スクレイピー起源説(羊原因説)と牛起源説のどちらが正しいかは未だに決着がついていないが,ここへ来て,CJD患者の死体を牛に食わせたから BSEが発生したという仮説が提唱された.インドやパキスタンの農民たちは、川などから骨や死体を集めて売ることで副収入を得てきた。その中には、かなり の量のヒトの遺体も含まれていた。ヒンドゥー教徒は遺体を川に流す習慣がある。実際に、インドの肥料・飼料原料の中に遺体が存在したとの報告もある。それ らは少なくとも1950年代から輸出されていた。実際に、船の積み荷から見つかったこともあるそうな.国民の約8割がヒンドゥー教徒であるため、CJDの 疑いのある遺体が年間約120体ほど川に流されることになる。それらの一部が英国に運ばれ、加工されずに飼料になった可能性は十分に考えられるというので ある.
仮説としては面白いが,この記事はランセットの中でも仮説を提唱するHypthesisとして掲載されており,新たな科学的根拠を提唱しているわけ
ではない.机上の論争より,感染実験はどうなっているのかと思うのは私だけではあるまい.
2005/2/11(金曜日・祝日),新潟市で行われたの獣医公衆衛生学会主催の市民公開シンポジウムで話してきた.その際,日本人変異型CJD症 例については,フロアのさる高名な方から,下記の点をご指摘いただいた.
1.プリオン遺伝子のコドン129はMM型で,変異型として問題なし.
2.プリオン蛋白のウェスタンブロットと神経病理所見はともに典型的だった.
3.脳波所見,MRI画像所見は,必ずしも変異型に典型的とはいえず,それが,暫定診断が孤発型となった理由だが,脳波所見,MRI画像所見は決して絶対
的なものではないから,プリオン蛋白のウェスタンブロットと神経病理所見から,典型的な変異型としていいだろう.
しかし,滞在期間が1ヶ月だということは変わらず.変異型であることが明らかになればなるほど,逆に疑問は強くなります.これだけ世の中がプリオン 病の診断に敏感になっていると,今まで見過ごしていた病態が検出される可能性があります.
1.5700万人(英国の人口)もの人々が常に暴露されていても,150人しか発症していない
2.同時期に英国に長期滞在ないし永住していた私のような日本人の数は,外務省の海外在留邦 人数調査統計から,5万人以上と考えられるが,この集団からはvCJD患者がまだ出ていない.
なのに,滞英期間がわずか1ヶ月の日本人が発症する確率は実質的にゼロです.生物統計など知らなくても,それはすぐわかります.
競馬なら,万馬券を当てたではいおしまい.あるいは,夢読もう一度で再び馬券を買い漁るのもいいでしょう.しかし我々がやっているのは科学です.競 馬ではありません.
それまで知られていることでは説明が困難なほどごく稀なことが起こったら,その理由を改めて考え直すというのは科学の定法です.
変異型CJDの全てがBSE病原体の感染によるものなのでしょうか?臨床的にも生化学的にも,神経病理学的にも,変異型CJDという病気がヒトに孤 発的に発生し得るものなのだが,かつて,BSE出現以前は,それはほんとうにごく稀にしか起こらなかった.しかし,BSE病原体で高濃度に汚染された食物 を食べることによって,その発症リスクが数十倍に跳ね上がるとしたら,これらの矛盾がうまく説明できるのではないでしょうか?
ちょうど,タバコが出現以前は肺癌という病気の頻度がとても低かったのに,タバコが出現してから,ありふれた病気になったように.
特定危険部位について、すべての動物の飼料やペットフードに使用するを禁止する方針を表明てはいるが,
1.国民の意見を募ったうえで最終判断するとしており、実施に移すのは来年以降になる見通し
2.特定危険部位を含まない肉骨粉を豚や鳥の飼料に使うことは認めており、これらの飼料が牛のえさに混じってBSEに感染する危険が残る。
人間の食品や化粧品に関しては、生後30カ月以上の牛の特定危険部位の使用は7月14日から禁止となっているが,それ未満の月例の牛は使っていいこ とになっていることも大きな問題.
また,検査の拡大ついては全く触れていない.ということは,結局,年に屠殺される3600万頭のうち,検査するのは,わずか1%余り,40万頭程度
という,情けない状態がまだまだ続くということだ.これじゃあ,ゼロリスク探求症候群患者以外のまっとうな人にも説明責任は果たせないぜ.
英国の感染疫学者が,米国でのBSE発生を受けて米国での施策,措置を評価,批判した論説である.下記はその要点を私がまとめたもの
BSEが猖獗を極めた時代の英国では,400万頭のBSE牛が食用に供されたと言われている.(池田注:ちなみに一頭の牛は,何十人で食べるのだろ うか?仮に20人とすると8000万人以上がBSE牛を食べたことになるが,英国の人口は5000万である.英国人ならば1回はBSE牛を食べたことにな る)しかし,10年間に,vCJD患者数は2004年2月の時点で146名に過ぎない.(池田注:一方,BSEとは全く関係なく,年間,100万人に一人 発生すると言われる孤発型のクロイツフェルト・ヤコプ病は,英国で同じ期間内に518人発生している)
米国で肉骨粉が禁止されたのは1997年で,英国より10年遅れた.しかも,米国ではプリオン病交差汚染の危険性がまだ残っている.一番問題なの は,米国で存在し,しばしば大流行するシカのプリオン病,慢性消耗病(CWD:chronic wasting disease)だ.米国では,CWDの症状が明らかでなければ,鹿を反芻動物以外の飼料にすることは許可されており,このルートで,潜伏期間にある CWDの鹿を使った飼料が食物連鎖に入る可能性がある.2003年9月にFDAはCWD流行地の鹿を飼料にしないよう勧告したが,この勧告に強制力はな い.この点,英国では,哺乳動物の肉や肉骨粉はいかなる飼料(魚や馬の飼料であっても)にも使うことが禁じられており,米国よりもはるかに厳しい規制がか かっている.
