NEJM, Lancet拾い読み:2005

99年までの話題2000年の話題2001年の話題2002年の話題2003年の話題2004年の話題
 

抗精神病薬による高齢者の死亡リスク:定型と非定型の比較
スポンサーの影響
ホモシステインの運命
全人検査
チフスとパラチフスの総説
エンドポイントとは何ぞや?
ビタミンEよ,どこへ行く
いかがわしい心不全の総説
分子標的薬の新たな懸念
ヘモクロマトーシス:幻の病気ではないかもしれない
ボストンからの意外な知らせ
血が出ればどこでも同じか?
Family bias by proxy
遅れてやってきた主役
成人の結核性髄膜炎でもデキサメサゾンは有効
抗酸化サプリメントここでも敗北
DDTかマラリアか
診療報酬による誘導政策
湿布は2週間まで
みのもんたの類にはきちんと反論
脂肪が減っただけじゃだめ
エリスロマイシンの薬物相互作用:カルシウム拮抗薬に注意
Lumiracoxib:ようやくまともなCOX2阻害薬?
前庭神経炎の原因としての単純ヘルペスウイルスの可能性
HRTによる痴呆および軽度認識障害のリスク増加
リツキシマブもRAに有効
セロトニン仮説??
再発性の破傷風
蜘蛛咬傷の神話
屋上屋で雨漏りが;アスピリンとクロピドグレルを重ねても
インフリキシマブ投与下では蚊にも刺されてはいけない?
臓器移植で狂犬病感染
スタチンで脳梗塞が25%減少したのだが
DSMB:独立データモニタリング委員会
学生に教員をやらせれば一石二鳥
肺がん検診に王道なし
コカイン乱用とc-ANCA陽性
確かにCTは多すぎるのだが
散々なHRT:大腸癌でも不利な結果に
ビタミンB2とB6欠乏による皮疹
ベッドの硬さでランセット
劇症型髄膜炎菌敗血症
米帝侮り難し
医者バブル時代の終焉
配合剤の嵐

99年までの話題2000 年の話題 2001年の話題2002 年の話題2003年の話題2004年の話題


抗精神病薬による高齢者の死亡リスク:定型と非定型の比較

Wang PS and others. Risk of Death in Elderly Users of Conventional vs. Atypical Antipsychotic Medications. N Engl J Med 2005;353:2335-41

2005年4月に,FDAは,痴呆の高齢者における行動障害の非定型(第二世代)抗精神病薬による治療に対して警告した.これは,行動障害のある高 齢痴呆患者における非定型抗精神病薬を用いた合計17のプラセボ対照比較試験のうち15試験で,プラセボ群に比し薬剤群で死亡率約1.6-1.7倍になる ことが明らかとなったからだった。死因の大部分は,心臓関連事象(心不全,突然死)や感染症(多くは肺炎)であった。

しかし,定型(第一世代)抗精神病薬については,同様の死亡率の増加を示しているとしたものの,データに乏しかった.そこで著者たちは、高齢者の死 亡リスクに対する影響を,定型と非定型で比較する後ろ向きのコホート研究を実施した。ペンシルバニア州のメディケア(高齢者や身体障害者などに対する公的 医療保険)加入者の中から、1994?2003年に、定型または非定型薬の投与が開始された2万2890人を抽出,9142人に定型薬、1万3748人に 非定型薬が投与されていた。

 用量と死亡リスク上昇の関係を調べたところ、中央値より少ない用量を使用した患者のRRは1.14(1.04-1.26)、高用量だと1.73 (1.57-1.90)だった。相対リスクは、治療開始から40日以内、高用量投与を受けた場合に、最も高かった。

数字を見る限りでは,定型薬が、非定型薬以上に高齢者の死亡リスクを高めるように見える。ただし,この研究は後ろ向きのコホートだから数多くの交絡 因子候補で調整してはいるものの,何らかの交絡因子が入る,言い換えれば,定型薬を投与されるのはより状態が深刻な患者だった可能性は完全には排除できな い.

したがって,定型薬では非定型薬に比べて明らかにリスクは高くなると言うべきではなく,高くなる可能性はあるが,現時点ではほぼ同等のリスクと考え られ,非定型薬に替えて定型薬を勧めるべきではないという著者らの結論が妥当だろう.


スポンサーの影響

盲検も,無作為化も,スポンサーの影響の前には無力ってことか.

