通算第253回 定例会記録
教育講演   『大脳生理と核医学』
東京大学病院 井上 優介先生
 今日は大脳生理について、まず特に核医学と関係の深い脳の循環、脳代謝といったものに核医学がどう寄与していくことが出来るのかに対して若干考察していきたいと思います。
 この脳循環代謝に関しては、脳の血流及び酸素代謝、グルコース代謝という事が言われます。脳は大量の血流を得て、酸素を使ってグルコースを好気的に代謝してエネルギーの供給を受けています
 脳はその特徴として全くエネルギーの貯蔵がない、ということがあります。ATPですとかクレアチン燐酸とか、そういった形でエネルギーの貯えを全く持っておりませんので血流が途絶してしまえばすぐに死に至ってしまう、梗塞ということになってしまう、ということが一つ特徴としていえます。そして又非常に大量のエネルギーを消費しているということが顕著なことであります。
 脳は全身の中で2%程度の質量しか(約1400g)占めないにも関わらず、血流量に関して言えば全身の心拍出量の15%程度を占めている、CBF(血流量)に関しては全身の15%を占めている。そして、酸素代謝、CMRO2と良く表現しますが、酸素代謝に関しましては全身の20%程度、そしてグルコースに関しては25%程度を占めており、非常にどん欲な臓器と言われ、非常に大量のエネルギーを消費している。そして大量のエネルギー源が常に血流という形で供給され続けなくてはいけない。大変貪欲である分、弱い臓器である、ということが出来ると思います。
【スライド】
 この非常に大量の血流が必要である、大量のエネルギー源として酸素、グルコースといったものが必要である、そういう物を供給し続けるため非常に過大な要求を背負っている脳循環におきましては、さらに2つのことが同時に満たされた調節が行われなくては成りません。
 一つが恒常性の維持で、これは生物について一般的に言えることですけれども、脳の環境の中で恒常性を維持していくためには、常に基本的に一定の血流が保たれなくてはいけない。そしてそれによって一定の酸素代謝、一定のグルコース代謝が営まれるようにならなくてはならないということが一つの要求としてあります。これはどういった臓器にしても一般的に言えることなわけですけれども、もう一つ脳の場合の特徴として言えることは、脳は全体としてみれば恒常的でなくてはいけないのですが、機能局在の問題があります。
 機能が局在していると、ある機能を司ってる部位はこの場所というように、ある程度分化が行われているというわけですから、神経活動がある部分について活発になればそれに応じて代謝が昂進する、そしてそれに応じて血流が増加しなくてはいけない。機能賦活に応じた局所脳血流の増加ということが適時に起きなくてはいけない。脳の循環、非常に貪欲な脳の循環を調節していくためには全体としての恒常性の維持、そしてそれとは相矛盾するわけですけれども、同時に機能賦活に応じた局所脳血流の変化、多くは増加ということで対応が行われなくてはならないのです。この2つのことを同時に満たしていくためにどういった調節機構が存在するかについて見てみましょう。
【スライド】
 まず、そのひとつの重要な調節機転として有名なものにAutoregulationと言うのがございます。このAutoregulationと言うのは脳の灌流圧の変動に対して脳血流を一定に保つ働きであります。
 脳の灌流圧は動脈圧と頭蓋内圧との差として考えられます。通常の灌流圧というのは動脈圧と静脈圧の差ですけれども、脳の場合にはこの静脈圧によって規定されるのではなく頭蓋内圧によって規定されている。動脈圧と頭蓋内圧の差によって規定されていることがひとつ特徴として言えます。
この脳の潅流圧が変動した場合に、脳血流を一定に保とうとする働き、恒常性に寄与する働きがAutoregulationであります。
 実際には体血圧が上昇するなりして潅流圧が上昇した場合には、脳血管が収縮し血管抵抗が増して血流量は圧の上昇にも関わらず一定に保タレ、これに対して潅流圧が低下した場合には脳血管が拡張して、抵抗を減ずる事によって血流量をなんとか一定に保とうとする。この様な働きがAutoregulationであります。Autoregulationとは潅流圧の変動に対して働く恒常性維持機転であります。そしてこのAutoregulationに関して簡単な図は資料参照。

 ではAutoregulationは、どういった範囲で効いているか。どういった範囲で圧が変化しても血流を一定で保てるのかが問題になります。この範囲は大体60〜140mHgと言われています。注意していただきたいのは60〜140mHgは体血圧です、潅流圧そのものではありません。身体の血圧、身体の平均血圧ですね。meen arterial presserと横軸に書いてあり、平均体血圧を変化させて実験をした場合に60〜140mHgの間では大体一定であるということが確認されています。そしてこの140mHgを越えてくると、潅流圧に応じて血流が増加してしまう、break through of autoregurationと言ったりしますが、Autoregurationg破綻します。ある程度以上体血圧が高くなってしまうと自動調節が充分効かなくなる。血管収縮がこれ以上おきない状態になってもう後は体血圧依存性・灌流圧依存性にどんどん血流が増えてしまう。その場合には、どんどん流れが増えてきて、brain swelling(脳腫脹)及びBrainEdema(脳浮腫)がおきてくる。ある程度以上体血圧が増えてしまえば、灌流圧が上がってしまえば、脳腫脹なり脳浮腫が起こってしまう。逆に言えば、脳腫脹なり脳浮腫から脳を守ろうとして、血管は収縮しているんだ、自動調節が働いているんだと考えることが出来ます。
 逆に体血圧が60mgHgより下がってしまった場合には、血流が減っていく。こちらの方が比較的お馴染みのものだと思いますけれども、こうなってくれば当然「虚血」となり、酸素が足りなくなる。この点が問題なわけです。虚血が起きた場合に、脳において何が問題かと言えば最終的には酸素の欠乏であります。血流中に運ばれてきたグルコースに関しては脳はその十分の一しか使っていません。ですからグルコースの供給はかなり余裕があるわけです。それに対して酸素に関しては、報告によって差がありますが、大体40%程度使っている。理想的にもし酸素を完全に抽出することが出来ても、せいぜい血流が2.5分の1になるまでしか耐えられないと言うことになります。それに対してグルコースの方は10倍の余裕があると考えられますから、はるかに酸素欠乏ハイポキシアの方が問題になりやすいのです。
 このように、灌流圧が変化した場合に虚血なり脳腫脹なりから脳を守る機構がAutoregulation、自動調節であるということが出来ます。
【スライド】
