通算第267回 定例会記録

教育講演

『呼吸生理からみた呼吸器核医学』
-----肺の核医学検査をより正しく理解するために------
東京慈恵会医科大学放射線医学教室  川上 憲司 教授  

1.はじめに
 核医学領域における医師と技術者の関係は、車の両輪に例えることができる。放射性医薬品や装置がどんなに良くても、医師や技術者が検査について正しく理解していないと良い仕事はできない。東京核医学技術研究会のメンバーや各会の参加者には敬意を表すると同時に感謝をもしている。
 今回は、呼吸器核医学だけでなく、今年の海外核医学会での話題およびX線発見100年にちなんだ話題を3本の柱として話をさせていただく。


2.核医学よりみた呼吸器生理
1)換気分布の基礎
 換気分布は、上下肺野で差が認められ、安静呼吸時では下肺優位である。これは、肺が胸腔という限られた容積の陰圧ボックス内にあるため、肺そのものの重量と胸腔内の陰圧の関係が上下で異なり、重力効果の影響が現れることに起因する。

2)血流分布の基礎
 血流分布は、肺そのものの重量に加えて血液の重量も関係し、重力効果が更にはっきりと現れることになる。これらの重力効果と右心室よりの駆出圧との関係で肺血流分布は上肺から肺底部にかけて4つの相に分けられている。

3)撮像方向
 撮像方向については、一般に正面,後面,両前斜位と両側面が推奨され、行われているが、対側肺との重なりによる画像への影響を低減するためには、正面,後面,両前斜位と両後斜位での撮像が望ましく、側面での撮像はその次に位置づけることが出来る。側面像では重なりによって、病変の描出が不自然になることがある。
 撮像体位については、臥位で行うと横隔膜の挙上が問題となり、座位の方が下肺野の状態が自然かつ広く観察可能となる。したがって、撮像体位はできるだけ座位で行うことが望ましい。

4)放射性医薬品
a. 換気検査 81mKr-gas 133Xe-gas 99mTc-technegas
99mTc-HSA aerosolなど
b. 血流検査 99mTc-MAA
c. 粘液線毛運動 99mTc-HSAaerosol
d.肺上皮透過性 99mTc-DTPAaerosol


5)換気検査に用いる放射性医薬品の特徴
a. 81mKr-gas  半減期13秒 繰り返し検査可 安静呼吸時に換気分布
99mTc-MAAとの2核種同時検査可
b. 133Xe-gas 定量測定可 洗い出し時間測定可  肺容量分布測定可 133Xetrap必要
c. 99mTc-technegas テクネガス発生装置必要 超微細粒子でガスと同様の肺分布
換気SPECTに好適 99mTc標識のため常時使用可

6)肺血流シンチグラフィの適応
a.血流分布異常  肺塞栓症,大動脈炎,肺動静脈瘻,肺癌,閉塞性肺疾患
間質性肺炎,術後肺機能予測
b.重力方向分布異常 原発性肺高血圧症,後毛細管性肺高血圧症(僧帽弁狭窄 症、左心不全),前毛細管性肺高血圧症(肺線維症、閉 塞性疾患)
c.右→左短絡   肺動静脈瘻,心室中隔欠損(右→左短絡),Fallot 四徴症  心奇形術後評価

7)換気・血流ミスマッチをきたす病態
高換気・血流ミスマッチ   低換気・血流ミスマッチ 肺塞栓症  喘息(発作期) 
  大動脈炎  気道内異物 
  肺癌(肺門部)  びまん性汎細気管支炎*
  肺動静脈瘻      慢性気管支炎*
  肺線維症*    
肺気腫*
(*換気・血流シンチグラフィでは、matched defect を示すことが多い)

