通算第273回 定例会記録
『医療施設の防災対策』
日本アイソトープ協会学術部長 池田 正道氏
1.医療施設に望まれる災害時の対応
1.1 医療施設の特殊性
一般の放射線施設とは異なり、医療施設の特有な点をふたつに分けて述べる。
ひとつは、照射、測定対象物が人体(患者)である、ということである。医療施設では多くの場合、人体(患者)を対象に放射性同位元素等が使用される。その中の多くは、重症患者である。点滴、酸素ボンベなどをつけており、自分自身での移動が困難である。また、患者にとって初めての場所で検査を受けるために自分のいる場所が把握できない。このため災害発生時に自力による非難がきわめて困難である。同様に検査、治療のため放射性同位元素を投与された患者は、通常放射線治療室に一人で収容されている。このために災害発生時には、非難誘導などで問題が生じ易い。また検体に血液を用いたり、放射性同位元素を注射器で投与するために注射針、シリンジ、試験管など放射性同位元素に汚染された物以外に細菌汚染された廃棄物が多量に生じる。
もうひとつは、救急医療に欠くことのできない施設である、ということである。
今回のような大震災では多くの死傷者が発生する。救急救命の立場から、医療施設の果たす役割は極めて大きい。このため、地震が発生しても医療業務に大きな支障が起こらないこと、また地震発生後に医療施設の機能が早急に回復することが望まれる。そのためには平常時の災害予防対策と災害時の応急対策に関する計画の策定、その周知徹底、防災訓練が、重要となる。
1.2 放射線施設の災害対策のポイント
*患者に対する対応
(1)災害発生時
地震時は最初の振動が収まるまでは、患者に対し落下物等を避けて、おちついて身体を守ることを注意し声をかける。
患者の避難誘導とくに放射性物質を投与されていたり、小線源による照射中の患者の誘導には、予め定められた場所へ他の患者とは別途誘導することが肝要である。放射線発生装置で照射治療中や核医学検査中の患者についても適切な対処が用意されている必要がある。
放射線遮蔽のため壁等が厚く耐火構造となっており、施設の地震等に対する堅牢度は、医療施設の中でも特に高いものとなっているので、施設の堅牢度を考慮すると、地震発生直後は、周辺の状況を確認するまでの間は、施設内に待機することもありうる。
誘導避難した患者の安全確認にかかる情報は、患者の医療責任者・防火管理者に確実に連絡することは、肝要である。
(2)平常時
放射線施設のなかには、重量物が多数配置されていることが多いが、避難通路の妨げになるような配置をすることのないよう常に努める。避難通路と避難先の図示した案内標識をできるだけ施設内の目につくところに掲示する。
*施設内設備に対する対応
(1)災害発生時
設備が損傷し、放置するとさらに被害が拡大するおそれがある場合には、被害拡大の防止の措置をする。
例えば、加熱中の乾燥機が転倒し、周辺に引火性の溶媒がある場合には、溶媒を安全な場所に移動する措置が必要となる。重量物が避難通路に不安定に転倒している場合には、応急の措置をする。
特に放射線漏洩や放射性汚染の発生の恐れがある場合は、現状の状況を測定器により迅速に把握し、適切な対処を図るよう施設管理関係者は努める。周辺環境にもその影響が及ぶと判断されたときには、関係当局に通報し指示を受ける。特に、照射装置、小線源貯蔵箱の損傷が発生した場合は、注意深い措置が必要である。
災害の復旧にあたっては、充分それぞれの設備の外観からの健全性を確認した上で、電源等をいれ、注意深く動作確認を行う。設備の使用再開前の点検は重要である。
(2)平常時
施設内は、常に整理整頓に努める。放射線施設内には不要な危険物や機器類は持ち込まない。ガスボンベや重量物、精密で震動など機械的に弱い機器については、施設の床、壁等に固定するなどの措置をとる。キャスター付の機器等は、できるだけフック等による固定の措置を行う習慣をつけ、固定することに心がける。
2.阪神大震災における被害状況
医療施設を中心に全般的に放射線施設の特徴的な被害状況の主な点について列挙する。
1 )出入り扉の変形のため出入口の開閉困難
2 )使用室内の床・壁のひび割れ(クラック)
3 )ガンマカメラの移動による間仕切りの破損、転倒による寝台の破損