痴呆に対するコリンエステラーゼ阻害薬3種類(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)の臨床試験を吟味した結果、その薬の承認申請の企業がつ いている臨床試験で、その薬の成績がよく、他の企業のライバル品は効果が劣る結果が得られる傾向が明らかだった。また臨床試験の質も悪かった。

David B Hoganand others. Comparison studies of cholinesterase inhibitors for Alzheimer's disease. Lancet Neurology 2004;3:622-26.


ホモシステインの運命
Folate supplementation and cardiovascular diease. Lancet 2005;366:1679.
ホモシステインは、観察研究のデータから動脈硬化の指標としてさかんにもてはやされてきた。虚血性心疾患のリスクファク ターマーカーとして,今流行の高感度CRPなんかよりも,はるかに有望だとと思われていたが、2005 年の欧州心臓病学会で,意外な結果が発表された.ホモシステインを下げる葉酸とビタミンBによる大規模な介入試験の結果,葉酸とビタミンB投与によりホモ システインを下げた方が,虚血性心疾患のリスクは不変で,がんや総死亡はむしろやや上昇する傾向があると出てしまったのだ.

下記はMedWaveから.
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◆ 2005.9.9 【欧州心臓病学会速報】葉酸やビタミンBでは心血管疾患は予防できない がんや総死亡は逆に悪化の傾向
 スウェーデンのストックホルムで開催中の第27回欧州心臓病学会(ESC)3日
目の2005年9月5日、ビタミンBを積極的に摂取しても、心筋梗塞や脳卒中は予防できないことが臨床試験の結果、明ら かになった。この臨床試験は、ノル ウェーで心臓発作の経験者3749人を3.5年間追跡したもの。

 これまで、葉酸やビタミンB6といったビタミンB群の摂取によって、心筋梗塞や脳卒中を起こす危険性が約20% 低くなる可能性があると報告されていた。これは、ビタミンBを摂取すると、アミノ酸の一種で、動脈硬化の危険因子であるホモシステインの代謝が活発になる ためと考えられていたが、本当にホモシステイン量が低下することで心血管疾患の発生率が下がるかどうかは分かっていなかった。

 今回発表された研究は、研究開始の1週間前までに心臓発作を起こした3749人を、0.8mg/日の葉酸摂取 群、40mg/日のビタミンB6摂取群、 0.8mg/日の葉酸と40mg/日のビタミンB6摂取群、プラセボ群――の4群に分けて検討した。

 その結果、いずれの摂取群でも、心血管イベントの発生率はプラセボ群と変わらなかった。それどころか、葉酸とビ タミンB6の摂取群では、プラセボ群と比べた相対危険度(RR)は1.2(P=0.03)と高くなった。がんや総死亡の発生についても、有意差はなかった が高くなる傾向がみられた。

 ノルウェーのTromso大学教授のKaare Harald Bonaa氏は、「ビタミンBの摂取によって確かに血中ホモシステイン値は低下したが、それが心血管疾患の低下とは無関係であることが明らかになった。ビ タミンBの摂取は、欠乏症の患者にだけ勧めるべきだ」と述べた。(小又理恵子)


全人検査

H.I. Pass and others. Asbestos Exposure, Pleural Mesothelioma, and Serum Osteopontin Levels. N Engl J Med 2005; 353 : 1564 - 73

胸膜中皮腫の非侵襲的診断法としては,serum mesothelin-related protein (SMRP)をはじめとしていくつかあるけれども,決め手となるものはまだない.著者らが,DNA micro arrayを用いて胸膜中皮腫のマーカーを検索した結果,最も有望なのがオステオポンチンだった.オステオポンチンは中皮腫ばかりでなく,様々な悪性腫瘍 に発現している接着因子の一つだが,アスベスト誘発性発ガンに深く関与し,胸膜中皮腫の組織でも強く発現していることがわかっている.

そこで,著者らは,ELISA法により血清オステオポンチン濃度を,アスベストに関連する非悪性肺疾患患者 69 例,アスベスト曝露のない被験者 45 例,胸膜中皮腫患者 76 例の3群で測定,比較した.