8)肺上皮透過性の亢進する病態
 ARDS(成人呼吸促迫症候群),特発性間質性肺炎,過敏性肺炎,サルコイドーシス,カリニ肺炎,肺塞栓症,喫煙肺など

9)肺塞栓症(PE)における血流欠損の特徴
 PEにおける血流欠損の場合は、塞栓を起こした部分から先の描出は完全に消えてしまう。また、末梢側に向けて拡がっていく血管の分布を反映して、病変部が楔形の欠損として描出されるのが特徴である。

10)閉塞性肺疾患(COPD)
 肺気腫などの閉塞性肺疾患では、血流欠損の辺縁部に帯状の血流の保たれている部が認められる事がある。これを「ストライプサイン」と呼ぶ。ストライプサインがあればPEを否定できる。また、楔状というよりやや膨らんだ形の欠損として認められる。
11)気管支喘息
 発作時には大きい換気分布欠損を認める。血流欠損も出現するが、換気分布に比較して小さい。発作寛解期にも換気欠損を認めることが多い。この換気欠損は一般に小さい99mTc-HSAaerosolシンチグラフィでは寛解期においてもホットスポットの形成が見られる。血流異常を認めることは少ない。気管支拡張剤吸入後、換気欠損は改善される。

12)肺線維症
 胸部X線写真上で線維化病変がみられる部位に一致して、換気の低下に比較して血流の低下が大きい所見(高換気・血流ミスマッチ所見)が観察される。血管構築の破壊のため血流分布は欠損となるが、気道における閉塞性病変は小さいため、換気障害は血流障害に比較して少ない。

13)肺高血圧症
 全肺において不均等分布を示し、座位での注射にも拘わらず、上肺野まで 99mTc-MAAの分布がみられる。

14)Segmental contour pattern
 区域、亜区域の辺縁に沿った血流欠損所見で、静脈閉塞性肺高血圧や微少肺塞栓症にみられる。

15)運動負荷時の血流変化
 運動負荷時の肺血流の変化を81mKr-solutionで評価すると、上肺野血流が上昇することがわかる。肺線維症では、運動すると逆転現象が現れ、PaO2も悪くなる。正常人において、血液は0.75秒で毛細管を通過する。その始めの0.2〜0.3秒でO2を受け取るが、肺線維症ではうまくO2を受け取れなくなっていることに原因している。

3.海外の核医学会での話題
1)研究対象
 全体の傾向として、腫瘍,炎症関連に非常に力をいれていることが印象的であった。

1995年米国核医学会における演題 腫瘍(対象臓器)
乳腺 58 前立腺 20
肺 38 膵 19
結腸 36 転移性骨腫瘍 16
甲状腺 27 原発性骨腫瘍 6
脳 27 軟組織肉腫 4
下垂体 5 卵巣 13
悪性黒色腫 26 肝 11
悪性リンパ腫 26 肝(転移性) 6

1995年ヨーロッパ核医学会における演題 腫瘍(対象臓器)
乳腺  28 消化管 25
脳  21 肺 20
悪性リンパ腫  14 泌尿器  11
悪性黒色腫  6 一般 4

 このことから、核医学が対象として進まねばならない分野として、次の事柄を示すことができる。
a.原発巣不明癌の検出
b.良性と悪性の鑑別
c.悪性度の判定
d.病変進展度評価
e.治療効果の評価
f.局所再発の検出
a〜fのいずれも重要であるが、なかでもb,eについては特筆に値する点である。

2)放射性医薬品
1995年ヨーロッパ核医学会における演題 腫瘍(放射性医薬品)
111In-Octoreotide 12 MIBI 9
18FDG 8 Immuno. 7
123I-MIBG 5 99mTc-Tetrofosmine 4
123I-estradiol 3 201Tl Cl 2