米国での検査体制
過去2年間で2万頭と極めて限定的.2004年2月現在現在360万頭中2万頭を検査する予定しかない.これでは,米国にBSEがどのくらい存在するのか
わからない.
食用牛の年齢制限と検査対象
英国では,30ヶ月以上の牛はすべて食用にしない.その他の欧州諸国では,30ヶ月以上の牛では検査を行い,陽性に出たものは食用にしないという規制があ
るが,米国には食用牛の年齢制限もないし,30ヶ月以上の牛対する検査も行われていない.また
米国が果たすべき義務と現状
1.BSEのサーベイランス体制の:30ヶ月以上の牛と全てのへたり牛と斃死牛を対象とする検査.
2.肉骨粉の全面使用禁止:米国は特定危険部位を含まない肉骨粉を豚や鳥の飼料に使うことは認めており、これらの飼料が牛のえさに混じってBSEに感染す
る危険が残る.必要なのはあらゆる肉骨粉の反芻動物以外への禁止拡大と罰則の強化.とくに,鹿の慢性消耗病が食物連鎖に入り込む可能性を完全に排除する必
要がある.厳しい罰則を科さないと肉骨粉の不正使用を絶つことはできない.
3.特定危険部位の即時全面使用禁止:米国は,特定危険部位を含む肉骨粉を動物の飼料やペットフードに使用することを禁止する方針を表明しただけである。
しかも国民の意見を募ったうえで最終判断するとしており、実施するとしてもは2005年以降だという。
現在までに英国の血漿ドナー9例がvCJDを発症したことが分かっており,合計で23回血漿が献血され,献血された血漿は第8因子,第9因子,アン チトロンビン,静注免疫グロブリンG,アルブミン,筋肉内ヒト免疫グロブリンおよび抗D抗体の製造に用いられた。関連する血漿製剤による治療による vCJD感染のリスクの可能性は不明である。血漿製剤のレシピエントにおける症例はない。
2003年12月にvCJDにより死亡したドナーからの献血を投与された数年後のvCJDによる死亡例が発表されており,2004年7月には輸血関 連のvCJD感染の2例目の疑い例が確認されている。これら2例は血液および血漿製剤の感染性の可能性に関する懸念を増大させた。vCJDの医原性伝播の リスクの可能性(医療施設経由の疾患または感染の獲得)を低減するため,CJDIPは後にvCJDを発症した人からの輸血を用いて製造された血漿製剤を投 与された英国の幾人かのレシピエントに対し,特定の特別な公衆衛生的予防措置を講ずる必要があると勧告(血液,臓器または組織を提供しないこと,および内 科,外科または歯科治療が必要な場合は医師に告知すること,後に緊急外科手術が必要な場合には家族への告知を検討すること)する。
暴露した患者の感染の可能性のレベルを評価するため,CJDIPは,vCJD血液リスク評価および血漿製剤の特定のバッチがどのように製造されたか
に関する情報を用いる。CJDIPは,特別な公衆衛生的予防措置を講ずる必要のある可能性(High,Medium,Low)に従い,関連する血漿製剤の
各バッチを分類すること,vCJDのリスクのある患者に対する主な通知内容(筋肉内免疫グロブリンの投与を受けている患者はリスクがあるとみなされず措置
は必要でないことなど)についてなど記載。"
Hilton DA and others. Prevalence of lymphoreticular prion protein accumulation in UK tissue samples. J Pathol. 2004 Jul;203(3):733-9.
12674例(60%が20代)の虫垂あるいは扁桃切除標本を免疫組織化学で検索したところ,3例のリンパ組織中に異常なプリオン蛋白の集積像を認 めた.うち1例はvCJDのパターンで,2例はそれ以外のパターンだった.この頻度から単純に換算すると,最大で 10才-30才の英国人3800名の vCJD潜伏感染者がいることになるとしている.
いやあ,何とも言えませんね.虫垂あるいは扁桃切除が行われた年代も大きく関わるでしょうし,3例のうち1例だけがvCJDのパターンで,残りの2 例がそうではないという点もねえ.この人たちが全部発症するわけでもなし.とにかく潜伏感染があるということがわかった.それだけでしょうか.私は,最悪 のシナリオで5000人として,あちこちで喋っていたので(英国で5000人出ても,日本では一人の患者も出ない計算),3800人という数には,まあ, そんなもんでしょう としか感じません.
では,英国で輸血を全部禁止できるかというと,そんなことはできない.現実世界に生きる我々は,デジタルの判断では生きていけない.”落しどころは どこか”というグレーなアナログ判断が要求される.そこをばりばりの予防原則で押し切ろうとすると,遺伝子組み替え作物を拒否して,飢餓による死亡が増大 したアフリカ大陸のいくつかの国々や,DDT禁止によるマラリアの流行による死亡者増加の轍を踏むことになる.
輸血によると思われるvCJD感染の2例目例.2003年の第一例目診断確定の後,同じドナー由来 の供血から輸血を受けた受血者が17名が同定され,フォローアップを受けていた.今回の報告は,その17名中の1名で,1999年に輸血を受けて,5年後 に,腹部大動脈瘤破裂で死亡した.生前には神経学的症状はなかった.この患者のプリオン蛋白遺伝子の129番目のコドンは methionine/valineのヘテロだった.(full sequenceの分析は許可されず)
剖検では,
1.脳は1337gと正常重量であり,病的所見は認められなかった.ウェスタンブロットと免疫組織化学で脳,脊髄を検索したが,プロテアーゼ抵抗性のプリ
オンは認められなかった.
