レジオネラ感染症について
英文の総説としては
Stout JE and Yu VL. Legionellosis. N Engl J Med 1997;337:682-87.
が便利です.日本語オンラインではIASR特集レジオネラ症がよくできています.紙では,斎藤 厚.わが国におけるレジオネラ感染症の特徴と世界の動向.日内会誌
2003;92:1662-72がいいです.
追加情報
腐葉土とレジオネラ
オーストラリア(南部)におけるレジオネラ症:過去2週間に南オーストラリア州ではLegionella
longbeachae肺炎(レジオネラ症)患者5例が確認されている。患者4例が最近園芸用腐葉土を使用していたと,州保健福祉局感染症対策課責任者が明らかにしたことなど。(2003年12月30日付け,2003年12月30日掲載)
ニュージーランドでも:腐葉土の使用によるレジオネラ症患者が増加していることから,園芸家には今年の夏腐葉土使用の際は注意するように呼び掛けが行われている。保健医官Dr.
Margot McLeanは,Wellington地域とその周辺で,2003年にレジオネラ症患者13名が発生している,2002年には患者9名であった,と述べた。患者のうち5名は過去2ヵ月間[2003年11月と12月]に発生したことなど。(2003年12月30日付け,2004年1月3日掲載)
微生物学
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Legionella pneumophiliaに代表されるレジオネラ属菌はグラム陰性の桿菌だが,大腸菌などに比べると非常に染まりにくいのでグラム染色で検出するのは実質的に不可能。組織標本では特殊な銀染色(例えばDieterle)でよく染まる.
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通常の細菌学用培地にはまったく発育しない.B-CYEα寒天という特殊な培地を用いる.発育にはL-システインが必須である.発育可能温度は25-43度,至適温度は36度,pHは6.85-6.95と,増殖至適条件が非常に限られている.発育も非常に遅く,独立集落を肉眼で確認するためには5日以上かかる.それにもかかわらず,自然環境では,増殖至適条件からはずれていてもレジオネラは繁殖する。その理由の一つとして,自然環境中では,ある種の藍藻や緑藻のと共生関係にあるためではないかと考えられている.
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Legionella pneumophiliaでも,株により毒性が大きく異なる.
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マクロファージに貪食されても死なずに食細胞内で増殖する,きわめてあつかましい細菌である.βラクタム系やアミノグリコシドが全く効かないのも,これらの抗生剤が細胞内に移行しないから.
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血清型と繁殖環境:冷却塔水ではSG1が多いが,24時間風呂ではSG5が多いというように,環境によって血清型が異なる.このことは,尿中抗原検出法がSG1以外の血清型に対して感度が低いことと多いに関係してくる.つまり24時間風呂で感染が疑われるような症例では,尿中抗原が陰性だったとしても,レジオネラ症を除外できないことになる.(下記参照)
疫学
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異型肺炎の半分をしめる
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頻度は統計の取り方によってさまざま:入院が必要な市中感染肺炎の2から 15%
,院内感染肺炎の0 から 47% ,剖検肺炎の1 から 7%.また,正しく診断されるのはレジオネラ肺炎全体のわずか3%という報告がある.
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空調水との関係で,海外では夏に多いが,わが国では温泉が感染源になることもあって,季節性はないと考えて対処する.
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発症率は1-9%.不顕性感染も多い
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水平感染は起こらないので,隔離の必要はない.
リスクファクター
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温泉・入浴施設,24時間風呂,ジェットバス(ジャグジー)
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喫煙
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大酒飲み
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50−70歳代の男性(男は女の3.5倍,発症年齢は60歳代にピーク)
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慢性閉塞性肺疾患
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免疫抑制状態;ステロイド投与,臓器移植
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嚥下障害;レジオネラ菌を含んだ水を飲んで,それを誤嚥する.
臨床症状
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臨床症状のスペクトルは広い:無症状から重症の肺炎まで
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基礎疾患のない健常成人が暴露されると,ほとんどは不顕性感染となる.
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日和見感染の色合いが強く,免疫不全,高齢,慢性の腎疾患や血液透析,糖尿病,アルコール依存が危険因子である.
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潜伏期間は2-10日間
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咳は9割におこるが,痰は少ない.
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呼吸器外症状
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消化器症状の合併:半数の患者に下痢が出現する.しばしば嘔吐も伴う
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心臓合併症(多くは入院患者.注意すべき事は,心臓のレジオネラ症では,しばしば肺炎を欠く.これはとくに心臓の手術創がレジオネラ菌を含む水で汚染されて直接心臓を侵すためかもしれない);心筋炎,心外膜炎,人工弁患者の心内膜炎.
