『脳血流の測定』
−基礎と臨床−
慶応義塾大学医学部内科学教室(神経内科) 小張 昌宏先生
9月の定例会は、慶応義塾大学医学部内科学教室(神経内科)小張 昌宏先生をお招きして、脳血流についての講演が行われた。
脳血流測定の意義、脳血流の調節機序といった基礎的な講義から、負荷脳血流測定法、133Xe-CTによる脳血流測定法、そしてMRIによる脳血流測定についての講演が行われた。
1.脳血流測定の意義
脳血流=脳循環
全脳血流(脳全体の血液の流れの平均)
正常(60ml/100g/min)-->30ml/100g/min以下-->失神
0ml/100g/min-->6秒で失神、100秒で脳に不可逆的な障害が起こる。
(その後、血流が回復しても後遺症がのこる)
∴ 脳血流は脳の活動を維持していくために重要。
1 脳血流測定の目的
(1) 脳血流の働き
脳の正常な活動にはエネルギ−代謝が必要
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エネルギ−代謝にはグルコ−スと酸素が必要
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脳組織にはグルコ−スと酸素の蓄えはほとんどない
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血流により常時グルコ−スと酸素を供給する必要がある
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∴ 脳の正常な機能を維持するのに必要な脳血流の状態を測定することは
臨床において重要である。
(2) 脳血流の供給ル−ト
左右の頚動脈、左右の椎骨動脈の4本の主要血管が脳への血液供給ル−ト脳血管障害(狭窄、閉塞)により脳血流異常が生じる。
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脳血流測定により脳血管障害の鑑別診断、病態の把握ができる。
II.脳血流測定の歴史
1945年 Kety 脳血流測定に成功(全脳血流測定:N2O法)
1960年 局所脳血流測定
(脳の表面の局所の血流量を測定:133Xe動注法)
1980年 三次元的脳血流測定(SPECT.PET.133Xe-CT.MRI)
脳の表面だけでなく脳の深部の血流を測定
III.脳血流測定原理
1 脳血流測定法の種類
(1)拡散性トレ−サ−法(Ketyの方法 PET.133Xe-CTなど)
(2)非拡散性トレ−サ−法(99mTc-RBC.99mTc-HSAなど)
(3)トレ−サ−捕獲法(SPECT HMPAO.IMP.ECDなど)
三次元的 定性的→定量解析試みられている。
(1)拡散性トレ−サ−
血流中に入ると血液中から脳の組織に拡散する物質
N2O、133Xeなど
拡散性トレ−サ−の条件
1,血液によく溶け、均一に溶ける
2,脳循環を変化させない
3,脳内で産生も代謝もされない
拡散トレ−サ−による脳血流測定の原理
Fickの原理
「器官が1分間に摂取する全物質量をその器官へ入る血液と流出する血液の物質量の濃度差で割ればその器官への血流量を計算できる。」
△△ △
動脈マ毛細血管マ静脈 △:トレ−サ−
\|/
脳組織 △
動脈−毛細血管−静脈それぞれのトレ−サ−濃度の時間的変化を測定する
拡散性トレ−サ−による脳血流測定の公式
F=λCV(T)/ 0T(CA−CV)dt
F :脳血流量
CA:動脈血のトレ−サ−濃度 λ:分配係数
CV:静脈血のトレ−サ−濃度 T:トレ−サ−の投与時間
CVは脳組織のトレ−サ−濃度に置き換えられる。
動脈血、静脈血中のトレ−サ−濃度の時間的変化が分かれば血流量が測定できる。
拡散性トレ−サ−による測定方法
N2O法 :全脳血流測定
133Xe:(吸入、動注)脳表面の局所脳血流測定
133Xe-CT :三次元的定量化(絶対値)
IV.負荷脳血流検査
基本的脳血流検査法
安静、臥床、閉眼時に測定
負荷脳血流検査
安静時と比較
手術に際して脳血流動態予測
1 負荷検査の種類
1,acetazolamide静注(500 1000mg)
2,CO2吸入負荷
3,血圧↑\|/負荷
4,levodopa負荷
acetazolamide.CO2→脳血流増加
正常時の安静時、負荷時の脳血流比較
安静時 :脳皮質、視床、被殻など灰白質の血流が多く、白質は血流少ない。
CO2吸入:脳全体で血流が増加 (CO2分圧33.4〜37)
2 負荷試験の目的
(1)鑑別診断の補助
1,閉塞性脳血管障害の鑑別
(a) 内頚動脈閉塞症
安静時‥‥ 脳血流低下(片側閉塞では閉塞側が特に低下)
CO2負荷時‥非閉塞側で血流増加、閉塞側では血流変化がない。
(b) もやもや病(ウイリス動脈輪閉塞症)
安静時‥‥ 血流低い
CO2負荷時‥血流やや増える。特に、もやもや血管ができている領域において血流が増える。
内頚動脈閉塞症と、もやもや病が負荷検査により鑑別できる。
2,痴呆の鑑別
