通算第272回 定例会記録
「臨床現場に生きるコミュニケーション」
(株)保健同人社「老いと病の相談室」室長
     前東京都老人医療センターM.S.W 奥川 幸子先生

日常の仕事の中で大切な、人間関係コミュニケーションの方法を学び、対人援助の基本的な視点を理解する。

〈組織のポジショニング〉
対象者が置かれている状況をポジショニングする。患者さんを見るのと、自分の働く組織、自分の所属している組織を見るのは同じでなければならない。これは、組織の中で自分をどういう所に置いてコミュニケーションを取るのかと言うことであるから、組織の中で、自分の立場や存在がどういうものであるかを意識化できるか、と言うことにも繋がってくる。すでに死を受け入れている患者さんと接することは、こちらとしても比較的楽である。しかし、状態が激変している患者さんと接するのは、苦労するであろう。そのような患者さんが、今どういう立場にあるのかを考えなければならない。
“今、目の前にいるひとは、どこにいるか?”(過去、現在、未来の座標軸で)と、いうことを見ることがポジショニングである。過去はどうだったか、どうして今こうなってしまっているのか、未来はどうなるのか、(四次元でみる)また、言葉だけでなく身体はどうなのか、社会的な位置はどうなのか、対象者と取り巻く状況(全体像を描く)も見なければならない。

〈問題の種類と程度の理解〉
対象者の背後には多かれ少なかれ心理社会的問題がある。気になることは誰にでもあるのだが、その問題を”問題”にしているかが重要である。大抵の問題は自分でどうにかなることや解決できることが多く、専門家などの手を借りるほどのものではない。自分でどうにかなるうちは、人の援助は受けず、または友人のネットワークなどで解決してしまうこともある。しかし、患者さんは専門的な知識、技術を必要とする問題をかかえている人なのである。
問題を的確に把握し隠されたニーズを引き出すために、問題の種類を4つに分ける。

表現された訴え(complaint)
 主訴、クライエントが自分の言葉でどのように訴えたのか?しかし、その言葉がクライエントの本当に訴えたいことと一致しているかは分からない。

悩み、困っていること(trouble)
 いろいろと実際に見えているトラブル。

必要不可欠なこと(need)
 その人が何を欲しているか。生理的(身体的)、心理的、社会・経済的に生きる上で基本的に必要なもの。

要求(demand)
 我々の日常の仕事においては、患者のわがままと取られがちな面。
我々は”一主訴一対応”ではなく「この人はなぜこうしたいのか?なぜこうして欲しいのか?」を考えなければならない。自分から見たらどうでもいいような事でも、他の人間にとっては重要だったりするものである。援助者にとって一見同じ様な問題でも、個々人によってその意味も大きさも異なる。その人の“生き方”“世界観”“価値感”“美意識”を傷つけないようにする。それらは更に、その人がその時持っているもの(病気、心の位相など)によっても違っていて、相手の状況を察知することは、“感”や“接客技術”のようなものに依ることが多でもある。

〈問題に影響を与える個人の経験と社会の影響を理解する〉
それは、個人のこころとからだの歴史(身体と心(魂)に刻印された経験の総体)と、時代、文化、社会の影響(目の前の人の行為には、必ず社会のなかで心と身体の歴史がある)を受けている。そして、必ず周囲の人々(家族、親族、知人・友人、世間などの環境)にも影響を及ぼしている。つまり全ての要素と相互の関係・連鎖・循環がアセスメント(どういう状況か、なにを必要としているのかの見積り)の対象となる。現代社会はスピードが速く、世代間の乖離が大きく、価値観、共通感覚の違いが激しい。しかし、病んでいるときや何か悩み、問題を抱えているときの基本的な行動はどの世代でも同じである。

〈援助者として私が置かれている状況をポジショニングしておく〉
私が置かれている状況を把握する
 対象者と向かい合う我々(援助者)にも個人の心とからだの歴史がある。援助者側の生活史、すり込まれた価値観、生きていることの意味をどこに置いてきたかを追求する。自分は、どんなことに同情しやすく、どんなことに怒りを感じるのか、その人の生活の価値観に関係することであるが、そんな事がある患者に偏ったり、同情しやすくなる原因でもある。患者に対する“色メガネ”を外すために、自己覚知の必要性がある。これまでの患者との関わりの中で、自分がいつもより心を引かれたりのめり込んだ人達を思い出し、自分をそのようにさせた要因を分析してみる。

自分はどういう立場にいる人か、“私の立場の確認”をする
 自分が職業として援助の対象としている人は、どんな問題を持っているどのような人か考えてみる。

自分が働く場のポジショニングをする
 自分が所属している医療機関の機能と役割を、過去・現在・未来の座標軸からみる。概要(設立の歴史)、現在の概要・規模、特長、地域のなかでの地理的位置・機能的位置、組織図(部門、責任者)、組織のダイナミクス(命令系統、力関係)などの観点からアセスメントしてみる。そして、組織の中に自分を置いてみる。自分は何をする人か?所属機関からの役割期待、どこ(患者か、家族か、経営者か)を向いて機能する人か、どこまで責任を持てる人か(責任・範囲・逸脱)を考えることによって自分が見えてくる。

〈相談援助者に必要な知識・技術を確認する〉
援助者に要求される専門的知識と技術を確認する
 対象者(障害者や病者、老人など)が抱えている問題をキャッチし解決するためには、専門的知識・技術を持っていることが要求される。しかし、適切に活用するためには、視点が定まっていなければならない。また、一般的援助関係と、専門的援助関係の違いが把握されている必要がある。自然発性的で暗黙上の契約と理解があり、友情に基ずく相互的な人間関係である“一般的援助関係”と違って、“専門的援助関係”は、クライエントに焦点があてられクライエントのニーズに基づいている。
そして、客観的で報酬・期間が限定され、専門的基準と倫理網領による指針によって行われている。

援助者がめざすものとはなにか
 人が人に行う援助は、その活動は多様であり、究極はその援助者の人間力(存在感、包容力、温かさ・厳しさ)に負うところが大きい。
(文責:佐藤 春美)

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