その結果,アスベストに曝露した被験者と曝露していない被験者とのあいだでは,血清オステオポンチン濃度の平均値に有意差は認められなかった.一 方,アスベスト曝露非悪性群と中皮腫群を比較すると,  カットオフ値48.3 ng/mLにおける感度は 77.6%,特異度は 85.5%,病期 I の中皮腫患者とアスベスト曝露非悪性群を比較したサブグループ分析では,カットオフ値62.4 ng/mL における感度は 84.6%,特異度は 88.4%であった.以上より著書らは,血清オステオポンチン濃度は,癌のないアスベスト曝露者と胸膜中皮腫のあるアスベスト曝露者を識別するのに有用で あると結論している.

この論文の結論は健全である.しかし,その論文を読んだ人の考えや行動が健全であるとは限らない.たとえば,NEJMに載るほど素晴らしい検査な ら,アスベストで大騒ぎのわが国でも,集団検診に積極的に導入すべきである,ひょっとしたら,そんな妄言を弄する愚か者が永田町界隈に出現して,議場に 入ったテレビカメラの前で官僚を前にして得意満面となるコメディが見られるかもしれない.感度・特異度が登場する四分割表に対する理解が,そんなお楽しみ の一助となるとすれば,勉強しようという気にもなるだろうから,四分割表が嫌いなあなたのために,ここで一つ解説しておこう.

同じ号のNEJM に掲載されている総説(NEJM 2005;353:1591)によれば,日本における悪性中皮腫の有病率は,7/100万人である.オステオポ ンチンの検査を日本人の一般集団 100 万人に適用する場合,感度が80%とすると,7x0.8=5.6人の検出率,つまり1-2人/100万人は見逃すことになるが,実はそんなことはどうでも いいぐらい,もっと重大な問題がある.膨大な数の偽陽性者である.

仮に特異度がこの報告と同様に90%としよう。ということは,病気のない100万人を検査すると,90万人は真の陰性となるが,残りの10万人は偽 陽性に出る.つまり,健康な10万人に悪性中皮腫という名の偽の烙印が押されることになる.検診費用の無駄遣いはさておき、NEJMの論文になった立派な 検査さえしなければ,健康人として胸を張って生活できたはずの10万人の偽陽性者達の運命や如何に.
このコメディのシナリオが新鮮なように見えるようだったら、勉強不足と思った方がいい。なぜなら、実はこの筋書きは、日本人が大好きな牛の全頭検査,そし て人間様相手にわが国で毎日繰り広げられている健康診断の陳腐な模倣に過ぎないからだ


チフスとパラチフスの総説
Bhan M, Bahl R, Bhatnagar S. Typhoid and paratyphoid fever. Lancet 2005;366:749-62

耐性菌が急速に広がっている。耐性菌には、かつての第一選択剤だったアンピシリン、クロラムフェニコールに体制のmultidrug resistantと、ナリジクス酸抵抗性(NAR)の2種類がある。前者の方が性質が悪そうに聞えるが、実は後者の方が面倒。というのはNARは、 ニューキノロンに抵抗性ということを意味するから。NARも多剤耐性も、日本の近隣諸国、韓国、中国、ベトナム、フィリピン、タイ、カンボジアなどに分布 している。


エンドポイントとは何ぞや?

R.B. Turner and others. An Evaluation of Echinacea angustifolia in Experimental Rhinovirus Infections. N Engl J Med 2005; 353 : 341-8.

エキナセアEchinacea angustifolia(和名ムラサキバレンギク)は、北米で風邪の治療使われている薬草である.要旨を読んだだけで,なんだ,ただ,代替医療が風邪に 効かなかったというだけじゃないかと片付けてはならない.薬草による治療を、”代替医療”,”ガマの油”と切って捨てずに,まじめに有効性を検証しようと したこと.治療ばかりでなく,病原体の面でも介入試験としたこと.予防と治療の両面から薬効を評価しようとしたこと.報告者も編集者もnegative resultを大切にしたこと等、これが臨床試験における重要な問題に真正面から取り組んだ優れた仕事である理由はいくつもある.

ただ,例によってあまのじゃくの私がここで取り上げるのは,もう一つ,違った側面,評価指標(エンドポイント)についてだ.風邪薬の有効性は何を目 安に評価したらいいか、考えてみよう。発熱?、咳?、鼻水の量?、あるいは何らかの検査値だろうか?なぜそれを選ぶのだろうか?