a.99mTc-MIBI 細胞内ミトコンドリアの蛋白と結合
副甲状腺組織、腫瘍活性
 MIBIは腫瘍親和性が高く、胸部腫瘍疾患やその転移巣検索に有用である。echoやMMG.で検出しにくい乳房の大きい人の癌をMIBIで検索,検討した報告によると、感度においてMIBIが93%以上であるのに対してMMG.では82%であった。同様に、特異性ではMIBIが90%以上であるのに対してMMG.45%であった。良性腫瘍正診率では、MIBIが83%,Echoでは56%という結果が示されている。
 MIBIが組織内にいったん取り込まれてから排泄されていく量と、P糖蛋白の量には相関性があるとされ、化学療法のさいの多剤耐性腫瘍の評価に関する研究もなされている。

b.131I-MIBG uptake-1 mechanism
クロマフィン顆粒やNE貯留顆粒に集積
c.111In オクトレオタイド ソマトスタチン受容体に集積
中枢神経、下垂体、視床下部、消化管、膵に分布
カルチノイド、ガストリノーマ、インスリノーマなどに集積
 投与後24時間で撮像を行う。本邦でも治験が実施されている。肺癌では小細胞癌に良好な成績が得られ、転移巣の検出も良好である。治療分野でも[90Y]-DTPA-octoreotideとして開発が進められ、腫瘍抑制効果が期待されている。

ソマトスタチン類似体の利用
神経内分泌腫瘍 9 消化管・膵腫瘍 4
悪性リンパ腫 3 99mTc 化学 3
RI治療 7 その他 7
Total 33

d. 脳神経系を対象とした薬剤では、123I-iomazenilで特定不能の不安神経障害に対して良好な結果が得られ、123I-βCITはパーキンソン病の早期診断で期待されている。

4.放射線利用100年を記念して
1895年11月8日レントゲン博士はエックス線を発見した
 真空度の高いガラス管で、真空放電の現象を研究していたとき、ガラス管を黒い紙で覆っていたにもかかわらず、暗室の蛍光板が蛍光を発しているのに気がつきエックス線を発見した。
1896 年ベクレル、ウラン鉱から放射能を発見
 たまたま写真乾板の上に薄い銅の十字架を置き、その上にウラン化合物の結晶を載せて、机の引き出しの中にしまっておいたところ、あとで乾板を現像してみると十字架の形がはっきりと写っていた。
1898 年キューリー夫人、放射性元素を発見
 ウラン鉱物から新元素ポロニウム、ラジウム、ウラン鉱物であるピッチブレンドから、放射能をもった元素を分離することを試み、ポロニウム、ラジウムという放射性元素を発見した。
1902 年ラザフォード、放射性元素の壊変説
 原子が他の種類の原子に変わるときに、つまり、元素の種類が変わるときに、
アルファ線、ベータ線、ガンマ線などの放射線が「原子核」から出ることを発見
した。アルファ(α)線、ベーター(β)線、ガンマ(γ)線と名づける
1913 年ヘヴェシー、放射線トレーサー法を確立
 物質の中に放射性同位元素をまぜておくと、放射性同位元素から出る放射線を測定器で追跡することにより、その物質の動きを知ることができるという方法を確立した。

 これまでの100年間に様々な発見がなされ、多くの放射線利用技術が開発されてきたが、なかでもヘヴェシーの業績は、我々核医学に携わる者にとっては記念すべきことである。

5.おわりに
 放射線医学は、21世紀へ向けて、高性能画像診断機器の普及時代を迎えつつある。

画像診断装置台数の推移
 各種モダリティの進歩,普及につれて、次に例示するような高度利用技術も急速に普及、熟成していくものと考えられる。

1.超高精細画像の利用
・3-D画像
・Fanctional Imaging(機能イメージング)
・リアルタイム表示画像
・画像の複合化

2.核医学
・放射性薬剤の開発
・検出器の開発
・Radioimmunotherapy(放射免疫治療)
・PET Imagingの利用

3.マルチメディアの有効利用
・医療業務の効率化
・データベース管理・運用
・画像転送と遠隔医療,在宅医療の推進,医学教育や診療におけるVirtual reality(仮想現実) の利用
(文責:平瀬 清)

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