灌流圧が変化する要因をスライドに示します。一番日常的に問題になりやすいのは、体血圧の変化です。血圧の変動というのは日常的に非常に大きいものです。これの変動がやはり問題になります。それからもう一つ我々が実際に臨床の場で目にしやすいのは脳血管抵抗の変化です。広い意味での脳血管、内頚動脈なり椎骨動脈なりを含めた心臓から脳のに至る間の血管の抵抗が上がってしまえば、抵抗がある部分を通る時に血流と抵抗の積の分だけ圧は低下するわけですから、脳の灌流圧が低下します。脳血管抵抗が上昇している内頚動脈閉塞症があるとか、狭窄があるとか、中大脳動脈に狭窄があるとかいう形で脳血管抵抗が上がっていれば当然灌流圧は下がってしまう。
 また、頭蓋内圧が上昇するいろいろな状況においても、灌流圧は動脈圧から頭蓋内圧を引いたものなわけですから、灌流圧は下がることになります。脳浮腫を来しているような状況、外傷後で脳腫脹を起こしているような状況では、虚血も同時に来してくる。全脳虚血と成りやすい事になります。
実際に脳死は多くの場合、脳腫脹に伴って灌流圧がゼロになってしまうことによって起きるのが一般的であります。そして、内頚静脈圧が非常に上がってくるような状況においては頭蓋内圧が内頚静脈圧によって規定されて、内頚静脈圧の上昇がそのまま灌流圧の低下に反映される場合もあります。まあ、これは多い状況では無いですが。
 灌流圧低下の原因として一般的なのは体血圧の低下と脳血管抵抗の上昇です。あとは頭蓋内圧の上昇の方が特に頭部外傷後に問題になりやすいということを憶えて頂ければ良いかと思います。
【スライド】
 あと自動調節に関して、基本的なこととして、慢性の高血圧症の患者さんにおいては自動調節の上限・下限が(先ほど申し上げました140が上限、下限が60)ともに血圧の高い方に変移しているということが注意点として上げられます。例えば180から80までになっているとか、そのような形で高い方に変移している。すなわちある程度血圧が高くなっても脳血流を一定に維持しやすいということになります。但しその一方で下限を下回ってしまいやすい。実際に高血圧の患者さんに降圧治療を行うと、普通の人だったら適正と思われる血圧で、自動調節が利かなくなってしまって、脳血流が低下していってしまう、そういう危険がはあります。「高血圧の人で血流を落としすぎると怖いよ」といわれるのは、一つは心筋梗塞、一つは脳梗塞の虚血が危険なわけですけれども、その内の脳梗塞の危険が何故高いかといえば、これは自動調節の下限が上に変移してしまっているからです。普通の人では適正な血圧でも慢性の高血圧の人にとっては下げすぎになっている、そういう危険があるということに留意しなければいけないのです。
【スライド】
 自動調節が恒常性の維持の機構として重要な、極めて重要な位置を占めている訳ですけれども、脳の循環調節を営んでいく上でのもう一つの目標が機能賦活に応じた局所脳血流の増加であります。こんどは、この局所脳血流の増加、機能賦活に対する調節としての局所脳血流の増加について論を進めてみましょう。これについては、非常に有名な報告というか最初の見解が1890年に、RoyCS and Sherrington CS(ロイ、シェリントン)によって出されています。これは、脳の代謝産物が脳血管径を変える、だから脳が局所脳機能活動に応じて局所脳血流を調節することが出来る、というものです。これが脳の循環調節に関して、血流代謝調節、血流代謝Coupling、Flow Metabolism Couplingと呼ばれるものについての最初の原説であります。脳各部位の機能活動が昂進するとそれに応じて何故うまく血流の調節が出来るのか?非常に不可思議な調節機構に関して、機能が昂進すればそこでブドウ糖をどんどん使い、代謝産物のCO2なり二酸化炭素なり、H+なりそういったものが増えて、そうした物質が血管拡張作用を持っていて血管径を開き、その結果として血流が増える、ということが想定されました。
【スライド】
大旨は現在も、ロイとシェリントンが提唱したもののレベルから出ていない、実際に本当の所どう言った形で調整がなされているのかは結論が出ていない状況ですけれども、1890年以降報告されていることをスライドに示します。
 血流・代謝関連、Flow Metabolism Couplingに関してこれまで判ってきている事としては、核医学の人間には非常になじみの深いことだと思いますが、様々な刺激に応じて局所脳血流が増加するということが確かにあるんだと確認されている。手を刺激すれば、第一視覚中枢を中心として、後頭葉を中心として血流が増加する。聴覚刺激をすれば側頭葉の血流の増加が起きる、言葉を聴かせれば側頭葉において聴覚中枢だけではなくて感覚性言語中枢の方まで血流の増加域が広がる。身体に対しての知覚刺激を与えたりとか、運動刺激を与えたりすれば、第一次の運動中枢知覚中枢と言ったところの血流の増加が起こるといったことが確認されているわけであります。
 また我々にとって留意しなければならないことですが睡眠時には脳血流が低下します。脳血流測定をするときに、寝ているのか起きているのか?ということに留意しなければいけないわけです。睡眠時には血流も代謝も低下していることが確認されています。ただしこれは、通常の睡眠の場合であって、REM睡眠の場合には血流の低下は明らかではない。夢を見ているときには確かに後頭葉において血流の増加することが報告されています。そして、睡眠と言っても薬物によって寝かせている場合には、その薬に応じて特に落ちる部位があったりする、また薬物によっては、かえって血流が増えていることもあります。代謝の阻害を起こすためにブドウ糖がきちんと酸素を使って好気的に、代謝されないために、ブドウ糖消費量が増える。
 そのために血流がより増えると想定されていますが、薬物によっては寝かしつけているにも関わらず血流が増えているということもあることに注意しなければいけない。さらに血流代謝関連について、血流変化が刺激開始後にすぐに起きることが判っています。ものの10秒以内に、同じ刺激に対しては大体プラトーに達する。1〜2秒で始まって10秒以内にはプラトーに達してしまう。そして刺激を取れば、若干違う報告もありますが、基本的にはすぐに血流は元に戻る。これもやはり10秒以内に元に戻る。これは、最近注目されています、functional MRIを中心に観察されている現象です。このFunctional MRIは非常に時間分解能が高い、空間分解能も高いですが、時間分解能が特に非常に高い。ですから、こういった観察が容易になったわけです。
 血流代謝関連についてはこういったことが確認されており、血流代謝関連を利用して脳の賦活試験(Activation study)が盛んに行われ、脳の機能地図作成(Brain Mapping Project)などが行われています。
【スライド】
 このように恒常性の維持に関してAutoregulationという現象があり、そして局所機能の賦活に応じた血流の昂進ということに関してFlow Metabolism Couplingという現象があります。さらにその大本になる調節機構は何なのかということに少し思いをはせてみたいと思います。脳循環の調節の具体的・実際的機序としては、化学的調節、神経性調節、筋原性調節が存在することが想定されています。