この論文では,くしゃみ,鼻水,鼻詰まり,咽頭痛,咳,頭痛,全身倦怠感,寒気といった自覚症状をスコア化したものを主要評価指標にしている.あな たは、この評価指標をどう評価するだろうか?もう少しわかりやすく言えば、画期的な風邪薬に、あなたは何を求めるだろうか?その期待に応えられなければ、 画期的な風邪薬とは言えないだろう。急性気管支炎に対するアジスロマイシンの効果を検証した試験(Lancet 2002;359:1648)では、主要評価指標は、あっぱれ、“職場復帰までの日数”だった。

エンドポイントは薬の有効性を測る物差しである.この物差しは決して一種類ではない.人は病気によって様々の損害を被るが,その中のどの損害をどの 程度軽減するかは,治療法によって、また損害を被る人によっても、千差万別である.病気の数と人の価値観の数だけエンドポイントがある。かといって、検査 伝票の全項目をチェックする医者と同じように、数あるエンドポイントを全て調べるわけにはいかない。

限られた資源の中で、どうすれば効率よく、かつ、ぬかりなく仕事をしていけるのか、来る日も来る日も、そう問い続け、周囲に対して、そして誰よりも 自分に対しての説明責任を求められるのは、臨床現場ばかりではない。


ビタミンEよ,どこへ行く

Vitamin E and Donepezil for the Treatment of Mild Cognitive Impairment. N Engl J Med 2005; 352 : 2379 - 88

心血管系死ばかりでなく,他の死亡も増やす(Ann Intern Med. 2005;142:37-46)と言われて,今や散々な目に遭っているビタミンEだが,アルツハイマー病に関しては, 97年にSanoらが発表した臨床試験結果(N Engl J Med. 1997 ;336:1216-22)から,進行を抑制する効果があるとして,希望が持たれていた.

過酸化脂質・フリーラジカルの生成抑制による神経細胞死の防止というビタミンEの作用機序仮説からすれば,アルツハイマー病が発症してしまってから よりも,むしろ発症予防に効果を発揮するだろうし,薬としてもそちらの方がずっと意義がある.Petersenらは,そのような考えに基づき,今回の臨床 試験を組んだ.

早期アルツハイマー病の手前の状態といわれる,軽度認知機能障害の被験者769 例を 1 日 2,000 IU のビタミン E,1 日 10 mg のドネペジル,またはプラセボのいずれかを投与する群に無作為に割付け,臨床的にアルツハイマー病が疑われる状態を主要評価項目として, 3 年間観察しところ,年 16%の割合で,最終的には212 例がアルツハイマー病になった.アルツハイマー病に進行する確率は,プラセボ群と比較して,ビタミン E 群(ハザード比 1.02,95%信頼区間 0.74-1.41,P=0.91)およびドネペジル群(ハザード比 0.80,95%信頼区間 0.57-1.13,P=0.42)に有意差はみられなかった.ドネペジル群では,治療開始から 12 ヵ月間はアルツハイマー病へ進行する割合が低かったが(P=0.04),3 年後の進行率については,ドネペジル群とプラセボ群の間に有意な差はなかった.

このようにビタミンEの効果は期待はずれだった.ドネペジルの12ヶ月間の進行抑制にしても,3年後には結果は変わらなかったのだから,発症を予防 したのではなくて,12ヶ月間症状を抑えていたに過ぎない可能性が高い.

2007/6/8追記:なお、心血管疾患や癌の予防への有効性は、45歳以上の健康な女性を対象にしたWomen's Health Study [WHS]でも否定されている。
Lee IM, Cook NR, Gaziano JM, et al. Vitamin E in the primary prevention of cardiovascular disease and cancer. The Women's Health Study: a randomized controlled trial. JAMA. 2005;294:56-65. [PubMed ID: 15998891]

Vitamin E did not prevent cardiovascular disease and cancer in healthy women. ACP Journal Club. 2006 Jan-Feb;144:9.


いかがわしい心不全の総説
McMurray JJ, Pfeffer MA. Heart failure. Lancet 2005; 365: 1877-89

なんといってもランセットの総説なので,それだけで全て信用したくなってしまうが,ちょっと待った.アンギオテンシン受容体拮抗薬(以下ARB)の 使い方の解説が何とも節操がないのだ.つまりACE阻害薬との併用を何らのためらいもなく推奨している.こんなこと,天下の公器ランセットで公言されちゃ あ,たまらねえ.