4 )床に固定されたRI貯蔵容器(およそ11t のガンマナイフ)が5cm移動
5 )工作機械(およそ1t のボール盤)が台上からジャンプして移動
6 )放射線遮蔽用鉛ブロックの落下崩落、防護衝立の転倒、コリメータの移動
7 )放射線治療病室の遮蔽シールドが移動
8 )フード、グローブボックスの配管結合部の破損、排気管の破損、給排水管の破損
9 )RI貯蔵箱の移動、扉の開放、廃棄物保管容器の転倒、移動
10)使用施設内の戸棚類の転倒、転落
11)高圧ガスボンベ、その他の器具・器材の転倒
12)液状化による使用室内への浸水(30cm程度)
13)リニアック、放射線発生装置の損傷
14)X線施設のX線管球、トランス、制御装置などが転倒、落下、移動
15)自動現像機の転倒、液混濁
代表的医療機器の損傷状況は、X線装置、CT装置、人工透析装置、自動分析器(点検台数3960,542,2654,1048)で30%、20%、6%、16%であったが、震災後機器メーカの保守点検修理により稼働できたものは、損傷を受けた機器の83%、95%、79%、85%であった。
3.防災対策に新たに反映すべき事項
従来から放射線施設の防災対策の重要性やその具体的対処については、多くの放射線安全管理講習会などや、刊行物によって提案がされている。
阪神・淡路大震災を体験して、今後新たに反映すべき課題に関し、現場の管理者、主任者から意見感想を参考に整理した。
3.1施設設備の予防対策
(1)建物、ならびに付帯設備等
●給水用タンクの複数装置とその分散配置
地震・火災の発生時には、防火用、除染用など、水の確保はきわめて重要である。給水用タンク複数設置とその分散配置を考慮することが望ましい。給水が止まることにより、実験研究のみならず、医療施設では、人命にかかわる場合もあり、給水用タンクを複数個分散設置することは、各施設とも今後真剣に検討し、計画する必要がある。施設周辺の給水管等に損傷がなかったにもかかわらず、数日以上断水したため、その間、日常活動が全くできなかった施設も多い。
●放射線施設の低層階設置
RI使用施設が、近来高層建物の増加に伴い、高層階にも設置されるようになってきた。 地震に対して高層建物の損傷は避けられても、建物内部の設備に加わる地震エネルギーは、高層階ほど大きくなるので、放射線施設を高層階に設けることは、基本的に避けることが望ましい。特に非密封RI施設では、排水貯留槽の設置場所によっては、排水管は長距離となり、加わる震動も大きいので、破断等のおそれも増加し、汚染が発生する恐れも大きい。やむなく設置する場合には、特に充分な地震対策を施設全体に施す姿勢が必要である。
●施設建物の耐震診断
施設建物の地震に対する耐震診断を専門家に依頼することや、一般的な付帯設備の作動点検や手入れを心がけることにも注意が必要である。耐震診断については、今回、一般的な建物について、その必要があらためて指摘されているが、放射線施設そのものについては、特に古く施工されたものに、その必要性・緊急性が高い。
(2)設備機器あるいは重量物等
●大型重量機器の転倒防止のための固定およびキャスター付機器の固定
大型機器(実験台、棚、ドラフト、冷蔵庫や貯蔵箱、貯蔵容器等)の地震による移動・転倒・転落等が、相当数の施設内で見られた。また、通常動かすことも困難な重量物ほど移動した例が多くみられ、驚かされた例が多い。重量のある設備機器の固定は必要である。 なお、大型機器については、キャスターがついていることにより、地震発生に床の上を自由に動き回り、結果的にその転倒がおこらなかった場合もあり、損傷が少なかった例も報告されている。ただ、一般的にはこのような「動き回り」により、重量物であることから、他の固定物品や建物本体と衝突して、互いに損傷する恐れもある。今回の地震発生時のように、無人の場合は良い面もあるかもしれないが、勤務時間帯など、室内に人がいる場合には、大型重量機器が激しく動くことは危険であるから、「固定する」ことが原則である。
放射線施設の出入口は、通常1箇所となっているので、扉の変形等により使用施設内に閉じ込められる危険性がある。鉛ブロック、その他装置器具の落下による避難通路の閉鎖に対処する必要がある。