【スライド】
まず、この中で化学的調節について判っていることを簡単に述べてみたいと思います。
【スライド】
化学的調節(Chemical Contorol)に関しては、これに関与する物質として実に様々なモノがいわれています。もっとも有名なのがCO2二酸化炭素ですね。血中の炭酸ガス分圧が変化すれば、血流も変化する。CO2は血管拡張作用を持ち、そしてH+水素イオン(プロトン)も血管拡張作用を持ちます。また、酸素も副次的な役割ではありますが化学的調節に関与し、血管収縮作用を持ちます。酸素が低いときに血管は拡張する。Adenosineも脳血管拡張作用を持ちます。Adenosineの冠動脈拡張作用を利用してAdenosine負荷心筋血流シンチがアメリカでは行われています。このAdenosineは脳血管に関しても拡張作用を持ちます。その他様々なプロスタグランジン類も脳血管にも当然作用します。いろいろな化学物質が脳血管に作用して、これが循環調節において重要な役割を果たしていると考えら、この化学的な調節が、脳血管の調節において最も重要な役割を果たしているんだろうというのが多数派の意見だと思います。
【スライド】
 これらの化学物質の中でも重要かつ我々になじみの深い二酸化炭素について、少々論を進めたいと思います。化学的調節の中で動脈血CO2分圧がどう関与してくるかということですが、二酸化炭素はご存じの通り非常に強力な脳血管拡張因子であります。動脈血CO2分圧が高ければ脳血管は拡張する。すなわち換気が低下してCO2 分圧が上がってくれば脳血管が拡張して血流が増える。それに対して、過呼吸になればCO2分圧はてきめんに下がります。そうすると血管は収縮して脳血流は低下する。実際に検査する状況においては、患者さんが緊張して過呼吸に成り、脳血管収縮を起こす可能性に注意しなくてはなりません。また、モヤモヤ病の人の場合、泣いた時に良く虚血発作を起こすと言われますけれども、これは呼吸が深くなる事による過呼吸の効果であります。あと最近ではラーメンを食べる時にモヤモヤ病の虚血発作が起きやすいと良く言われます。
 このCO2分圧による脳血流の変化、血管拡張の変化というのは実際に問題になりやすいところで効いてくる。動脈血CO2分圧は40mmHgが平均で、35mmHg〜45mmHg位の間では日常的に動いています。脳血流は20mmHg〜80mmHgといった範囲において直線的に変化します。報告によって違いますが大体1mmHgに対して3%ぐらい変化してきます。ちょっと過呼吸になってしまえばCO2分圧はすぐに30mmHgくらいまで簡単に落ちます。40mmHg〜30mmHgまでとすると10mmHg変わっているわけですから1mmHgにたいして3%というと30%落ちることになります。非常に大きな影響があることがおわかりいただけるでしょう。そして、この反応の「速さ」ということに関してですけれども、これは実際に猫にCO2を吸わせて軟膜動脈のの変化を観察した報告があります。CO2を吸わせ始めると1〜2分で血管拡張が始まり、そして8〜12分程度で最大になっていきます。CO2を吸わせてから1〜2分なり8〜12分なりということであって、動脈血CO2分圧が平衡に達するまでの時間も考慮すれば、CO2に対する脳血管の反応がこれだけかかるという意味では必ずしもありません。実際に我々が日常的に検査するときに、CO2分圧を連続的にモニターしているわけではありませんから、呼吸状態が変化した時に脳血流がどう変化しているのかを知っておく必要があります。例えば患者さんが「ハアハア」いってたのがようやく落ちついてきたと、落ちついてからどれくらいの時間があれば脳血流に対するCO2分圧の影響を無視できるのかを考えなくてはならない。今のデータからすると10分くらい見た方がいいだろう、ということが推定されます。
 もう一つの動脈血内でのガス分圧として重要なのが酸素分圧ですが、動脈血酸素分圧の方は基本的には脳血流の調節にほとんど関与しない。日常的な問題としては関与してこないと考えていただいて結構です。配布資料には書いてあります。
 動脈血酸素分圧は通常は正常人では100mmHg程度あり年齢とともに下がりますが、高齢者についても80mmHg程度はある。それが50程度まで下がってこないと酸素分圧は脳血流の調節に全く関与してこない。動脈血酸素分圧が50mmHgよりも下がってきた場合に初めて血管拡張が起きてきます。酸素分圧が低くなると言うことは、酸素供給が足りなくなるという危険を造ってきているわけですけれども、50mmHgより下がってくるという極端な酸素分圧の低下が起きてこない限りは動脈血酸素分圧は脳血流の変化には関与してきません。これは、酸素分圧と酸素飽和度の関係を考えてみては非常に合目的的で理にかなったことでありまして、実際に酸素分圧が下がってきても大体60mmHg程度まで下がってこないと酸素飽和度に関してはほとんど影響がありません。

 主要な化学的調節は以上ですが、今後核医学に期待したいのは、CO2が増えたときに何故脳血流が増えるのか、その機序の解明です。pHが候補として上がりますが、動脈血のCO2分圧が変化しなければ、pHが変化しても血流は変化しません。ですから動脈血のpHを介して二酸化炭素の拡張作用が働いているわけではない。血管の環境であります細胞外液中のpHが変化すれば血管拡張は起きますが、動脈血中のpHが変化しても、血管拡張は起きません。
 二酸化炭素の血管拡張作用に関連して血管内皮由来性の拡張因子について最近非常に多くの検討がなされています。血管内皮細胞そのものから血管拡張因子が出ている。この本体はNO(ナイトリックオキサイド)、一酸化窒素であることが明らかにされています。血管拡張をさせる様々な刺激下で血管内皮細胞から一酸化窒素が出てきてこれが血管を拡張させているんだということが明らかになっています。もっとも顕著な血管拡張因子であるところの二酸化炭素の場合には一酸化窒素を介して働いているんだろうか?それとも一酸化窒素は二酸化炭素による調節には全く無関係なんだろうか?これに関して非常に多くの研究がなされており、脳循環に関する一番のトピックだと思いますけれども、全面的に「一酸化炭素を介している」とする報告もあれば、一酸化窒素が部分的に関与しているという報告もあれば、全く関与してないという報告もあります。脳において非常に研究が難しいのはある部分を変化させると別の調節機構が働きやすいということです。非常に調節が事細かに行われている所が難しく、実験条件によって得られる結果も変わってきてしまう。実験手法としては結局アイソトープを使うのが一般的ですから、核医学が役立てる部分は多いのではないかと思います。これに関して一石を投じることが出来れば医療全体において、医学全体において核医学が注目を浴びることは間違いないと思っています。

 次に神経性の調節について話を進めたいと思います。
【スライド】