まず、この総説の著者二人が、カンデサルタンの有効性を示した大規模試験CHARM study ( Lancet 2003;362:759)の著者であることを指摘しておこう。こいつらがARBの悪口を言えるはずがなねえんだ。末尾には、conflict of interest statementとして書い
てはありるが、こういう大切なことは論文の頭に持ってくるぐらいじゃないと。そもそもそういう輩に総説を書かせるってのは、ランセット,お前もかだ。

ARBは ACE-Iよりもいい薬と信じているおめでたい循環器内科医も多いようだが、実は心不全の治療でARBがACE-I にはっきり勝ったためしはない。 ACE-I よりも,より強力にR-A系を抑制すると当初大いにもてはやされたARBが,登場から20年以上もたったカプトプリルに歯が立たねえんだ. ARBが登場した時の興奮・期待と,現実の落差を、知っておかねばらない。

このあたりの事情は、”大規模臨床試 験を正しく評価するためにーVALUE試験から学ぶべきもの”に詳しく述べられている。桑島先生,偉い人です.

ELITE-II(Lancet. 2000 ;355:1582-7)、Val-HeFT(N Engl J Med. 2001345:1667-75)で慢性心不全でACE-I に勝てないと見ると, 急性心筋梗塞後の心不全で勝負してもOPTIMAAL (Lancet. 2002 ;360:752-60), VALIANT(N Engl J Med 2003;349:1893-190)やっぱりだめで,ついには,ACE阻害薬には勝てないと諦め,勝てそうなアムロジピン相手に勝ちに行ったはずの VALUE (Lancet 2004; 363:2022-31)でさえも,勝てなかった.(というより,心筋梗塞,脳卒中のイベントでは,アムロジピンにはっきり負けている)

このように有効性でACEIに勝てないばかりでなく、ひょっとするとCOX-2阻害薬の二の舞で、ARBでは心血管死(イベント)が増えるかもしれ ないと、BMJ. 2004 Nov 27;329(7477):1248-9.が指摘しているぐらいなんだ。それをACEと重ねるのが今や常識だなんて,能天気な提灯持ちを,ランセットに書 ける神経がわからねえ.

ACE-Iが咳で使えないときはARBで代用できるのはいいとしても。

> 心不全でACE-I とβ拮抗薬に加えて更にARBを投与するのは
> ACE-IにARBを追加すると神経液性抑制を強め(ACE-Iで十分下がりきらなかった
> angiotensinIIをARBで抑制する)左室のremodellingを逆行させ死亡率、入院、
> 症状が改善する。だから心不全治療にはACE-Iとβ拮抗薬に更にARBを加える
>とよい。

この点は、カンデサルタンの有効性を主張した臨床試験参加者の立場が露骨に出ている。CHARM studyのうちのCHARM-Addedで、うっ血性心不全による入院・死亡が対照群よりも有意に減少していることを言っているのだろうが、全死亡では 有意差はないし、副作用による中止が対照群よりも明らかに高いのも大きな問題だ。また、CHARMでのARB の投与量は、日本での承認用量をはるかに超えるものだから、日本人にこの結果そのまま適用しようとしても、低血圧の副作用で、とてもじゃないが併用は無理 だ。もちろん高カリウム血症や腎機能障害も頻発する。

また,
> Aldosterone blockade(spironolactone; アルダクトン)はNYHAのIII、IVの
> 重症心不全に有用。

アルダクトン、ACE-I、ARBはいずれも大規模臨床試験で心不全に有効とされているが、いずれも高カリウム血症のリスクがあるという点でも共通 している。Australian Adverse Drug Reactions(ADRAC)は、spironolactoneとACE阻害剤またはARBとの併用による高カリウム血症に対して、”EBM:安全 性見落としの落とし穴”と題して警告を発している。

なお,まともな心不全治療の総説を読みたい人には,Yan AT, Yan RT, Liu PP. Narrative review: pharmacotherapy for chronic heart failure: evidence from recent clinical trials. Ann Intern Med. 2005 Jan 18;142(2):132-45. をお勧めする.