2.脾臓には,ウェスタンブロットと免疫組織化学の両方で,プロテアーゼ抵抗性のプリオンが認められ,ウェスタンブロットのパターンは既知のvCJDと同
様だった.免疫組織化学による局在は,脾臓の胚中心に認められた.
3.プロテアーゼ抗性のプリオンが認められたのは,脾臓と一部の頚部リンパ節に限られており,虫垂,大腸,扁桃,後根神経節,筋肉のいずれにも認められな
かった.
この論文が示したのは,
1.輸血でvCJDがうつること
2.潜伏感染ではあるが,プリオン蛋白遺伝子129番目のコドンがmethionine/valineのヘテロでも,輸血では感染すること
3.このような潜伏感染者から,輸血,手術などを通して医原性感染が広がる可能性があること
一方,いまだにわからないのは,ヘテロの潜伏期間が長くても.ついには発症するのか,あるいは一生発症しないで潜伏感染のまま留まるのかである.こ れは,時間がたたないとわからない.それも,5年,10年,あるいはそれ以上.私にとっては,わからないまま時がたつのが一番いい.いつまでもこのネタで 物が書けるからだ.
また,この症例報告では,2003年にNEJMで孤発性のCJDで,脾臓や筋肉にプロテアーゼ抵抗性のプリオンを検出したと同様の,リンタングステ
ン酸を用いた高感度ウェスタンブロット法とモノクローナル抗体が用いられている.従って,この報告から,vCJDでは,潜伏感染者でも,孤発性CJDと異
なり,中枢神経外組織にも感染性があるとは結論できない.
従来のプリオン除染法は,高度のオートクレーブ+強力なアルカリ/次亜塩素酸処理という,プラスチックやゴム,継ぎ目のあるような医療器具にはとて
もじゃないが適用できない処理だったから,従来の除染法が適用できない道具は全部ディスポにして,再使用できなかった.でも内視鏡なんかはディスポにでき
ない.そこで,もっと実用的な除染法はないかと考えた.著者らは,石炭酸,アルカリクリーナー,酵素クリーナー+過酸化水素蒸気といったいくつかの代替法
の効果を,ハムスターのスクレイピーを使ってin
vivoで検討したところ,こららの方法も,感染性を1万分の1以下に抑えた.
1999年から,英国では,国内の血液もしくは赤血球細胞の輸血による変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の伝播に対する予防措置として,白血球除去 を導入した。白血球除去の有用性を評価するために,スクレイピーに感染したハムスターの血液および商業用フィルターを用い,試験を行った。 American Association of Blood Banks(AABB)基準に従い血液細胞の回収および白血球細胞の除去を行ったところ,白血球数そのものは,1/1000近くになった.しかし,その血 液をハムスターの脳内に接種して残存感染力価を測定したところ,白血球除去した感染血液における伝達性海綿状脳症(TSE:平たく言えば感染性プリオン) 総感染力は,対照の半分以上(58%)も残っていた。白血球除去は血液から白血球細胞に関連したTSE感染力の除去には必要であるが,それだけでは血液感 染性のTSE感染力を除去するのに十分ではないことがわかったわけだ.そうなると残りの感染因子はどの成分にあるかという話になる.著者らは,血小板分画 にはないことを確認しており,現在,赤血球分画にても検討中ということだが,白血球分画以外の感染力価は,血漿が一番疑わしいと言っている.
参考→ポー
ル社 プリオン除去フィルターを開発
"AABB Weekly Report 2004年7月23日Vol.10 No.27 Industry News
Pall社が献血血液のためのプリオン低減フィルターについてのデータを提供:
スコットランドのエジンバラで開催された国際輸血学会年次総会(ISBT)において,Pall社が,フィルターの動物実験で献血血液中の感染性プリオンを
低減させる肯定的な結果がみられたと発表した。2005年春のヨーロッパでの発売が期待されているLeukotrap
Affinity Prion Reduction
Filterは白血球をろ過するのと同時に感染性プリオンもろ過する。ISBTにおいて発表されたデータによると,このフィルターは実験動物においてスク
レイピー・プリオンを低減させるという効果を発揮した。同社のスポークスマンによると,現在進行中の試験では献血血液中のその他の種類のプリオンの低減に
対するフィルターの効果を検討している。"
ProMED情報より
情報源:National Science Foundation,5月12日。
慢性消耗病(CWD)の病因に感染した動物の屍骸や排泄物で汚染された環境を介して,CWDが伝播される可能性があることを,研究グループが報告した。こ
の研究は、CWDが、感染したミュールジカと健康な個体の直接接触に加えて、環境中の感染源を介して間接的に感染伝播するのではないかという長い間考えら
れてきた仮説を裏付けるものである。CDCの発行する雑誌Emerging
Infectious Diseasesに先週オンライン掲載された国立科学基金National Science
Foundation (NSF)と国立保健研究所National Institutes of Health
の研究費によるCWD感染伝播に関するColorado州野生動物保護課Colorado
Division of Wildlife (DOW),Colorado州立大学(CSU)およびWyoming大学の研究者らの研究論文の紹介。
(2004年5月18日付け,2004年5月19日掲載)
こういう滅茶苦茶な相手に対して,全頭検査といっても絶対にやらないことはわかりきっている.何しろ相手は何万キロも離れた国に兵隊や飛行機を送り 込んで,ミサイルや爆弾を雨あられと降らせる国なんだ.双方の関係者は一体どころが妥協点だろうと思っているのだろうか?