医療機関では、患者の災害時の安全性を第一とする考え方に立ち、利用性や便利性を追求し過ぎない様に留意する。放射線医療機器、例えばガンマカメラのレールを、容易に外れない、転倒、移動のない構造に改造する必要がある。
装置のアンカーボルト等による固定やキャスターのストッパーの確認により、かなり多くの事故を防ぐことができる。操作する者の利用性を重視するため、また移動困難な患者にも検査・治療ができるように、医療機器・器具は移動式(キャスター付)の装置が多い。 人体の計測方法が複雑化したため、コンピュータ化され装置が大型化している。重量物のため動かないという観点から固定されていないことが多い。このため、レールの上に乗っているだけという装置も多い。保守管理、修理の簡便化のため固定されていない場合も多い。患者の防護のため遮蔽体をベットと一体化にしたベットを用いる必要がある。
ガンマナイフは現在日本に13台設置されているが、すべての装置は鉄筋に鉄板を溶接しコンクリートで固定し、アンカーボルトでその鉄板に本体を固定してある。それにもかかわらず、今回の地震ではボルトが破損し5cm移動した。
X線装置や自動現像機の転倒、落下、移動による人身事故の防止にも注意が必要である。また、病院の救急業務に支障が生じないためにも、これらの装置の破損は防止する必要がある。
(3)電子機器類等
●コンピュータ機器の固定
パソコンは固定しておかないと転落転倒により機能しなくなることが多い。転落等により見かけが健全であっても、「地震後途中で動かなくなった」との事例もあった。コンピュータを内臓した多くの機器が使われているが、衝撃に弱いものと考え、床、壁、台上に固定する必要がある。
●管理・診療記録のバックアップと多重保管
危険物管理などを含め、放射性同位元素や廃棄物に関しては、各種記録・記帳があるから、それらと現物の照合が必要である。地震後にもすべての施設において点検を実施することになるが、管理記録の照合可能を確保するため、常に記録類の二重・三重の保管管理を心がけるのが望ましい。診療検査記録についても同様である。
3.2 通報連絡体制
通報連絡体制は、それぞれの事業所において確率していると考えられるが、とくに休日夜間の体制の見直しを行い改善を図り、確実に機能するよう計画を明確にしておく必要がある。
通報連絡体制は、休日・夜間等と勤務時間中とで全く異なる。たとえば、現場の状況の把握を行う人、それを通報連絡すべき相手、通報連絡の内容などは、休日の場合は、現場へ駆けつけて状況を正確に把握をしたり、状況によっては、さらに通報連絡することになる。勤務時間中には、通勤勧告、避難経路、避難先等の指示と実際の誘導などが必要になる場合が多い等、様々な点で異なる。「誰が」「誰に(またはどの部署に)」連絡をするか、また、通報連絡の内容が的確か(早期に現場に到達した人が、放射線管理専門家でない場合)等について、明確にする必要がある。
通報連絡体制のなかには、きめ細かく二重・三重に連絡網を考慮しておくことが必要である。また、災害時参集計画などに従い、一定の災害レベルに対し、連絡通報体制に頼ることなく、管理者、作業者などが、自主的に参集する体制も必要である。災害時に対応した新しく堅牢な連絡通報システムの確率が望まれる。
3.3 施設点検体制
放射線管理上の「自主点検項目」にあるものはもちろんのこと、その他、建物、付帯設備、備品類、各種消耗品類(これには器具、小容器、溶媒等も含まれる)等の点検を、定期的に行う必要がある。災害発生時には、日頃の点検の経験が活用されることになる。点検を実施し易くするために点検体制・点検方法や基準を明確にし、その内容の周知徹底のための教育と実地訓練等も必要である。
点検体制そのものについては、点検の要領を把握し、習熟している者が、「主任者及び管理担当者だけという状況があった。」という例があったが、改善を図るべきである。主任者以外に、補助者等、複数の担当者が日頃から点検体制にいれておいて、その要領を把握しておく体制整備が肝要である。
緊急の応急対策では、立入禁止、立入制限について、対処基準と判断責任者を定めておく。
施設の使用の再開に当たっては、施設点検を行い、設備動作など充分な安全確認を行う。
(文責:川崎 雄一)
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