分子標的薬の新たな懸念
B.K. Kleinschmidt-DeMasters and K.L. Tyler. Progressive Multifocal Leukoencephalopathy Complicating Treatment with Natalizumab and Interferon Beta-1a for Multiple Sclerosis. N Engl J Med 2005;353:369
A. Langer-Gould and Others. Progressive Multifocal Leukoencephalopathy in a Patient Treated with Natalizumab. N Engl J Med 2005;353:375
G. Van Assche and Others. Progressive Multifocal Leukoencephalopathy after Natalizumab Therapy for Crohn's Disease. N Engl J Med 2005;353:362

癌の化学療法,関節リウマチ・膠原病に対する副腎皮質ステロイドや免疫抑制剤,臓器移植の免疫抑制,HIV感染と,今や,何らかの免疫不全状態の患 者さんに関わっていない医者の方が少数派だろう.そんな患者さんの脳に起こる新たな日和見感染症の話なら,何だ,また神経内科おたくの病気かと、すぐに立 ち去るような真似はできないはずだ.

進行性多巣性白質脳症(PML: Progressive multifocal leucoencephalopathy)は,ヒト脳に常在するJCウイルスの活性化を原因とする中枢神経系の遅発性ウイルス日和見感染症で,脳に多巣性 の脱髄病巣を形成,進行性の経過をとる極めて予後不良な疾患である.今回取り上げたように,多発性硬化症(MS)で,PMLの副作用報告例がNEJM誌上 を賑わせている背景にはMSを巡る特殊な事情がある.

日本でのMS患者数は1万人ほどで,稀少難病だが,欧米でのMS患者数は250万人と有病率がべらぼうに高い.さらに再発予防のためのインターフェ ロンは長期間の投与を必要とする上に薬価が高いので, 2004年時点での世界のMS治療薬の売上高は6000億円近い.この巨大な市場に, 2004年11月,申請後わずか半年でFDAの承認を受けて華々しく登場したのがナタリズマブnatalizumab (商品名TYSABRI)である.従来のインターフェロン製剤が隔日あるいは週に一度の皮下注射が必要だったのに比べ,4週間に一度の静注で済むという利 便性と,α4 インテグリンに対するモノクローナル抗体という話題性を引っ下げ,ナタリズマブは巨大な市場を席巻するかと思われた.

しかし,発売後わずか3ヶ月で販売停止に追い込まれた.その理由が,上記PMLの副作用報告である. MSの2例では,インターフェロンβ1aと併用されていたこともあり,直接の因果関係を疑問視する向きもある.しかし,もう一例のクローン病例では,ナタ リズマブの単独投与中に起こり,ナタリズマブの投与を繰り返すにつれ,血液中のJCウイルス量の増加するなど,状況証拠がより多くなっている.

MSの臨床試験(N Engl J Med 2003; 348 : 15)ではPMLはなかったとされているが,PMLは,画像上MSそのものと区別しにくい点がある.これまで,MSの悪化としてPMLを見逃していなかっ たのかという点も含めて,臨床試験・市販後症例の見直しが行われれば,芋づる式に見つかる可能性もある.これに懲りることなく,今後も新たな分子標的薬は どんどん出てくるだろうが,PMLのように思わぬところで足をすくわれるリスクにいち早く気づけるのは,企業でもなく,規制当局でもなく,この記事をここ まで読んでいただいたあなたのような奇特な臨床医である。


ヘモクロマトーシス:幻の病気ではないかもしれない

多民族集団におけるヘモクロマトーシスと鉄過剰症のスクリーニング
P.C. Adams and others. Hemochromatosis and Iron-Overload Screening of a Racially Diverse Population. N Engl J Med 2005; 352 : 1769 - 78

ヘモクロマトーシスと聞くと,勉強家のあなたでも,名前だけは有名で,欧米の教科書では肝障害の鑑別診断に必ず出てくるが,アジア人には稀で,自分 には一生縁のない病気と思っているだろう.しかし,多民族を対象にした今回の疫学調査の結果を知れば,もしかしたら,自分もこれまで出会っていたが見過ご していただけなのかもしれないと思えてくるだろう.

確かに,ヘモクロマトーシスは白人に多いと一般に信じられており,この論文でも,代表的なヘモクロマトーシス関連遺伝子HFEのC282Y変異のホ モ接合体の頻度は,白人では44082人中281人(0.44%)なのに対し,アジア人では,なんと12772人中0という結果が出ている.しかし,鉄過 剰そのものの指標となるフェリチンやトランスフェリン飽和度の高値の頻度は,逆に,白人よりもむしろアジア人で圧倒的に高く,フェリチン高値(男性 >500μg/L,女性>400μg/L)かつトランスフェリン飽和度45%以上の鉄過剰の割合は,アジア人で1.87%なのに対し,白人では 0.67%となっている.日本人での鉄過剰がC282Yとは関係ないことに,実は私も気づいて論文にしてある.J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2001;70:551-3
無料ででネット上で読めるので,興味ある方はご覧頂きたい.