 神経性の調節(Neurogenic Contorol)に関しては、まず脳血管には非常に密な神経分布があることが知られています。アドレナリン作動性の神経もコリン作動性の神経も、交感神経系と思われる神経も様々に分布しています。ですからこれらの神経によって血管の緊張が保たれて、そして適宜収縮作用や拡張作用が起きていることは間違いありません。そしてどうやら神経性の血管拡張作用というのは比較的太い血管の調節に関与しているようで、径が50μmより太い血管については神経性の調節が関与しているんだと、それよりも細い血管に関しては代謝性の調節なんだろうという、デュアルコントロールセオリーが想定されています。この神経性の調節を考えると速い反応を非常に説明しやすい。神経って速いですよね。反応の速さを説明しやすいことは、神経性調節仮説において有利な点であります。
【スライド】
 さらに筋原性調節が脳循環調節に考えられます。
【スライド】
筋原性調節(Myogenic Contorol)と申しますのは血管内腔の圧が上昇した場合とか血管が伸展された場合に特に神経やホルモンなどを介さずに平滑筋自体に直接作用して血管が収縮をする、というものです。これも注目されたり無視されたり諸説ありますが、脳血流の調節において重要な役割を果たしている可能性があります。この筋原性調節は即時性、非常に速く反応すると言うことに関して都合が良いですし、また、例えば代謝性の調節で、代謝産物が貯まってきたから血流が増えるんだといった場合には、非常に末梢において血流が増えることは納得できますけれども、末梢において血流が増えたときに、より中枢側において血管拡張が起きなければいわゆるスチール現象が起き、周囲の血流が減るはずなわけです。末梢においてだけ血管拡張が起きれば、その周囲において血流が減るはずです。ですから、より中枢側へ中枢側へと血管拡張が伝播して行かなければならないはずです。そういったことを説明するには血流が増えるからそれが直接的に血管拡張をさせるという、筋原性調節は非常に都合が良い。こうゆう筋原性の調節も考えなければ脳の循環調節を説明することは困難です。
【スライド】
 脳の循環調節において、ここまでは血管の内径を議論してきました。基本的には血流の変化というのは血管の内径に依存していると考えて良いのですが、血管の中を通っているのは血液という非常に粘稠な物質です。粘稠な流体であるが故に通っていく物質の特性が変わることによって血流が変化する場合もあります。調節機構とは主旨が少しずれてしまいますが、血流を変化させる要素として中を通っていく物質の流れ易さと言うことも一応念頭に置かなければなりません。血の流れ易さを扱う学問をヘモレオロジーといい、このヘモレオロジーの観点から脳血流を考えることも時に重要になってきます。これに関してはHejen-Poiseville の式が有名です。内径100μm以上の血管についてはこの式が成り立ちます。すなわち、血流量は灌流圧勾配に比例する、それから血管半径の4乗に比例する。血管半径が倍になれば16倍になる。それから、血管の長さに反比例する。血液の粘度に反比例する。このような式が成り立ちます。通常血管の長さは変化しないですから問題は血流量と灌流圧勾配と血液粘度と言うことになります。通常は血流量と灌流圧勾配によって規定されていると考えていただいて結構です。血液粘度が問題になりやすいのは虚血になって、代償性の血管拡張が起きてしまっている時です。代償性の血管拡張が起きて、もうこれ以上は拡張できない状態になっているときには血液粘度のみによって血流量が規定されてくることになってきます。実際に非常にヘマトクリット値が高い人、多血症の人においては脳梗塞が起こる頻度が高いということが確認されています。
【スライド】
 血液粘度が高くなると血流量は減る訳ですけれども、血液粘度にはヘマトクリット値が重要です。赤血球の血液中での割合であるヘマトクリット値が圧倒的に重要であります。その他赤血球の凝集能だとか変形能、血小板の凝集能といったものも関与します。また、フィブリノーゲン値が高い場合には血漿の方の粘度が高くなりますのでこれに伴って血液粘度も変わってくる。それから、血流の速度が遅い場合には血液粘度は上がります。これは通常の流体にはない現象です、中に赤血球という粒子が存在することによって起きる現象です。血流の速度が落ちると粘度が上がる。このことは脳の虚血の状況において重要な意味を持ち得ることであります。虚血の脳においては血流の速度は低下していますのでそれが血液粘度を上げる方に作用することになります。従って虚血を増悪させる、血流を減らす方に働くことが考えうるわけです。
【スライド】
 脳血流に影響する因子の中で一番なじみの無いのが血液粘度の問題ではないかと思いますが、実際には治療にも血液粘度のことは応用されています。ヘモレオロジーからの脳虚血治療としてHemodilution Therapy、血液稀釈療法が行われています。血液粘度を下げることで脳血流を増やそうと言う治療法です。実際にはアルブミンですとか、デキストランといった循環血液量を増やしてくれるような輸液を行い、血液量を増やして、血液を稀釈するということが行われています。この時に更に瀉血も行って赤血球を減らすことも行う場合があります。いずれにせよ、血を薄める、赤血球を薄くするということを行います。それによって血液粘度の低下による脳血流の増加を図ります。これは急性期脳梗塞(3日以内程度)や、くも膜下出血後の血管攣縮vasospasmに対しての治療として行われます。しかしながらこうした場合に最終的には酸素を脳に沢山送りたいわけですけれども、赤血球を稀釈すれば同じ血液の中に含まれる酸素の量は減るわけです。希釈を行うと血液は増える一方で同じ血液量の中に含まれている酸素は減ってしまうわけですから、この2つの作用が相反して働きます。従って薄くすればする程良いと言うわけではなく最適なヘマトクリット値が存在すると考えられます。これに関してはまだ議論が分かれているところですが、だいたい30〜40%くらいが良いであろうという報告がされています。普通の人の場合にはHemodilution Therapyはあまり意味を持ってきませんけれども、血液が濃いめの人、健康な男性の場合には大体45%とかあるのが通常ですけれども、こういう場合は意味を持ってくる。女性の場合は意味を持ちにくい。煙草を吸っている人にはヘマトクリット値の高い人が多く、50%を越えるような人が非常に多いですからHemodilution Therapyは意味を持ちやすいかも知れません。ただし、Hemodilution で実際に脳血流が増加するのかどうかはまだ十分に確定されているわけではありません。まだ我々核医学の人間が貢献しなければならないものだと思います。まずどのような輸液をして瀉血をどのようにやって行けば血流が確かにこの程度増えるんだよ。ということを我々が示ささいといけないでしょうし、そして酸素運搬量がどの程度増えているかを明らかにしていかなければいけないでしょう。また、酸素代謝はそれによってどう変わっているのか?酸素抽出率はどの程度変わっているのか?と言ったことを検討していかなければいけないと考えられます。