イタリアの研究グループが,従来のBSEよりもよりヒトの孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病に近似した新型のBSEを確認した。彼らは,BSEウシ
8頭を検討し,そのうちの2頭が,神経病理学的にも,PrPscのウェスタンブロットのパターンという生化学面でも,孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病患
者によく似た脳障害を呈していたことを報告した。これが本当ならば,牛にもヒトと同じように,複数のプリオン病があり,共食いを介して爆発的に広がったの
は,そのうちの一つに過ぎないことになる.
vCJDは最も一般的な孤発性のCJDと違って,扁桃や虫垂など,リンパ組織にも高率に異常プリオンが証明される.だから,末梢血のリンパ球も異常 プリオンを持っている可能性がある.輸血を介したvCJD感染を裏付ける実験である.著者らは,BSEプリオンを脳内接種により感染させ,海綿状脳症を発 症したサルの脳味噌を,経口で5gを2匹のサルに,系静脈的に0.4,4,40mgの3用量をそれぞれ違ったサルに投与し,経過を追った.すべてのサルが 海綿状脳症を臨床的に発症して?(実はこの論文にはその症状ははっきり書いてない),死亡した.病理学的検索では,経口でも,経静脈的接種でも,全身の感 染型PrPの分布は大きな変わりがなく,脾臓や扁桃を中心としたリンパ網内系組織ばかりでなく,経静脈的接種の場合でも腸管粘膜下のパイエル板と腸管神経 叢感染型PrPは出現した.腸管,リンパ系組織に加えて,自律神経系を含む末梢神経:坐骨神経にも存在した.
ただし,潜伏期間は経静脈的接種の方が短く,経口で5gを投与したサルは,47ヶ月,51ヶ月で死亡したが,経静脈的に0.4,4,40mg注射し
たサルは,それぞれ,33ヶ月,38ヶ月,25ヶ月で死亡した.ちなみに同じモデルでの脳内接種の生存期間は20-33ヶ月である.
臨床現場では,輸血の他に,内視鏡や手術器具を介した感染リスクが問題になるだろう.
献血後にvCJD感染が確認されたドナー15例の献血血液を受けた48例について調査した結果,次のような例が判明した.白血球除去を行っていない 時代、96年に、62才の人が5パックの濃厚赤血球の輸血を受けた。そのうちの1パックが24才の人からだったが、そのドナー(供血者)は、3年4ヶ月後 に変異型CJDを発症した.一方、輸血を受けた(レシピエント)の62才の人も、6年半後に変異型CJDを発症した。なの,これらのドナー,レシピエント の二人とも剖検が行われ、診断は確定している。レシピエントの方は,62才という高齢(変異型CJDの患者の多くは20-30代で、62才というのはこれ までの139人の中で2番目の高齢)と,変異型CJDのごくまれな頻度から考えて、BSEagentの経口摂取という通常ルートではなく、vCJDの原因 は輸血が原因と考えるべきである。
参考→白血球細胞を除去フィルターは万能ではない:伝達性海綿状脳症感染力価の検討
これは,輸血によりヒトのプリオン病が感染したことを示す,初めての報告だ.たしかに,最も一般的な(それでも100万人に一人なのだが)孤発性の CJDと違って,vCJDは扁桃や虫垂など,リンパ組織にも高率に異常プリオンが証明される.だから,末梢血のリンパ球も異常プリオンを持っている可能性 がある.また,vCJDは非常にまれな病気だから,後に,vCJD患者と判明した人から輸血を受けた人がvCJDになれば,直接の因果関係がある可能性が 高い.英国MRC(Medical Research Council)のシニアメンバーは,各医学会に対し,輸血によってBSEに感染した可能性のある患者の正確な定義や責任を定義するのに段階を踏むように 喚起している。一方,英国政府は,vCJDの予防策として,1980年以降輸血を受けた人による献血の禁止を発表した.(2004年3月16日 ロンドン AP-TK・共同)
献血の資格を変更する新規予防措置は2004年4月5日より施行された。1980年以降に英国内で輸血を受けた人は今後献血ができなくなる。この追 加的な供血者選択基準はNational Blood Serviceを含む4つの全てのUK Blood Servicesで2004年4月5日から導入された。England's National BloodService は、このロスをすべての供血者の3.2パーセント(52000人)とを見積もった。
さらに英国では,2004年8月2日からは,下記の制限が加えられた.("CDR Weekly
Vol.14,No30 2004年7月22日News保健局(Department of
Health)によるクロイツフェルト・ヤコブ病最新情報:2004年7月22日,)
1.過去に輸血を受けたかどうか定かではない人
2.成分輸血も,通常の輸血と同様に制限対象となる
一方,米国赤十字ARCは,逆に規制緩和の方に向かっている.新方針は、1980年1月1日から1996年12月31日の間、合計3カ月以上 英国 に滞在し人からの供血を禁止するというものである。現行の方針では、1980年から現在までの英国に3カ月以上滞在した人からの供血を禁止している。この 規制緩和の方針は,vCJD患者数がすでにピークを過ぎたことから,96年以降の英国の規制により,96年以降はvCJDのリスクがそれ以前より明らかに 低くなっていると判断したからだろう.ただし,この規制緩和の方針は,まずFDAの承認を受けなければならず、承認されるのは2005年になるだろうと ARCは述べているし,上記の,輸血による二次性のvCJDの拡大の可能性の判断如何によっては,簡単に規制緩和というわけにはいかないかもしれない.
個人的には:90-92年に英国在住歴がある私の場合、疾うに輸血はできなくなっているが、この一件で、10年来登録している骨髄移植のドナーもお
役ご免になるのだろうか?もっとも、今年(2004年)年男なんで、お呼びがかかる可能性のある期間は、そんなに長くはないのだが。
つまり,生後2年未満の牛にBSEがないと思い込んでいたのは,そういう若い牛のBSEを診断するほど検査法の感度が高くなかっただけで,実は, もっと感度が高くなれば,生後2年未満の牛にもBSEが発見できるというわけだ.
考えてみれば,生後2年未満の牛にしかBSEがないというのはおかしなことだ,だって,生後間もなく汚染された飼料を食べることで感染するのだか
ら,飼料を食べた時点で感染は成立しているはずだろう.十分感度が高い検査法ならが,生後2年未満だろうが,それより若かろうが,病気は診断できるはずで
はないか.
