LTB4受容体のcDNAクローニング

ロイコトリエンB4(LTB4)はアラキドン酸に由来する生理活性脂質で、IL-8と並んで白血球を強く活性化する因子として知られています。nMという極めて低い濃度で細胞膜表面に存在する受容体に結合し、白血球の遊走、superoxideの産生、ライソゾーム酵素の放出を促し、炎症反応や細菌感染に対する防御といった生体にとって重要な役割を演じていると考えられてきました。また、乾癬や炎症性腸疾患、喘息といった疾患の発症因子であるとも考えられ、抗LTB4受容体拮抗薬は新しい抗炎症薬や喘息治療薬として開発が進められています(図1)。ところが、これまでにその細胞膜受容体の単離精製やcDNAのクローニングは成功例がありませんでした。

私たち東京大学医学部生化学教室でもこの受容体のクローニングを目指して様々な努力を重ねて来ましたが、このたびサブトラクションクローニングによって、LTB4受容体のcDNAクローニングに成功しました。

私たちが注目したのはヒトの白血病細胞であるHL-60でした。この細胞は、普通に培養している状態では未分化な細胞であり、白血球の特徴はあまり持っていませんが、レチノイン酸を加えて分化させると、ヒトの好中球に極めて類似した性格を持つようになること、それに伴ってLTB4の結合能も上昇すること(図2)が以前から知られていました。私たちはこのLTB4の結合能の上昇は、LTB4受容体のmRNAの発現量が増えるために引き起こされるのではないかという(大胆な)仮説のもと、遺伝子引き算法(cDNA subtraction method)によってLTB4受容体をクローニングできないかと考えました。すなわち
(レチノイン酸誘導HL-60細胞)-(未分化HL-60細胞)=LTB4受容体というわけです。

この仮説に従って引き算を行ったところ、66種類の遺伝子を単離することができ、その中の一つがLTB4受容体をコードしていることが明らかになりました。

ヒトLTB4受容体は352個のアミノ酸からなる細胞膜7回貫通型の受容体(図3)でした。そのmRNAは白血球に多く発現(図4)しており、弱い発現が脾臓や胸腺といったリンパ組織にも観察されました。HL-60細胞ではやはりレチノイン酸によりmRNAが強く誘導(図5)され、私たちの仮説が正しかったことが証明されました。興味深いことにこのLTB4受容体は同じ翻訳領域を持ちながら、5'末端の塩基配列の異なる二つのmRNA(図6)として存在することも明らかにしました。この二つのmRNAは別々のプロモーターによって発現がコントロールされていると考えられ、その機序を探るべく実験を進めています。

このLTB4受容体を過剰発現させたCos-7細胞は、HL-60細胞やヒト好中球の受容体と極めて類似したLTB4結合能(Kd=0.154 nM)を持っていました(図7)。またこの受容体を強制発現させたCHO細胞はLTB4によってアデニル酸シクラーゼ活性を阻害し(図8)、また、細胞内カルシウムを上昇させました(図9)。アデニル酸シクラーゼの抑制は百日咳毒素(PTX)感受性であるためGi様のGタンパク質、カルシウム上昇は百日咳毒素(PTX)非感受性であるためGq様のGタンパク質を介していることが考えられます。

最も驚くべき知見は、このLTB4受容体を発現したCHO細胞があたかも白血球のようにLTB4に向かって移動した(図10)(化学走性:Chemotaxis)ことです。この化学走性は極めて強力なもので、百日咳毒素で完全に抑制されました(図11)。LTB4に限らず細胞があるリガンドに対して移動するメカニズムは未だにわかっておらず、我々もその全貌解明に向けて努力を始めています。

以上の研究内容は以下の論文に掲載されました。

Takehiko Yokomizo, Takashi Izumi, Kyungho Chang, Yoh Takuwa, and Takao Shimizu
A G-protein coupled receptor for leukotriene B4 that mediates chemotaxis.
Nature (1997) 387 p620-624


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