【スライド】
 普段なじみのない話だったかもしれませんが、脳の循環調節の基本的なことを踏まえて今度は実際に我々が日常的に行っています脳血流測定がどういった意義を持つのかに関して少し考えてみます。
脳血流測定の意義として良く言われるものを2つ並べてみました。
脳実質の微少循環の情報が得られる。それから神経活動のレベルの評価が出来ること、まとめてみればこの2つに概ね換言されると思います。CTやMRIで脳梗塞は判る。また血管造影で血管の形状、血管の閉塞、側副血行路が存在するかは判るけれども、結果としてそういったものをすべてひっくるめて実際にどれくらいの血流が脳の各部位に送られているのか、それはわからないじゃない。内頚動脈が閉塞していても側副血行、ウイルス動脈輪といった側副血行が発達していれば血流量の低下はおきない。脳梗塞が無くても血流の低下がある場合はある。脳梗塞の周囲に血流の低下がある場合もある。そう言ったことについては脳血流測定を行わないと判らない。脳の循環においては、最終的に脳の各部位にどのくらいの血流が到達しているかが重要と考えられます。それから、もし血行障害が存在しない場合には脳血流測定は神経活動のレベルの評価に使える。神経活動のレベルで代謝が決定され、そして血流が決定される。血流の多い部位というのは神経活動のレベルが高いと言えるでしょう。
【スライド】
 しかしながら、そうした情報が医療においてどれだけの意味を持っているのかと言うことに関しては大いに疑問と言わなくてはならないと思います。医療であるならば患者さんにとってメリットが無ければ意味がないのでは無いか?患者さんにとってのメリットとしては最大のものは「治療方針の決定」で、ここれに関与するなら絶対的に有用と言えるでしょう。さらに広げれば「予後の推測」にある程度有用ということもあり得るでしょう。ただし「予後の推測」も予後によって治療方針を変えるのでなければどの程度の意味があるんだろうか?「予後の推定」に役立つといっても、治療方針に関係しないんであれば、有用とは言い切れないと思います。あとせいぜい患者さんに対する説明がしやすくなるとか、家族への説明がしやすくなるとか、せいぜいその辺までが、百歩譲っての有用性の範囲だと思います。脳血流測定が実際に意義を持つことが考え得る状況としては、こういったものが現在の所、主なものなのではないかと思って並べてみました。一つは最も良く言われる「脳梗塞の早期診断」。これは確かに役に立つのでしょう。あと「脳梗塞の予知」が出来ないかどうか?「脳虚血の治療可能性の評価」が出来ないか?「脳虚血の治療効果判定」ができないか?そして退行性疾患の診断にどこまで役に立つか?「神経活動異常の評価」にどこまで役に立つか?こう言ったことが問題だと思います。
【スライド】
この中で「脳梗塞の早期診断」についてですけれども、これについてはCT上低吸収値域として梗塞部位が現れないうちに、脳血流低下域としてとらえられることがよく知られています。
 急性期の脳梗塞の判定が脳血流シンチの有用性としてまず第一に上げてあることが多いと思いますけれども、実際にそれがやられているかどうか?緊急核医学検査といったものが出来る体制にある施設がどれだけあるだろうか?実際にやってないもので有用だと主張しても全く意味がないと思います。さらに早期診断をしてはたしてどういう意味があるか?を考えていかなければならない。
脳卒中直後のCTは確かに意味がある。これは主に出血がないかどうかをCTでみているわけです。出血があって、手術とかを検討していく必要があるのかどうかを知ることが重要なわけです。CTで出血がなければ、大体「梗塞だろう。」といって浮腫を取るような治療、それから意識障害の程度に応じて抗生物質なり、抗潰瘍剤なりを投与していけば良い、無理して脳血流測定をしなくてもよいという考え方がありますが、これは実に一理ある議論だと思います。もし緊急核医学検査として脳血流シンチグラフィーをやって確かに意味があるとすれば、これは一般的な保存的治療をしていくのではなく緊急でTPAなどを使った血栓溶解療法をしていくのであれば、そしてその適応決定に脳血流シンチグラフィーが本当に役に立つのであれば脳血流測定を行う意味があると言えるでしょう。ある程度以上血流が下がってしまっている場合には血栓溶解療法をやっても意味がないんだと、言われますけれども、本当にそういうことが言えれば緊急の血栓溶解療法をやっていく施設では、脳梗塞の早期診断の脳血流シンチグラフィーは意味を持つと思います。しかし血栓溶解療法は今後どの程度普及して行くだろうか?その時に脳血流シンチグラフィーが本当にプロトコールの中に組み込まれ得るんだろうか?そこまで本当に緊急対応が出来るんだろうか?ということが疑問です。こう言った問題を解決しなければ早期診断に有用だと言っても始まらない。
【スライド】
脳梗塞の予知ということを是非したい。
【スライド】
脳梗塞の予知ということに関して、脳の灌流圧が下がっていったときに脳梗塞がもし起きやすいんだとすれば脳の灌流圧が既に下がっているような領域を探せばそれは今後梗塞が起きやすい場所を探すことになるんじゃないか?例えば血圧の変動が起きてしまったときに梗塞に陥る領域を探せるんじゃないか?ということが考えられます。そしてそれに関してこの様な図が良くお目にされることだと思いますが、脳の灌流圧が徐々に下がっていく状況を想定した場合には、脳血液量(CBV)が徐々に上がっていく。脳血液量は血管内腔の総和を表しますから、脳血液量が多くなっていくという事は血管がどんどん拡張していくということであります。ある程度血管が拡張するともうこれ以上拡張できなくなる、そうなったときに初めて血流が落ちてくる。それまでは血管拡張によって血流は保たれていて、血管拡張がこれ以上起きなくなってきたときに血流が落ちてくる。血流が落ちてきたときに、肝心の酸素代謝がすぐに落ちるかと言えばそうでもない。酸素抽出率(OEF)は普通は40%位なわけですがこれが70〜80%といった所まで上がってきます。上がってきてなんとか流れてきた酸素を全部使ってやろうと血流の減少を代償していくということが行われます。そしてその酸素の抽出も限界だということになって初めて酸素代謝率が落ちてくることになる。従って灌流圧が下がってきている状況は血液量の増加、代償性の血管拡張、酸素摂取率、酸素抽出率の増加といったもので表されるはずである。
【スライド】
これを何とか検出しようということがよく行われているわけです。PETにおいてはOEF(酸素抽出率)そのものを測ろうとする。そしてこのPETが無い場合にはその他の方法を使うわけですけれども、脳血流や脳血液量を量って、脳血液量の相対的増加を捉えようとする。また二酸化炭素に対する反応性をみようとする。これはすなわちもし血管拡張が既に起きてしまっているのであればこれ以上血管拡張は起き難くなっているだろう、二酸化炭素を吸わせても血管拡張が余り起きないだろうということをみようとするもので、二酸化炭素負荷の代用品としてダイアモックス負荷が普及しています。
