タイと日本の違いで見えてくる「覚悟」とは
単純な他国との比較では見えないこと
やれ医療崩壊を阻止したドイツは素晴らしい,やれオーストラリアの危機管理は手際よいと,相も変わらず欧米追従主義の陳腐な報道が繰り返されている.しかし,食事がその国独自であるように,人々の行動・思考・感情も,その国独自のものがある.それゆえ,もし,比較するのならば,その国と日本の違いの背景を読み込まなければ,またまたマスコミの無知が生む意識しないデマにまんまと騙されることになるばかりか,その違いと共通点を複眼的に俯瞰することによって得られる本質的なメッセージを見逃すことになる.

タイ式緊急事態宣言
3月23日にルンピニ・ボクシング・スタジアムで行われたムエタイの試合での集団感染は日本でも大きく報道された。その後「それなりの」規制が始まったが、その2週間前に開始されていたミラノのロックダウンとは似ても似つかぬ、ゆる〜いゆる〜い「タイ式緊急事態宣言」(とてもじゃないけど、ロックダウンなんて呼べない代物)。肝心の外出禁止令が出たのも、ムエタイでの集団感染から10日も経った4月3日。タイでは「戒厳令」の時の外出禁止は午前零時から午前4時までの4時間(タイ通に確認済み)。一方、今回は22時から翌日4時までの6時間の外出禁止。つまり戒厳令の5割増しだから、タイ政府としては随分と奮発したつもりだろう。その後24時間の外出禁止の噂も一時期流れたが、4月6日にタイ政府自身によって「デマ」と全面的に否定された。つまりいまだに外出禁止は22時から翌朝4時までの6時間だけ

大健闘は日本?タイ?
では、そこまで外出禁止令を「大奮発」したタイにおける現在の流行状況はどうか?というと(日本のデータは厚労省発表に基づく、新型コロナウイルス国内感染の状況 [東洋経済オンライン]から、タイのデータは悪評ふんぷんのCOVID-19 CORONAVIRUS PANDEMICからやむなく使用)

日本とタイの高齢化率の差を考えると、日本の死亡数/100万の0.8は大健闘、むしろタイに勝っているとさえ思える。その背景にはもちろん人も金も医療に注ぎ込める余裕が日本にあるからなのだが。しかしそれはここの主論題ではない。
日本のような保険・医療体制もなく(*1)、世界有数の大都市(*2)を抱えた上に、ロックダウンどころか、日本を凌ぐゆるゆるの規制で、しかも、エアコンをがんがん効かせないと生活できない環境で(*3)、なぜ100万あたりの感染者を日本の65%(37/57)に、さらに100万あたりの死亡数を日本よりも低く抑えることに成功したのか?

呼吸器使用トリアージの覚悟
 最大の影響因子はやはり高齢化率だろう。それは累積退院数と、重症者数の二つを比較検討すればわかる。タイの場合には累積患者数の半数が既に退院している。一方、日本の場合には累積退院数は累積感染者数のわずか1割である。すなわち、タイの場合には軽症から中等症の患者が直ぐによくなってどんどん退院していくが、日本の場合には中等症から重症の高齢者が入院し、入院後もどんどん具合が悪くなって退院できずにベッドをが空かない。そして若い患者はPCR陰性(2回→1回の緩和はどの程度徹底されているのか?)の縛りで退院できない。スタッフはそんな長期戦の中で疲弊し、あるいは感染し脱落するという医療崩壊シナリオが見えてくる(特に東京)。これを阻止するためには、大学病院による患者の受け入れ退院基準の緩和の徹底と、さらなる「後方ベッド」(武漢のプレハブ巨大体育館より東京のホテルの方がずっと安心)の確保が必要となる。そして、いよいよとなれば、呼吸器/ECMO使用のトリアージも排除しないという覚悟である特に現場で奮闘する若い先生方にはこの覚悟を「躊躇無く実行」することが,結局は助けられる命を守り,そして過労死から自分を守ることになる.だから,呼吸器使用のトリアージは是非読んでもらいたい.ここにはトリアージする側とされる側の方の両方の覚悟についての説明がある.

*1.タイの医療市場の現状と将来性〜医療制度の特徴と医療事情の動向〜
*2.バンコクは中心部だけで人口800万、首都圏では1600万、人口密度は5300人/平方キロ(東京-横浜都市圏の4700人/平方キロを上回る)世界有数の過密大都市である。
*3.ムエタイの試合で集団感染が起こった3月23日は既に一年で最も暑い時期に入っており、1 日平均の最高気温は 34°C を超える。 1 年の最も暑い日は 4月14日で、平均最高気温は 35°C、最低気温は 27°C とのこと。風通しなんてとんでもない。室内は三密そのもの。なお、沖縄で夏にインフルエンザが流行するのも、締め切った部屋でのエアコン使用が一因と言われている。

タイと日本の決定的な違い
タイでは2020年3月29日以降、新規患者が着実に減少している。さらに3月29日以降の新規感染者の減少に伴い、新規退院者の増加も著明となっている。さらに新規退院と死亡の比率を示すグラフでも全期間を通して新規退院が100%近くを占めオーバーシュートを示す退院と死亡の逆転現象は一度も起きていない。ゆる〜い規制を続けたきた上での減少ゆえに、このまま少しずつ規制をゆるめても、この減少が増加に転じるとは考えにくい。
 一方、日本では、まだ、明らかに患者/重症者が減少し始めたとは言えない。ここまで粘ってきたからには、医療崩壊を起こさずに切り抜けたい。それは皆が願っていることだが,その願いが叶うとは限らない.イタリアで現実となった最悪の事態に備える覚悟を決めるのが早すぎることは決してない.その覚悟を実行せずに済めばいいだけなのだから.

緊急事態宣言下での弱者−自殺者数が急増してからでは遅い−
コロナのデマに飽きた人へ
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