では,一体全体アジア人における鉄過剰とは,何が原因なのだろうか?本論文にはこの点に関する考察はない.未知の遺伝子変異があるのかもしれない が,臨床医である私自身にとってはどうでもいいことだ.それよりも,アジア人,そして恐らく日本人にも頻度が高い原因不明の鉄過剰が,どんな病気のリスク になっているかが問題だ.白人では,C282Yのホモ接合体におけるヘモクロマトーシスでは,糖尿病,心不全,関節症とは関連が薄いのに対し,合併症とし て確実なのは肝障害だと言われている.

ウイルス性肝炎の診断が進んだ現在でも,原因不明のALT, ASTの上昇に悩むことは少なくない.その中にヘモクロマトーシスが紛れ込んでいないだろうか.また,同じ肝炎ウイルスに曝露されても,急性肝炎を経過し て回復,慢性化,劇症化して死亡と,しばしば転帰が異なるが,すべてウイルスの曝露量や亜型で説明できるのだろうか?鉄過剰はウイルス性肝炎の予後に影響 しないだろうか.

肝機能障害があるだけで血清フェリチンが異常高値になるので,鉄過剰自体の診断が難しいとしても,まずは健常成人での鉄過剰の疫学を日本人で明らか にすることから始める必要があることを,本論文は示している.

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ボストンからの意外な知らせ

Hyponatremia among Runners in the Boston Marathon. N Engl J Med 2005; 352 : 1550- 6

過酷な競争の末にマラソンランナーがゴールに倒れこむ。もし、あなたがその場面でチームドクターだったら、どんな輸液を考えるだろうか?病態がわか らない時の原則に従って、まず生食を開始液とするだろうか。しかし、水分過剰による非心原性肺水腫、低ナトリウム血症、脳浮腫が、マラソンランナーで7例 もまとめて報告されている(Ann Intern Med 2000;132:711-714)のを知っていたら、ちょっと待てよということになるだろう。

脱水になるはずなのに、水中毒だって?本当にそんなことがあるのだろうかと思って、NEJM編集部のお膝元、ボストンマラソンの参加者で調べてみた のがこの報告である。全参加766人中、488人の協力が得られた(64%:案外少ないなあ)。135mEq以下の低ナトリウム血症がなんと13%にみら れ、3人は120mEq以下だった。危険因子は、体重増加、走行時間が長いこと、BMIの低値だった。体重増加が水分摂取を反映していることは明らかであ る。なお、非ステロイド系消炎剤の使用、女性といった、従来示唆されていた危険因子の関与は明らかでなかったが、サンプルサイズの問題もあり、更に検討が 必要だろう。

一体、マラソンランナーの体に何が起こっているのか?腸管の中の水分は吸収されるのか?腎血流は?糸球体ろ過は?尿細管再吸収は?外的要因はどう影 響するのか?気温は?湿度は?紫外線は?・・・まだまだわからないことばかりだ。

この報告から、脱水を恐れる余りスポーツドリンクをがぶ飲みしていたこれまで習慣を見直すべしという警告を発するのは簡単だが、その前に、マラソン 大国日本から、ボストンを凌ぐデータを出してもらいたいと考えるのは、私だけではあるまい。

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血が出ればどこでも同じ?

急性脳内出血に対する遺伝子組換え活性型第 VII 因子
S.A. Mayer and others. Recombinant Activated Factor VII for Acute Intracerebral Hemorrhage. N Engl J Med 2005; 352 : 777 - 85

発症後3時間以内にCTで脳出血と診断された399例の脳出血患者を,プラセボ,40, 80, 160μg/kgの4群に割り付け,主要評価指標を血腫容積の変化量として,遺伝子組み替え活性型第?因子の有効性・安全性を検討したところ,血腫増大抑 制と死亡率低下の効果があり,安全性にも大きな問題はなかったという主旨の論文である.