【スライド】
こういったもので脳循環予備能をみていこう、灌流圧の低下が起きている場所を探そうということが行われているわけです。その中で血液量測定に関してですけれども、脳血液量というのは、すなわち脳血管内腔の総和である。従って脳血液量が多いということは脳血管内腔が増えている、血管が拡張しているという事になる。灌流圧が低下したことを代償する血管拡張が起きていれば脳血液量は増加するはずだろう。脳血液量の増加部位を捉えれば灌流圧の低下部位を見つけられるのではないかと考えられる。
【スライド】
(以下スライドを図示しながら)
これは左の内頚動脈閉塞症の患者さんの脳血流シンチグラムですけれども、左の内頚動脈領域において著明なな、非常に高度の血流の低下がある。
【スライド】
(以下スライドを図示しながら)
これが同じ患者さんの普通の血液量像の写真です。これは、TcHSADを静注して20分少々かけて撮像したものです。左の内頚動脈閉塞症で左の内頚動脈領域において血流が著しく低下していますが血液量は非常に多くなっている。血液量は血管内腔の総和ですから血管拡張が代償性に強く起きているということが判る。代償性に血管拡張が起きているという事から、この領域において灌流圧の低下があるんだということが非常に明瞭に判ります。
【スライド】
(以下スライドを図示しながら)
この血液量スタディが一時盛んに行われましたけれども、1985、86年から報告が行われましたが、これはどうも画質が悪いということで今一つ人気が出ない。それで行われるようになったのがダイアモックステストです。ダイアモックスは非常に強力な脳血管拡張作用を持つ薬で、脳実質内におけるpHの低下を起こして脳血管拡張作用を起こすんだろうと言われています。ダイアモックス負荷前後の血流分布を比較する。そして、代償性の血管拡張が起きていて循環予備能が低下している領域はダイアモックスに対して低反応になっているだろうという推定に基づいて循環予備能の低下域を検出します。
【スライド】
(以下スライドを図示しながら)
一例として、これも左の内頚動脈閉鎖症の患者さんですが、ダイアモックス負荷前で、わずかに左内頚動脈領域の血流が低めです。それがダイアモックス負荷後にはより低下が顕著になっている。これはきちんと定量してませんので確証は無いですけれども、必ずしもこの左の内頚動脈領域における血流の絶対的を意味するわけではなくて、相対的な低下、右の方で拡張した程には左が拡張しない、これによって右で血流が増えてるほどには左で増えてないということによって相対的に低下した像を呈していると考えられます。

ダイアモックステストに関しては非常に誤解の多いところだと思いますが、循環予備能といった表現をする事に問題があると思うんですけれども、ダイアモックスで血流が増える分が、これが将来増えうる血流なんだと言うような形で誤解がある。これは負荷心筋血流シンチにおける負荷像とは全く持つ意味が違います。あくまでも代償性の血管拡張が起きてしまっている、灌流圧が低下している部位を推定しているだけのものです。実際に知りたいのは血流が増えた状況で何が起こるかではなくて灌流圧が今後低下した場合にどうなってくるか?とか、梗塞に陥りやすいかどうか?とか灌流圧が今現在低下しているかどうか?とかを知りたいのです。実際問題としてダイアモックスに対する反応性は非常に個人差が大きいです。全く判らない理由において個人差が大きい。心筋血流シンチにおけるWashout Rateも個人差がありますね。ところがこれに関してはある程度その絶対値にある程度意味付けが出来ますね。びまん性のWashout Rateの低下は三枝病変をある程度示唆してくれますが、ダイアモックステストに関してはほとんどそんなことは言えません。非常に個人差が大きい。ですから正常値に関してすら、値が80%以上増えるという報告値から2〜30%だという報告値まで様々です。そこで問題になりますのが、どのくらい予備能が低下しているかという程度の議論が出来るかどうかということです。例えば左右だけで考えてみましょう。健常側と病側とあるとして、ある人は非常にダイアモックスに対する反応が良い、健側に関しては80%増えたと、病側に関しては代償性の血管拡張が起きていてそして50%しか増えなかったとしましょう。そうすると我々が定量しない脳血流像としてみるのは負荷前が左右差無しとすると、負荷像では6:5になります一方別の人がいて何らかの理由でダイアモックス反応性が元々低い、脳がダイアモックスに余り反応しない人であったとしましょう。この人は健側において20%しか増えなかったとしましょう。それに対して病側においてはもう完全に血管が拡張しきっていて全く反応できない状況だったとします。そうするとこのベースラインの上では全く左右差無し、ダイアモックス負荷後の写真では6:5と先程の人と全く同じ結果になる。はたしてこの2人において循環予備能の低下の程度は同じだろうか?しばしば血流分布変化が強いから重障なんだといってダイアモックステスト(++)とかいって表現してたりします。ところが血流分布の変化の仕方によって、循環予備能の低下の程度が評価できるんだというのであれば、この2人は同じ循環予備能の低下でなくてはならない。同じダイアモックステストの結果を持っているわけですから。ところが後者の方が予後は悪そうであり、少しでも血圧が下がればすぐに梗塞を起こす可能性があるわけです。少しでも血管の狭窄なりが進行すればすぐに梗塞を起こす。こちらの人で果たしてそんなに危険だろうか?若干確かに循環予備能が低下しているけど、その程度についてはどうだろう?まだ随分開くではないか?ということが想定される。結局ダイアモックステストはあくまでも循環予備能の低下部位を見つける、代償性の血管拡張が起きている部位、灌流圧が低下している部位を見つけるだけであって、程度については全く言及出来ない。この点が非常に誤解の多いところだと思います。おそらくは心臓との類推からでの問題だと思うのですが、心臓における負荷心筋血流シンチほどダイアモックステストというのは絵をそのまま、そこからいろんなものを読んではいけない、読むことは出来ないものであると考えていただいたほうが良いかと思います。ダイアモックステストに関してはそういう問題点がありまして、更に脳梗塞の危険の高い部位を見つけるのが目的なわけですが実際には灌流圧の低下が徐々に起きて梗塞に陥るものばかりではない。心臓から血栓が飛んで梗塞を起こすことも多いわけで(約30%)、これに関して核医学は全く役に立ちません。それから内頚動脈狭窄症で考えますと、狭窄がどんどん進行していって梗塞に陥る場合もありますがむしろ希です。むしろ多いのは血栓の所から少し血栓が分かれて飛んでそして脳塞栓を起こす。Artery to artery塞栓が多いと考えられています。内頚動脈狭窄症の人でも結局ある時血栓がと飛んで梗塞を起こすのです。そういうものに関しては、灌流圧の低下などは関係ないわけです。灌流圧が低下してても低下して無くても測副血行が充分でも充分でなくても飛ぶものは飛ぶんです。その予測の手がかりとなるとすればやはり血管造影上の血栓の形ですよね。潰瘍を造っているかどうか?そういう議論の方が重要であって、循環予備能の検査は意味を持ち得ない。循環予備能検査が意味を持ち得るのはあくまでも脳梗塞の一部であるということを認識しておく必要があります。