(a) 脳血管性痴呆:脳血流低下による痴呆
(b) アルツハイマ−病:神経性痴呆
(a) 脳血管性痴呆
安静時‥‥ 血流低下
CO2負荷時‥血流やや増える
(b) アルツハイマ−病
安静時‥‥ 血流低下
CO2負荷時‥血流増加(血管自体に異常がない為、CO2により血流が増加する。)
脳血管性痴呆、アルツハイマ−病の鑑別が負荷試験により容易にできる。
3,パ−キンソン病、進行性核上性麻痺の鑑別
(a)パ−キンソン病
levodopa負荷により脳血流が増加する。
(b)進行性核上性麻痺
パ−キンソン病に似ているがlevodopaは血流増加に効果ない
levodopa負荷によりパ−キンソン病と進行性核上性麻痺の鑑別ができる。
V.脳循環代謝調節
正常脳血流値
全脳平均血流値
(60ml/100g/min)
脳の重量1200〜1300g(体重の約2.5%)
心拍出量の15%の血流量が脳に流れている
体重の2.5%の臓器に全血流の15%が流れている。
正常脳血流の特徴
1,灰白質と白質では、灰白質の方が血流が多い(約3倍)
2,前頭葉、側頭葉、後頭葉、頭頂葉で血流の明らかな差はない
3,脳の活動に関連した部分の血流が増加する
(脳機能と血流のカップリング:例 閉眼から開眼すると後頭葉の血流が増加す
る。)
4,加令とともに血流がへる
1 脳血流の調節
脳血流量…脳潅流圧に比例 脳血管抵抗に反比例
脳潅流圧=動脈血圧−静脈血圧(非常に低く0に近い)
=動脈血圧
血管抵抗…血管の半径の4乗に反比例
(血管が細くなれば抵抗は大きくなる)
∴血圧上昇および血管半径が太くなれば血流増加
しかし、正常脳では血圧の変動に対して脳血流を一定に維持しようとする自動調節機構が働く。
2 脳血流の調節機序
(1)神経性調節
(2)化学的調節
(3)内皮性調節
(1)神経性調節
自律神経による調節
交感神経−ノルアドレナリン→血管収縮
副交感神経−アセチルコリン→血管拡張
血管径の調節により血流の調節を行う
\|/
脳循環の自動調節(神経性調節により脳血流の自動調節機構が働く)
血圧の変動による脳潅流圧の変化(一定の血圧範囲内)に対して、神経性調節により脳血管径を変化させ脳血流を一定に保つ機構
神経性調節の血圧範囲
平均動脈血圧50〜170mmHg
(この範囲を越えると血圧に対応して脳血流が変化する)
血圧変動によって脳の血流が変動することを防ぎ、脳の環境を一定に保つ安全機構
(2)化学的調節
CO2などの化学物質による末梢血管の拡張や収縮による血流量の調節
1,CO2による脳血流調節
CO2+H2O→H+CO3- H+よるpHの低下で脳血管が拡張
↑
炭酸脱水酵素の作用
血中CO2分圧が脳血流に影響
(正常CO2分圧:40mmHg)
CO2分圧上昇→血流増加(息止め)
CO2分圧下降→血流低下(過換気症候群)
2,O2による血流調整
(正常O2分圧:90 100mmHg)
O2分圧上昇→血流低下(わずかな低下)
O2分圧下降→血流増加(窒息、高山)
3,化学的調節の重要性
化学的調節は脳代謝と脳血流のカップリングに影響
脳代謝が増えるとCO2が増え、脳血流が増加する。
脳代謝が落ちるとCO2が減ることから、脳血流が減少する。
脳代謝と脳血流のカップリングを調節するのがCO2である。
脳の活動(代謝)に応じて血流が増減して酸素、グルコ−スを脳に過不足なく供給する為に化学的調節が重要な働きをしている。
(3)内皮性調節
脳血管の内皮細胞によって血流調節を行う。
(EDRF)血管内皮由来弛緩因子(一酸化窒素、prostaglandin)
(EDCF)血管内皮由来収縮因子(Endothelin)
VI.133Xe-CT法による脳血流測定(非放射性133Xe)
1 測定原理
133Xe吸入→血流により脳内に拡散→脳内の133Xe濃度に応じてCT値(HU値)が変化
CT値の変化により脳内のXe濃度の変化を知ることができる。
133Xe吸入中、経時的にCTを撮像することにより脳内の133Xe濃度の経時変化を知ることができる。
動脈血中の133Xe濃度の測定
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呼気の133Xe濃度より動脈血中の133Xe濃度を間接的に測定できる。
呼気の133Xe濃度とCTにより脳内の133Xe濃度を経時的に測定することにより各ピクセル毎の脳血流値を測定する。
・.MRIによる脳血流測定
1 特徴
1,放射線被曝がない
2,侵襲性が少ない
3,任意の面での撮影が可能
4,反復測定が可能
現在研究段階である
2 測定方法
Blood oxygenation ievel-dependent contrast法(Bold法)
血流中の酸化還元ヘモグロビンの酸化度の変化を捉え血流の変化を捉える
ガドリニウム増強法
Gd静注後、経時的に(4.5sec毎)撮像
相対的に血流変化を捉える。
(文責:清水 正三)
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