では,この研究の意味するところは何だろうか?
1.脳外科手術ばかりでなく,外科手術の感染対策も変わってくるか?:脳や脊髄ばかりでなく,筋肉や脾臓にもプリオンがあるとしたら,腹部外科手術
や整形外科手術でもCJDに対する感染対策をしなければならないと考える向きもあるかもしれない.しかし,そのような感染対策は現実にはできないし,意味
がない.それは以下の理由による.
1)すでに発症しているCJDの患者さんを外科手術することは,現実には皆無.外科以外の観血的処置やベッドサイドの処置についても,すでに対策がなされ
ていて,現在の対策の元で医療従事者に孤発性のCJDが感染したという証拠はない.
2)この研究は剖検の際に採取した検体を使っており,無症状の時期にも,筋肉や脾臓にプリオン蛋白があるかどうかわからない.
3)もし,無症状の時期にも脾臓や筋肉にPrpScがあるとしても,それらの検体を扱った人に,孤発性CJDの感染リスクが生じるというデータがない.医
療従事者を対象にした疫学的データはむしろ否定的な結果を示している.つまり,外科医や病理医に孤発性CJDの発生率は他の対照集団と同様である.
2.筋肉にPrPScが検出できるとしたら,生前診断は可能か?:これも現実的とは思えない.というのは,この研究で使われたのは,前述のように剖 検で得られた検体で,しかも,4分の1の症例にしか検出できなかった.
3.罹病機関との関係:これも死後の検索の限界によって,わからないことが多すぎる.つまり,単に,長く生きたからPrPScが全身に広がりやすく
なったのかもしれないし,CJDの経過をより長くするような未知の因子を持った人には,脾臓や筋肉にもPrPScがたまりやすい何かが起こっているのかも
しれない.考察できるのはそんな程度である.
これは無細胞系での実験であり、プロテアーゼ感受性の正常プリオンを感染性プリオンに変換するプロセスをRNAが促進するということであって、感染 性プリオンの生成に核酸が必要だということではない。従って、プルシナーがノーベル賞を返上しなくてはならないという訳ではない。ではどんなRNAが特に ほ乳類のRNA標品がよくて、無脊椎動物のRNA標品は効果がなかったとのこと。
感染型プリオンの脳内の蓄積は、プリオン病の原因ではなく、単なる結果であることを示唆する論文です。感染型プリオンはアルツハイマー病のアミロイ ド蛋白と同じくβシート構造をとり、この蛋白が神経細胞死を起こすとされていました。しかし、感染型プリオンそのものの直接の神経毒性は、in vitroで証明できていません。
著者らは、今回、後天的なノックアウトともいうべき操作で、ある年齢(10-12週)まではプリオンが発現するマウスの脳内に感染型のプリオンを接
種して、野生型と同様、脳内に感染型プリオンが一杯たまった状態にしても(免疫組織化学で真っ茶色)、海綿状脳症も起こらないし、マウスも無症状で生き延
びることを証明しています。
このマウスでは、10-12週で働き出す(?)neurofilament heavy chainのプロモーターの支配下にあるCre
recominaseという酵素が、PrP(プリオン)遺伝子のcoding
sequenceを切り出すようになるために、10-12週以降、プリオン遺伝子が発現しなくなるそうです。この後天的なノックアウトというのは、私は初
めて知りました。
著者らは「プリオン病にとって重要な意味をもっているのはプリオンの蓄積ではなく、正常なプリオンから感染型プリオンへの変換過程だ」としていま
す。この変換によって有毒な副産物である中間体が作り出されるか、あるいは脳細胞の生き残りにとって極めて重要な因子が失われてしまうのではないかとのこ
と。
2003年11月6日Medical directors' bulletin 2003年11月号 第27号( 2003年11月12日)
The CNO Bulletin 2003年11月によると.
national tonsil archiveの変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の流行調査計画は2003年12月に開始される予定である.The
National Anonymous Tonsil Archive
(NATA)の研究は,2003年12月1日よりロンドンおよびイングランドの南東で扁桃の収集を開始する予定。ルーチンの扁桃摘出をうける10万人から
プロスペクティブに収集される扁桃組織を収集する。→詳細。
変異型CJDでは,脳の他に,扁桃,虫垂といったリンパ網内系組織にもPrPScが検出されるので,一時期,扁桃生検で生前診断を行おうとしたこと があったが,感度が悪い,つまり偽陰性が多いので,取りやめになった経緯がある.一方,孤発性CJDでは,脳脊髄以外にはPrPScが検出されないので, 生前の確定診断は不可能とされた.ところが,嗅粘膜の感覚上皮に,PrPScが検出されるというのだ.
しかし,この手の一見うまい話には気をつけなくてはならない.というのは,関係のない病気,あるいは健常な脳にも同じような所見が見られるかもしれ ないからだ.我々は,アルツハイマーで苦い経験がある.嗅球や嗅粘膜にアミロイドが出るだのτ(タウ)が染まるだの,生前診断に役立つだの,80年代終わ りから90年代はじめにかけて大騒ぎした時期があったが,その後,痴呆とは関係なく非特異的に若年者の健常脳でも染まることがわかってからはもう,誰も見 向きもしなくなってしまった.
Kishikawa M, Iseki M, Sakae M, Kawaguchi S, Fujii H. Early diagnosis of Alzheimer's? Nature. 1994 Jun 2;369(6479):365-6.
今回のNEJMの論文では,免疫組織化学だけではなく,ウェスタンブロットでも検討しているから間違いないと言いたいのだろうが,なぜ対照はわずか 11例しか検討していないのだろうか?信用するにはまだまだ早い.
Pepys MB and others. MHC typing in variant Creutzfeldt-Jakob
disease.