【スライド】
更に脳梗塞の予知をしてどうするんだ?ということになりますが、脳梗塞の危険の高い部位があったら、浅側頭動脈と中大脳動脈とのバイパス、外頚動脈系と内頚動脈系とのバイパスを行う場合があります。これは国際的なトライアルでは有用性を否定されていますが、日本ではまだ行われています。脳梗塞の予知が意味を持つためには、この治療が意味を持ってくれるくらいしか無い。脳梗塞の予知という観点から核医学が役に立とうとすると、なんとかこの手術に復活して貰わないとならない。その為には核医学がうまくバイパス手術の適応決定をして、有用な状況を見つけなければいけない。国際的なトライアルの際にはかなり何でもかんでもという感じで手術しています。で、その結果として、ただアスピリンを飲んでいるのと比べて同じで予後ある、という結果になっていますが、適応を非常に絞り込むことによって(おそらく意味のある人は非常に少ない)、この人には梗塞を防げるんだということになれば、これは充分意味のあることだと思います。頚動脈血栓内膜剥離術、こういう手術もだんだん行われるようになって来ています。これは内頚動脈狭窄症の人で血栓そのものを剥離してしまうという手術です。これに関しても循環予備能がこの手術によってちゃんと改善するんだ、といった循環予備能の観点からのスタディがいくらか行われていますけれども、これはほとんど臨床的な意味がないものです。この血栓内膜剥離術は基本的にArtery to Artery塞栓を予防する。塞栓症を予防する効果が大ですから別に循環予備能を上げたいというという手術ではないです。だからこそ有用なんだと思います。ここには核医学の出番ではないでしょう。バイパス術の適応決定が核医学の出番だと思われます。(スライドを図示して)
【スライド】
これに関して一つ試みをしたんですが、簡単に紹介します。
血液プールスキャンにダイアモックス負荷を応用することによってなんとかバイパス手術の適応を何とか決められないかと我々は試みました。
【スライド】
ダイアモックス負荷前後で脳血液量測定を行いました。脳血液量スキャンを一回やって引き続きダイアモックスを投与して患者さんをそのまま動かさずに撮ってやれば、一回の放射性医薬品投与でダイアモックス負荷前後の画像が取れることになります。これを引き算してやればダイアモックスによる脳血管の拡張部位、脳血管拡張そのものを捉えることが出来る。しかも静脈採血だけ行えば脳血管拡張を絶対値として捉えることが出来る。
【スライド】
この人はモヤモヤ病の患者さんですけれども、モヤモヤ病ですから基本的に両側性で、この人も両側性でしたけれども、ちょっと右側の方が血流低下が強い。
【スライド】
これが通常の脳血液量シンチグラフィー、右側に脳血液量増加があって右半球において血管拡張予備能が低下しているんだろうということが推察されます。しかしながら右においてどの程度低下しているのかは判らないし、右の中で何処が特に低下しているのかは判らない。これはダイアモックス負荷後です。そうすると全体的に血液量が増えてます。静脈採血してHSADが血中から消失していく分に関しては補正してあります。引き算してあげるとこうなります。まあそんなに高画質のものではない。シングルヘッドのγカメラで撮ってますので高画質のものではないですけれども、右大脳半球の後半部においてほとんど拡張してないということが確認できます。ほとんど拡張してない、これは流石にまずいのではないか。右大脳半球も前半部分に関しては確かに低下しているけれども一応反応している、けれどもそれに比べて後ろは全く反応していないからまずいのではないか?と考えましたが、この患者さんの場合には生憎と脳外科を説得しきれませんで両側の吻合術を行うことになりましたが、左側を先に手術することになりました。手術時というのは血圧を少し低めにコントロールする事になりますから脳梗塞にとって非常に危険な状況であります。
【スライド】
手術三日後のCTです。こういうことになってしまいました。術前には全く認められない新たな梗塞巣がほぼ減算画像循環予備能マップにおける循環予備能低下域に相当する領域に生じてしまった。この人において右大脳半球後半部にアプローチするような手術をしていたらどうだったろう?少なくても梗塞を予知することは出来た。あと問題はこれが治療可能かどうか?予防可能かどうか?です。
【スライド】
脳虚血の治療可能性の評価について考えます。
【スライド】
脳梗塞が生じた場合にもその周囲において梗塞巣よりも広い血流低下域が存在することがよく知られています。ここにおいて非常に重要なのはIschemic Penumbra という概念で、脳には二つの血流閾値が存在します。一つには電気生理学的な閾値、電気生理学的な機能が停止して脳波が停止してしまうための血流閾値です。脳血流が大体正常の2/5程度になったときに機能は停止し、脳波が平坦になってしまう。しかしながらこの時点では脳細胞は死んではいない。生きてるけれども機能は出来ないという状況になる。そこに関してはもしかしたら治療が可能かも知れないですね。血流を増やしてやることによって機能を回復させる事が出来るかも知れない。失語の患者さんの失語が直せるかも知れない。目の見えない人の目を直せるかも知れない。機能を回復させることが出来るかも知れないわけです。血流が正常の1/5程度まで落ちてくると膜イオンのホメオスターシス、膜の内外でのイオンの恒常性自体が保てなくなってNa(ナトリウム)の流入なりK(カリウム)の流出が起きてしまって、細胞の死に至るということになります。1/5程度になって初めて細胞自体が死に至る。機能的な死、それから細胞の死と二つの血流閾値が存在する。その二つの血流閾値の間にある領域というのがIschemic Penumbra であります。これは特に脳梗塞がある場合に梗塞が実際に起きている中心部、これをIschemic Core といいますが、その梗塞の周囲に血流が低下している領域が存在している場合がある。これは実際に脳血流シンチグラフィーをやってごらんになっていると思いますけれども、そういうものはしばしば存在します。そしてそこに関して、血流低下によって機能が低下していて症状を起こしている、Ischemic penumbra になっている場合が考えられる。で、こういったところは血流を増やしてやれば治るかも知れない。治療へと開かれた窓という意味で Therapeutic Window といった言い方をします。この梗塞周囲の休眠組織、寝てしまっている組織は果たしてよみがえってくれるかどうか?救済可能かどうか?ということが焦点になってきますが、救済するとすれば血流を増やしてやればよい。血流を増やす方法としては、血圧の上昇ですとかCaブロッカーを含めた循環改善剤、それから先ほどの血液稀釈療法(Hemodilution Therapy)等が考えられる。まあこういったものに関しての評価、適応決定をするためにはIschemic Penumbra 、梗塞周囲の血流低下域が存在するかどうかが問題になります。ここは脳血流シンチグラフィーの出番です。それから、患者さんの症状との関連でも脳血流シンチグラフィーをやることによってこの領域についてついては死んでないけど血流が低下しており、その領域が症状を説明する部位だからこの患者さんのこの症状は取れるかも知れない、この症状は取れないだろうといった弁別が出来る。そういう点で役に立ちます。治療適応決定といった感じで役に立つかも知れませんし、また治療効果判定ということで役に立つこともある。そもそもがこういった治療法が果たして意味を持つかどうか?といったことの評価にも当面核医学は役に立つ必要があると思います。ここには充分役立つ場があると考えます。
