,補正を行なわなければならない。しかし,各特性は機器やシステムに依存し,系全体の特性を把握することは不可能である。そこで,照明系を含めた被写体の撮像から伝送系を介して観察側モニターに入力するまでの一連のシステムをブラックボックスとして扱うことを考える。

 3.色再現
 1)多項式近似による色再現
 多項式近似による方法として,次式のような3×3行列を用いた色補正法がある【5】。これは,補正前の値をY=(yyy),補正後の値を Z=(zzz)として,(1)式により変換を行なう。

(1)
 行列の各要素は最適化により求められるが,1つの例として観察側モニターに再現された色票の値をYi,既知の色票の値をZiとして(ただし,i=1,...,n),次式で示すEを最小にする行列Gを最小二乗法により求める方法がある。

(2)

 2)ルックアップテーブルを用いた色再現【5】
 ルックアップテーブル(以下,LUT)を用いた色再現とは,一連の変数に対する関数値をあらかじめ表にして準備しておいたものを用いて,二組の色信号YとZの間の変換を,図4に示すLUTを用いて補正を行なうというものである。

図4 三次元LUTの構成(n=6)
Figure 4Structure of a three dimensional look-up table (n = 6)


 三次元LUTで,(yyy)の各々から n 個ずつサンプル点をとるとすれば,合計 n の3乗個の格子点に対するデータを持つことになり,各々の点に対して(zzz)が対応している。
 サンプル点の数を増やせばそれだけ精度よく補正が行なわれるが,その分手間もかかり,通常,なるべく少ないサンプル数で LUT を構成する。したがって,変換する点が格子点上にない場合は補間で対応する値を求める。

 3)色空間の非線形な歪みに注目した色再現【4】
 遠隔医療システムにおける色空間の歪みは複雑であり,非線形に生じているということに注目した手法について紹介する。
 補正にはLab表色系を用い,色の明度を表すL値と,色相・彩度の属性を総合して考えられた知覚色度を表すab値をそれぞれ独立に扱い,被写体とともに撮像された既知の色票の値と観察側モニターに再現された色票の値との色差がなくなるように補正を行なう。
 ab値は,図5に示すようにab平面を6領域に分割し,各領域で,1)で紹介した補正行列(ここでは2×2行列)をそれぞれ求め,その行列により変換する。また,L値についても各領域でそれぞれ補正する。
 この時,伝送されてきた画像ごとに色票の値を一色ずつ抽出していては大変手間がかかり実用的ではなく,色票部の自動抽出と自動計測技術が不可欠である。そこで,色票の自動抽出,色補正からなるアプリケーションを作成した。本アプリケーション(図6)は,照明系を含んだ遠隔画像表示システムの系全体をブラックボックスとして扱っているために,すでに遠隔医療システムとして構築された現場においても,色票を患者に渡すだけで従来のシステムをそのまま利用でき,多くの現場に適用することが可能である。

図5 ab平面
Figure 5a*b* plane divided into six parts


図6 アプリケーションの実行画面
Figure 6A software to find the color chart and to adjust monitors automatically


 4.まとめ
 今日,遠隔医療は実験段階のものも含め,多くの現場で実施されている。患者自身の映像を主に扱う遠隔在宅医療において,遠隔医療システムで生じる色再現誤差は解決すべき重要な課題である。そこで,本稿では遠隔医療システムにおいて色再現誤差が生じる原因について示し,その解決法として幾つかの色補正法を紹介した。今後は,内科診療・皮膚科診療・リハビリテーション指導・介護指導・福祉などの現場で積極的に遠隔映像伝送機器が使用されていくと思われるが,とくにカラー画像が必要となる内科診療・皮膚科診療においては医療現場という性質上,患者の情報は正確に把握する必要があり,これらの分野においても色補正技術はますます重要になってくると考えられる。

 参考文献
【1】http://square.umin.u-tokyo.ac.jp/~enkaku/
【2】斎藤利成:新編色彩科学ハンドブック,24章 カラーテレビジョン,東京大学出版会,1985.
【3】応用物理学会 光学墾話会 編:色の性質と技術,朝倉書店,pp. 112-140, 1986.
【4】 高橋康弘,渡部貴利,高木幹雄:遠隔医療における色補正,遠隔教育・遠隔医療シンポジウム,pp. 47-50, 1999.
【5】 大田 登著:色再現工学の基礎,コロナ社,pp. 97-199, 1997.