Lancet 2003;361:487-89
Lapianche J-L and others. HLA in Frenche patients with variant
Creutzfeldt-Jakob
disease. Lancet 2003;361:531-32
慎重な言い回しながらも,統計学的には,ピークが過ぎたことを示す証拠が明らかになってたという.BSEのピークが一つであり,vCJDの原因が BSE病原体に汚染された食べ物が原因であるとすれば,これから第二のピークが生じると懸念する科学的根拠はない.vCJDの犠牲者は結局200人になる かどうかだろう.私にとっては,英国から帰国後10年,vCJDの原因がBSEである可能性を英国政府が認めてから6年以上たって,ようやく一山超えた感 がある.これで,英国渡航歴のない日本人にvCJDが出ることはなくなったと考えていいだろう.しかし,被爆者が何年経っても発癌の恐れにおののくよう に,自分自身のvCJD発症の可能性はいつまでも消えないだろう.
このままでいけば,英国のvCJDは,ちょうど日本のスモン病や水俣病のように,その国固有の病気として,英国以外の他の国にはわずかな数の患者,
そして日本人には一人の犠牲者も出さずに,忘れ去られてしまうだろう.しかし,日本も大きな犠牲を払った.vCJD患者は出なくても,多くの命が失われ
た.釧路保健所の獣医師はもちろんのこと,牛畜産の生産,流通,小売業界で,経済的に追い詰められて自ら命を絶った人々も多いに違いない.
Ma, J., Wollmann, R. & Lindquist, S. Neurotoxicity and neurodegeneration when PrP accumulates in the cytosol Science 2002;298:1781-1785
正常なプリオン(PrP)は、小胞体(ER)で生産される。しかし,時々不良品(これは感染型のPrPscではなく,PrPの不良品).この不良品 は、ERの品質管理機構によって,ERから細胞質へ放出され、プロテアソームで分解される。 Lindquistらは、まず,いくつかの培養細胞系において,プロテアソームの働きを,薬剤を使って阻害したり,PrPプラスミドをトランスフェクショ ンして,細胞質だけにPrPがたまるようにした細胞を使って,誤った構造を持つプリオンが分解されずに細胞質にたまるようにすると,急速に細胞死を起こす ことを示した。 さらに、Lindquistらは,プリオンタンパク質がERでなく、細胞質で作られるようなトランスジェニックマウスを作成したところ,このようなマウス では、正常に発達した後,後肢麻痺と運動失調を起こした,神経病理学的には小脳萎縮,顆粒細胞層と分子層の萎縮とグリオーシスが見られたが,プルキンエ細 胞は残っていた.
Lindquistらはまた,細胞質に蓄積した正常なプリオンタンパク質が,自発的に変異型に変わることも実証した.
Ma, J. & Lindquist, S. Conversion of PrP to a self-perpetuating PrPSc-like conformation in the cytosol. Science 2002;298:1785-1788
そうなると,感染型プリオンが”病原体”なのか?感染型プリオンは神経細胞死の原因ではなく,処理しきれずに堆積した正常型プリオンなれの果てに過
ぎないのではないかという疑問が生じる.ただし,今回の研究は感染機構については明らかにしていない
本来ならば,脳生検には全て使い捨ての器具を使うべきなのだが,コストと使い捨て器具そのものの安全性の問題(英国では使い捨ての電気メスの出力過 剰で,一人が死亡する事件がすでに起こっている)があって,すんなりといかない.
汚染された器具を使われた患者さんに事実を知らせるのが遅れたことも問題視されているが,これもまた複雑だ.12週間もたってから.これほど遅れた のは,CJD委員会の指導を待つように言われたからだと病院側は主張している.実際に8月8日にCJDの診断が確定したのだが,委員会が開かれたのはよう やく10月17日だった.
しかし,ただ何でもかんでも知らせればいいというものではない.このような問題では,遺伝子診断と同様,いや,それ以上に,知らないでいる権利もあ るからだ.つまり,発症リスクが非常に低く,かつ数年以上先の発症で,かつ治療法がない病気だとしたら,あなたはその事実を知りたいと思うだろうか? 汚 染された器具を使われたと知らされて,20年以上懊悩しながら人生を送った結果,結局は発症せずに終わる可能性のほうがむしろ高いとなれば,そんなこと知 らずに生きていたほうがいいという人はたくさんいるだろう.
患者側ではすでに心的外傷に対して訴訟を起こす動きが見られるという.
Shneh Sethi and others. Postexposure prophylaxis against prion disease with a stimulator of innate
immunity. Lancet 2002; 360: 229-30.
プリオンは核酸を持っていないから生体の免疫反応がない.だから生体は異常プリオンを排除できないのではないか?もしそうだとしたら,異常プリオン を排除するような免疫反応を賦活したらどうだろうか?ミュンヘンのSethiらは,このような仮説を立てて,スクレイピープリオンに脳内接種したマウスを 使って実験を行った.彼らは,接種直後,あるいは接種7時間後に連続4日あるいは,連続20日間にわたり,細菌に対する免疫賦活作用があるCpG oligodeoxynucleotide 1826 を腹腔内投与した.すると,CpG oligodeoxynucleotide 1826 を投与しなかった対照群では,180日前後で死亡したが,連続4日間注射した群では生存期間が250日と,38%延長し,さらに,連続20日間投与した群 では330日たっても発症しなかった.この”核酸ワクチン”が治療手段として有望なのは,病原体に暴露された後からでも有効な可能性がある点だ.すでに発 症してしまったCJDに対してはおそらく無効だろうが,針刺し事故などの医原性感染の可能性があるケースには十分に試みる価値があるだろう.また,動物の プリオン病拡大阻止の手段としても,有望であろう.