【スライド】
治療効果判定ということにも脳血流シンチグラフィは役に立つ可能性がある。
【スライド】
退行性疾患の診断、痴呆やハンチントン舞踏病などの診断にも脳血流シンチグラフィはよく使われます。
【スライド】
これは主には脳血流を通じて神経細胞死を鋭敏に検出しているというのが今現在の現状だと思います。アルツハイマー病で側頭・頭頂部の血流低下といったことがCT上で萎縮が来る前に見えるんだということがいわれますけれども、これは要は実際に神経細胞がどんどん死んでしまってから萎縮が起きるまでにタイムラグがあるわけです。神経細胞が死んでしまえばそれに対して血流はすぐに低下してきますから、これを鋭敏に捉えることが出来ると考えられます。。あと量的な画像ですから評価しやすいということもあります。ハンチントン舞踏病の場合には、尾状核頭の血流の低下が早期に検出されるとされますがこれに関してはCT上の萎縮を丁寧に測ってみると大体マッチしている。ただ尾状核頭をきちんと丁寧に評価するよりは血流低下をカラーの絵で見る方が評価しやすい。簡単に評価できるということで鋭敏なだけのようだともいわれています。今後の核医学が進んでいって欲しい方向性としては神経伝達物質とか神経受容体のイメージングが疾患の本体そのものに迫って、そして特異的な診断法、MIBG腫瘍シンチグラフィーのような特異的な診断法になっていくことが出来るかどうか?これが出来れば非常に素晴らしいことだと思います。特にパーキンソンですね。
パーキンソンじゃないかといって抗パーキンソン剤を投与されている患者さんは凄く多いです。しかし、実際には薬が効かない人の方が多い。パーキンソン症状がある時に、薬が効くかどうかをドーパミンD2レセプターの評価によってある程度出来るだろうということが期待されていますけれども本当に出来るんであればこれは非常な福音です。患者さんにとってもそうですし医療経済という観点でも非常に大きな福音だと考えられます。ドーパミンD2レセプターを評価することによって抗パーキンソン剤の適用を本当に決めることが出来るんであればこれは非常に取り組む価値のあるものであります。
【スライド】
神経活動異常の評価ということに関しては精神疾患が一つ問題になりますが、精神疾患に関してはその評価方法からして確立されいるには程遠いですから海のものとも山のものとも判らないレベルだと思います。
【スライド】
実際神経活動異常として捉えているのは、捉えていて役に立つと報告されているのは、癲癇の発作時とか発作直後の脳血流の増加で、これが神経の過興奮を表現するんだということは異論の無いところだと思います。癲癇の焦点診断に脳血流シンチグラフィーは非常に有用なんだということがいわれますが、実際米国では脳血流シンチグラフィーの行われる患者さんの中で癲癇の人の占める割合が非常に高い。ただそういう風に素晴らしい場があるんだと言ってみても実際に我々発作時とか発作直後にどの程度検査できているかどうかが問題です。癲癇の患者さんの脳血流シンチグラフィーをやってる場合に発作間歇期にやっていることが圧倒的に多いのでは無いか?発作間歇期のみの検査で癲癇において有用ですと言われているわけではない。発作間歇期の検査では必ずしもそんなに有用ではなく、発作時とか発作直後のまでをやって初めて有用である。米国のほうでは病室にセレテックのキットとそれとパーテクネテートを置いておいて発作が起きたらすぐにそこで調整してすぐに射つというようなことをやっている施設もあります。そういうことをやってる施設において初めて、癲癇の診断に有用だといってるのです。実際問題として日本の法的規制の中では発作間歇期以外にやるというのは難しいと思います。そういう状況の中で本当に有用といって良いのかどうかというのが大いに疑問だと思います。なんとか発作直後だけでもやれるようになっていきたいと思いますけれどもなかなか難しいところだと思います。どちらかというと脳血流測定の意義を否定する話が多くなってしまいましたけれども、本当に核医学検査、脳血流シンチグラフィーが有用かどうかということをもう一回振り返って、本当に自分のやっていることが患者さんの治療方針決定に役に立っているかどうかということに関して振り返ってみる必要があると思っています。
【スライド】
最後に脳循環の調節ということから注意していかなくてはいけない脳血流検査時の注意事項ですけれども、体動を防止するのは当然安静を保つことが大切です。静脈確保し、そしてそれから目を閉じて貰ってアイマスクをし、部屋を暗くして安静閉眼を15分なり保ってから確保しているラインから薬を射つんだということはかなり普及している事だと思います。安静というところにおいて視覚刺激・聴覚刺激をシャットアウトするということはアイマスクなり静かにするということなりで意識されていることと思いますけれども、強調したいのは精神的なストレスの問題です。これ自体が前頭葉の血流、相対的な血流増加に関与するだろうと考えられますし、それからより問題になりやすいのは精神的なストレスがかかると過呼吸になる。患者さんにプレッシャーをかければ患者さんの呼吸回数が増し、血中の二酸化炭素分圧が下がってしまって血流量が低下する。血流量が低下すればCO2負荷の逆の状況を造って行くわけですから当然血流分布にも変化をきたしうるわけです。これを注意する。ストレスをかけないようにする。それから呼吸状態に注意する。呼吸状態に関しては呼吸回数で我々はモニターしています。呼吸回数は最低限必ずチェックする。動脈血ガス分圧を必ずルーチンで取るわけにもいかないですし、まして血ガスの結果を見てから投与するかどうかを決めるというようにはなかなか行かない。呼吸回数は非常にダイレクトにCO2分圧に反映しますので呼吸回数を見る。1分間に18回程度というのが呼吸回数としては標準であります。18回程度の呼吸回数になっていることを確認してそれから射つと良いと思います。
(文責:近江 幸紀)
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