日本で脳卒中を診療している人々にとって,この論文の趣旨はよく理解できるだろうか?少なくとも,私にとっては,“こういう臨床試験を待っていた” という感覚は全くない.なぜ,天幕上も天幕下も脳出血として一緒に扱ってしまったのか?天幕上でも,被殻,視床,皮質下出血(全体の2割もある!)と,全 部一緒に扱ってしまったのか?同じ直径3cmの血腫でも,後頭葉皮質下にある場合と橋にある場合では天地の差があるのは,医学生でも知っている.それをな ぜ同じ脳出血として組み入れるのか,全く理解できない.

重症度という点からも,組み入れ基準で,意識障害でGlasgow Coma Scaleで6以上と定めてはいるが,年齢は18歳以上ならいいし,運動機能では全く制限はないし,事後で層別解析できるほどの症例数でもない.これで は,この薬の真の標的集団が何かもわからない.75歳の脳幹出血,20歳の前頭葉皮質下出血のどちらにも投与していいってことになる.それが現場で診療し ている人間の感覚に合わないというのだよ.

主要評価項目が血腫増大の抑制という,代用エンドポイントになっていることから考えても,この試験はあくまで用量設定試験であると考えたいが,どの 用量を選んで,何を検証するか,この論文から結論することは,非常に難しい.というのは,主要評価指標である血腫増大の抑制率から見ると, 160μg/kgを選択すべきだが,死亡率の低下を指標とすれば,カプランマイヤー曲線から40μg/kgが一番適切な用量に見える.これが検証的試験で はないことを望んでいるが,果たして次に予定されるべき検証的試験のデザインはどうなるのだろうか?

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M Ikeda. Family bias by proxy. Lancet 2005; 365: 187

このささやかな散文を通して私が言いたかったのは,新薬承認審査の仕事は,決して臨床と離れた書類仕事ではないこと.常に臨床を意識しながら仕事が できるので,このような症例経験が書けること.何千例,何万例のRCTでも,一例の積み重ねで成り立っているので,治験を行う時も,その治験データを吟味 する時も,一例一例を決しておろそかにできないこと.
新薬承認審査の仕事は臨床を知っている人間が目を光らせていること.臨床の基本は症例報告であること.ありふれたささやかな診療経験でも,ランセットは拾 い上げてくれること.

”筋萎縮性側索硬化症”この診断を前にして,神経内科医は,放射線科医にも,臨床検査医にも,病理医にも責任を押し付けることはできない.一人で覚 悟を決める.しかし,その時,私は覚悟を決められなかった.
外来で私の前にいたのは,67歳の女性.ここ数ヶ月で進行する上肢の筋萎縮と筋力低下が主訴だった.嚥下障害と構音障害があったが,感覚系には異常なし. 腱反射は瀰慢性に亢進し,両側バビンスキ徴候が陽性だった.学生だってALSの診断をつけるだろう,すでに神経内科医13年目だった私は,そう思ってはみ たものの,その時,どうしてもALSの診断を下せなかった・・・”

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Family bias by proxy

A definite diagnosis of amyotrophic lateral sclerosis (ALS) usually makes a neurologist determined never to leave the helpless person but I once ran away from such a patient. A 67-years old woman sat in front of me. The chief complaint was progressive weakness in the upper extremities. She had mild dysarthria and dysphagia without any sensory impairment. Deep tendon reflexes were diffusely exaggerated with a bilateral Babinski sign. Typical history and neurological findings should have established a diagnosis of ALS but I could not help feeling increasing uncertainty about my diagnosis.

If she were just like one of the patients with typical ALS I had seen many times, I would have been completely confident with the diagnosis, but she was not. Her son, an otolaryngologist, sitting with his mother in the office, was my best friend. He had been my best partner in our tennis team at medical school. We had played many exciting games but we knew that this was absolutely not a game. I did not want to believe that she had contracted a most tragic disease, whose prevalence is only one in 30,000. Desperately seeking a diagnosis other than ALS in vain, I felt myself just a sympathetic middle-aged man, really unfit to be a neurologist. To hand the patient over, I called one of my colleagues, who asked me, after a confident diagnosis, why I could not draw a definite conclusion in such a typical case.

We in the medical profession are often told that we should not treat our own family members because we cannot remain detached enough for a proper diagnosis and treatment. For physicians inclined to be overly sympathetic as I was in this case, the list of the “family” members must be more widely inclusive.
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追伸:しかし,一方で,自分の奥さん の手術を見事にやってのける外科医もいる.

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