Markus Glatzel and others. Incidence of Creutzfeldt-Jakob disease in Switzerland. Lancet 2002:360:139-140
スイスで,2001年に孤発性CJDの数がそれまでの2倍近くに増え,2002年に入っても,増え続けていることが問題となっている.あくまで,孤 発性CJDであって,vCJDではない.発症年齢,臨床像,プリオン蛋白のウェスタンブロット,病理組織,いずれをとっても孤発性CJDである.遺伝性, 医原性の原因も否定的である.つまり原因不明の孤発性CJD増加ということだ.BSEが原因であることを示唆するものは何一つないが,原因が何であれ,何 とも不気味な話である.
プリオン病の感染成立には,プリオン遺伝子以外のプレーヤーがたくさんいる.金子先生のprotein Xは(1)その代表選手だろうし,そのほかにも脇役がたくさんいるはずだ(2,3).感染性のプリオンが作られることばかりでなく,排泄破壊のシステムが きちんと働いていればプリオン病は成り立たない.何人かの役者と舞台装置がが揃ってはじめて感染が成立するということなのだろう.
だから,ヒトプリオン遺伝子だけをトランスジェニックにしただけでは感染しないし,18万頭あるいは100万頭もBSEが出て,はじめて100人だ の200人だのという患者数になるという,本当に稀な不幸な例がvCJDとなるのだろう.
1.金子清俊. Protein X 異常プリオン増殖に関与する新しいプレイヤー 。脳の科学、22:
743-749, 2000.
2.Immune gene linked to vCJD susceptibility. Science 2001 Nov
16;294(5546):1438-9.
3. Jackson GS, Beck JA, Navarrete C, Brown J, Sutton PM, Contreras
M, Collinge J. HLA-DQ7 antigen and resistance to variant CJD. Nature
2001
Nov 15;414(6861):269-70
そのRoy Anderson(*1)らが、今度は少し値切って、最大5万人を想定しているとの報告を出してきた.さらに,もし万が一BSEが羊に逆戻り(つまり羊が BSEにかかって,その羊から人間が感染する)していたとしたら、最大15万人が死亡すると彼らは推測している.
冗談じゃねえよ。こいつら、Scottishじゃねえな。Scottishなら、スコットランド名物のハギス(羊のモツ煮の腸詰)が穢れた食べ物だ なんて、口が裂けても言えないはずだぜ。
この種の推測は、常に最大限に悲観的なシナリオを積み重ねて結論を出すので、こういう途方もない数字が出てきてしまうのだが、羊にBSEがうつった という証拠はない。BSEの羊への逆戻りを否定する根拠をは少なくとも二つある。
1.羊にBSEがうつれば、症状ではスクレイピーと区別がつかないので、羊へのBSEの感染はスクレイピーの増加となって現れるはずだが、BSEの 大流行後10年を経た今日まで、スクレイピーの増加はない。
2.90年代後半、スクレイピーの症状を出した156頭の羊の脳を調べたけれども、BSEのプリオンは一例も検出できなかった。
また、Kaoらは(*2)、仮にBSEが羊にうつったとしても、最大限過去に1500頭、2001年には20頭以下であり、その規模から考えて、と ても牛のBSEのリスクの比ではなく、羊のBSEからvCJDが生じる可能性はないとしている。したがって、羊にBSEが感染し、その羊が原因でvCJD が発生する話は、結局空想科学小説にとどまるだろう。
ロンドン大学衛生学・熱帯医学とエジンバラ大学獣医疫学のチームは,vCJDの数は多くてもせいぜい数千だろうという予想を出している(*3).も し数千人以上の犠牲者が出るとしたら、vCJDの潜伏期間が人間の人生よりも長いと仮定しないといけないと彼らは結論している。
一方、エジンバラのCJD 調査本部を含めたグループは、臨床データと疫学的データを組み合わせた手法により、上記の2グループよりはるかに少ない 数を予想している(*4)。この論文では、vCJDが若年者に多いことに注目している。
1.vCJDには潜伏期間がある。平均潜伏期間は、長くても患者の平均年齢以上にはならない。(生まれる前に汚染食品を食べることはない)
2.若年者に多いなら、BSE病原体で汚染された食物を食べて、vCJDになりやすい年齢の限界があるだろう。たとえば、年齢が30歳以上ならば、たとえ
汚染食品を食べてもvCJDにはならない、というように。
3.BSE病原体で汚染された食物が市場に広く出回っていたのが、1980年から、特定危険部位を食用にすることが禁止になった1989年までである。
以上を考え合わせた上で疫学的な手法を使い、平均潜伏期間は16.7年(95%信頼区間は12.4−23.2年)、予想患者数は205人(最大限 403人)となる。この論文で注目すべき点は、発症年齢、診断時期、全経過年数といった、個々の症例におけるデータを勘案していることだ。vCJDの発生 予想数に関する従来の論文では、たくさんの悲観的な疫学的仮定を積み重ねた結果、大きな数字が出てしまっている。臨床家の私としては、個々の臨床的なデー タに基づいたこちらの予想の方が、はるかに現実的に見える。
上記いずれのシナリオが本当にせよ,あと,2−3年たてば、どの予想が正しいか、ほぼ勝負がつくだろうが、一つ確かなことは、vCJDが騒がれ始め た96年から今日まで、被害規模の予想数は常に値切られ続けてきたということだ。当初は、数百万人がvCJDで死亡するという、空想科学小説顔負けの荒唐 無稽な説が出たが、もはやそこまで言う人はいない。
* 1.Ferguson NM, Ghani AC, Donnelly CA, Hagenaars TJ, Anderson RM.
Estimating the human health risk from possible BSE infection of the
British
sheep flock. Nature. 2002 Jan 24;415(6870):420-4.
* 2.Kao RR, Gravenor MB, Baylis M, Bostock CJ, Chihota CM, Evans
JC, Goldmann W, Smith AJ, McLean AR The potential size and duration of
an epidemic of bovine spongiform encephalopathy in British sheep..