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低ナトリウム血症が起こりやすい.
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頭痛,意識障害:髄液は正常
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筋肉痛,関節痛
検査所見,診断
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胸部レ線:特徴的な所見はないので,診断には役立たない
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一般の培地には発育しないので,ルーチンの培養検査では絶対にみつからない.レジオネラ用の培地を使っても陽性率は50-80%である.
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直接蛍光抗体法は,試料中にたくさんの菌がいないと陽性に出ない.以前考えられていたほど特異性,感度ともよくない.
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尿中抗原検出:Biotest EIAが2003年から保健適応になったが,次の問題点がある.
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Legionella pneumophiliaのうち,血清型1SG1の感度は非常にいいが,SG1以外の,SG2-6には感度が50%以下となってしまうこと.(ただし特異度は100%近い)
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回復期以後も長期間陽性が持続する.したがって陽性だとしても過去の感染を反映している可能性があるので,病歴の詳細なチェックが欠かせない.
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PCR:斎藤によれば,RT-PCRが有望だとのことだが,まだ一般化していない.
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間接蛍光抗体法による血清抗体価の診断は回復期の抗体価の上昇を見るから,疫学的には意味はあっても臨床では役に立たない.
1-2 週間ごとに 3-6 週間の間続ける.しかし血清型が12種類もあり,必ずしも交差するとは限らない一方,全部の血清型をテストすることは出来ない.ペア血清で4倍の上昇があれば有意.単一血清では1:256以上で一応陽性と考える.
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レジオネラでは寒冷凝集反応の上昇はないので,マイコプラズマとの鑑別点にはなるだろう.寒冷凝集素の上昇はウイルス性肺炎でも起こる.
治療
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第一選択はエリスロマイシンだったが,azithromycinやclarithromycinといった新しいマクロライド系も有効である.特にレジオネラ症以外の可能性が否定できない重症の肺炎の場合には,新しいマクロライド系の方がいいだろう.リファンピシンの併用は必ずしも必要ではない
そのほか,ST合剤,テトラサイクリンも有効だが,経験が少なく.エリスロマイシンが何らかの理由で使えない場合に限る.
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重症例にはニューキノロン系の静注だが,シプロキサン無効例が報告されていることに注意.
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はっきりと肺炎を起こした例では,エリスロマイシンは十分な量を2週間,重症例では3週間使うこと.でないと再燃する.
予後
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免疫不全のない例で,エリスロマイシンを使った場合は死亡率7%.使わない場合は25%.免疫不全の例でエリスロマイシンを使った場合は死亡率24%.使わない場合は80%.
予防
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ヒトからヒトへの伝染はない.だから患者の隔離の必要はない.
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風呂;.24時間風呂でも,こまめに水を入れ替えることは最低限必要である.”しぶき’を吸い込むのもよくない.24時間風呂でジェットバスというのはレジオネラのリスクを高める.
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温泉;排水をただ流すだけの古いタイプの温泉のリスクは低い(ただし温泉のお湯を飲むのは危ない).リスクがあるのは,循環式を使っている,比較的新しいタイプの温泉である.また,病院や老人保健施設の風呂も,循環式ではリスクがある.
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温泉のお湯を飲まない.薬としてお湯を飲む風習のある温泉があるが,レジオネラ症防止の観点からは禁止すべきである.
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空調設備の冷却水:レジオネラ症防止指針を参考にされたい
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給水設備;塩素による消毒が義務づけられていて,また栄養や温度条件が細菌の増殖に適していないので汚染の危険性が低い.
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給湯設備;お湯がたまる部分があって,設定温度が40度前後と低い場合にはレジオネラが増殖する可能性がある.給湯系の末端まで55度以上のシステムにする.
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家庭用超音波加湿器;タンクの汚染が起こりやすく、長期間水を貯めたまま放置される可能性が高く、またタンク内に生成される生物膜も保持されるため危険である。平成8年には、病院の新生児室において家庭用の超音波加湿器が感染源と思われるレジオネラ症が発生し、1名死亡した。加湿器の使用の際には、タンクの内面を絶えず洗浄して清潔にしておくことが安全上重要である.
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スポーツ施設,公衆浴場;残留塩素剤で消毒が行われているが,運転管理が不備の場合はレジオネラ症が起こりうる.
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噴水;ホテルのロビーや公園の装飾用噴水は感染源となりうる.特に噴水のしぶきが周囲に飛び散り,これを吸い込んで感染した例が報告されている.定期的な水の入れ替え,清掃が必要である.
参考文献,リンク