つつが虫病

この病気に初めて出会ったのは,僕が医者になって8年目の1989年の秋,旭中央病院に勤務していた時でした.正しく診断すれば風邪よりも早く治せるが,見逃せば死に至る病として,ただ一つの身体所見で確定診断が出来る病気として,学生時代から出会ったら絶対に見逃すまいと思っていた病気でした.

患者さんは60才の男性で,無菌性髄膜炎として診察を依頼されました.診察してみると左腋窩リンパ節の腫脹があったり,体幹に発疹があったりして,全身性の感染症の一つとして髄膜炎が起こったように見えました.何か診断の手がかりになるものはないかと思って詳しく所見を取り直したところ,左上腕内側に”かさぶた”を見つけました.

長年の思い入れがなければ,何の変哲もないかさぶたに見えたでしょう.何しろそれまで,つつが虫病の刺し口は教科書でしか見たことがありませんでしたから.しかしモビー・ディックを見つけたエイハブ船長みたいな気持ちになっていた僕は,刺し口に違いないと決めてかかり,すぐさま血清を取って抗体価測定にまわしたあと,ミノサイクリンを開始しました.すると病気は風邪より早く治りました (3).ただし,タイ北部ではテトラサイクリン耐性のつつが虫がいて,リファンピシンでの治療が行われています.(Lancet 2000; 356: 1057 - 1061)

千葉県南部はつつが虫病の多発地帯ですが,旭中央病院のある北東部ではほとんど報告がありませんでした.それがどういう訳かその年は,同院だけで2カ月間に立て続けに5例も見つかりました.

診断の重要な手がかりは季節性です.全国的に最大のピークは,10月から11月,秋の行楽シーズンと覚えておきましょう.この時期に山に入る人が多くなるからでしょう.12月になるとぐっと経るのは,山に入る人がいなくなることと,藪の中での生き物の活動性が低下することによるのでしょう.そう考えると,東北・北陸に由来する春の小さなピークは,雪解け→山菜取りに代表される人間の活動と,春の息吹に伴う虫の活動の一致として理解できる.

経験者にとっては,つつが虫病は診断,治療とも簡単な感染症です.しかし見逃しが本当に恐ろしいので,広く啓蒙することが必要です.また,神経系 (1),免疫系 (2),凝固線溶系に及ぼす影響といった,病態生理の面からも興味ある感染症です.個人的には,病態にNO(一酸化窒素)が関与しているのではないかと思っています (4).鑑別診断として,日本紅斑熱 (5)も覚えておきたい病気です.つつが虫病についての一般的な知識はこちらを御覧下さい.IASRの特集も近年の傾向を知る上で大いに参考になります.

トピックスとして,Wattら (6)は,HIV-1感染者がつつが虫病に感染すると,急性感染期間中,HIV-1 数が減少することを見出した.この減少の原因を突き止めれば,HIV-1感染の治療法の開発につながるわけだが,その原因を突き止めるまでには至らなかった.我々は (7),つつが虫病の急性感染では,T細胞が活性化され (2),かつインターフェロンγを産生が増大している (1)ことをすでに証明しており.HIV-1の抑制には,活性化T細胞によるインターフェロンγの産生が需要であることを踏まえ,つつが虫病によるHIV感染の軽症化の機序にも,インターフェロンγとT細胞の活性化 が関与しているとした (7).

1.Ikeda M, Yoshida S, Tsukagoshi H. Interferon-gamma in cerebrospinal fluid without pleocytosis in scrub typhus. J Neurol Sci 1992;109:61-63.
2.Ikeda M, Takahashi H, Yoshida S. HLA-DR+CD3+ and CD8+ cells are increased but CD4+CD45RA+ cells are reduced in the peripheral blood in human scrub typhus. Clin Immunol Immunopathol 1994;72:402-404.
3.池田正行,佐藤恒信,高橋英則,吉田象二,塚越 廣.恙虫病髄膜炎の1例ーリンパ球サブセット異常と中枢神経内でのinterferon-γ産生についてー. 臨床神経 1991;31:1103-1106.
4.池田正行, 室田誠逸.脳・神経系とNO. 炎症と免疫 1994;2:610-616.
5.馬原文彦.日本紅斑熱.日本医師会誌(臨時増刊号.感染症の現況と対策)110 (11):192-196.1993.
6.Watt G, Kantipong P, de Souza M et al. HIV-1 suppression during acute scrub-typhus infection. Lancet 2000; 356: 475-79.
7.Ikeda M, Yoshida S. HIV-1 suppression by scrub typhus. Lancet 2000;356:1851.(やーい,ランセットだぞ!!)

独り言:そう言えば,旅行者のツツガムシ病って見たこと無いなあ.少なくとも,僕の診た患者さんは地元の人ばかり.これは,潜伏期間が1週間前後あるいはそれ以上長いので,旅行先から帰った先での医療機関で受診するからか?でも,そういう症例報告って見ないんですけど.その他に考えられる理由として,地元で何回も刺されて感作が成立して,ついには発症するアレルギー性の機序があるのではないか?ちょうど蜂に刺されたときのアナフィラキシーのように.
 

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