Science
295, 332-335. (2002).
* 3.d'Aignaux JN, Cousens SN, Smith PG Predictability of the UK
variant Creutzfeldt-Jakob disease epidemic.. Science 294, 1729-1731.
(2001)
4.Valleron AJ, Boelle PY, Will R, Cesbron JY Estimation of epidemic
size and incubation time based on age characteristics of vCJD in the
United
Kingdom.. Science 294, 1726-1728. (2001).
欧州滞在経験者は気になるところだが,01/06/27に行なわれた第2回疾病対策部会臓器移植委員会の議事録を見つけた.結 局は,献血と同じようにはせず,家族性CJDや硬膜移植の既往など,明らかなハイリスク以外には,まだ,ドナーになれるということになった.
実際の議論では,意見はほぼ真っ二つに分かれている.こういう率直な議論をネットの上で読めるようになったのは,素晴らしい.北本 哲之先生が参考 人として出席なさっている.
追伸:その後,2001年10月に,英国,フランス、ポルトガル、スペイン、アイルランド、ドイツ、スイスの7カ国の滞在経験者,
2001年12月 臓器移植禁止をベルギー、オランダ、イタリア滞在経験者に拡大した.詳しい経緯については,→こちら
再審請求
いやあ,面白いですね.痛快ですね.単名著者(2)の名は,GA Venters.
スコットランドの田舎町の保健所長のじいさんだ.こいつは,1978年以降,全然論文を書いてない.それが何を思ったか,ノーベル賞受賞者やエジンバラの
CJD
Surveillance
Unitの親分相手に(1),正々堂々と,nvCJDのBSE主犯説に反論し,再審請求している.Scots気質だね.論旨も立派なもんだ.天動説に対す
る地動説まではいかないかもしれないけれど,BSE起源説に対する95か条の意見書になるかもしれない.
といっても本人は至って冷静で,”牛の不治の病が経口感染で人間に移る可能性の重大さに鑑みて,みんなでその仮説をあせって立証しようとしたのは理
解できる.しかし,ここでもう一度冷静になって証拠の洗い直しをしてみよう.この論文はその出発点である"と述べています.
この論文 (2)の内容は非常にしっかりしています.主な論点は二つ
1.疫学的な観点:Food-borneの経口感染症のoutbreakの形としては,exponentialな増加が見られないこと.確かにはじ めてnvCJDが94年に見つかってから,いつ爆発的に増えるのかとはらはらしていたのですが,いつまでたってもだらだらとしか増加しない.その増加も紹 介例の増加と平行している.これは,nvCJDが新しい病気だからではなく,ただ単にそういう病気を見つけようとしたからだという傍証になります.
2.生物学的に決定的な証拠がない.特に最も大切な実験,すなわち,ヒトプリオンのトランスジェニックマウスへのBSE感染実験に失敗している:, この事実はこれまで大きく取り上げられていませんでしたが,nvCJD/BSE起源説の最大の弱点です.1999年のPNASのScottらの論文 (1)では,compelling evidenceと謳いながらも,ウシのプリオンのトランスジェニックマウスにヒトのnvCJDの感染が成功したと,トンチンカンな結果を述べているだけ で,肝心のヒトプリオンのトランスジェニックマウスへのBSE感染実験は失敗しているのです.(下記注参照)
もし,vCJDの原因が,本当にBSEならば,human PrP transgenic mouseへBSE 感染実験がどうしてもうまくいかない理由として,感染にかかわる原因がプリオンだけではなく,プリオンとは別の因子が必要で,その因子の種差が感染成立を 左右するとも考えられます.だから,PrP遺伝子と,そのもう一つの共役遺伝子の両方をhuman transgenicにすれば,BSEの感染が成立するのかもしれない.
Venters (2) はこの点を鋭く突いており,疫学的な観点と合わせて,nvCJDはBSE汚染食品の経口摂取によるものではなく,それまで見過ごされていた特殊な形の CJDを掘り起こしたに過ぎないのではないかと主張しています (2).傾聴に値する説です.Ventersは前述のScottらのPNASの論文 (1)(共著者には,IronsideとPrusinerという両巨頭も名を連ねています)を評して,”it is the wrong experiment-we do not feed human brain to cattle”と,強烈なパンチを見舞っています.この勝負,どうなるか,判定が下るには時間がかかりますが,見ものですなあ.生物学サイドの論点はすで に出ているのでいいとして,未だにはっきりしたことを言ってこない疫学サイドから,是非コメントが欲しいですね.→疫学サイドもデータを出してきました.
この論文は反響を呼び,賛同,反論,提案,さまざまな反応がありました.興味のある方は,BMJ のサイトをご覧下さい.エジンバラのCJD Surverlance Unitの大親分,Professor Robert G Willも反論を寄せていましたが,特に目新しい論旨はなく,上記の主要な論点二つをひっくり返すまでには至っていません.そ して,human PrP transgenic mouseに対するBSE感染実験不成功という指摘に対しては何ら反論していません.
注(2002/2/15):1997年のHillらの論文 (3)では,human PrP transgenic mouseへBSE agentを接種したところ,600日あまりの潜伏期間の後に,海綿状脳症が発症し,脳の病理学的変化もvCJDの接種例と類似していたとしている(ただ し病理学的変化のデータそのものは呈示されていない).しかし,彼らは,その脳からPrPscを検出できなかった.つまり, human PrP transgenic mouseへBSE agentの感染実験には成功していない.この点は,Scottら(1)もはっきり認めている.
1. Scott MR, Will R, Ironside J, Nguyen HO, Tremblay P, DeArmond SJ, Prusiner SB Compelling transgenetic evidence for transmission of bovine spongiform encephalopathy prions to humans.. Proc Natl Acad Sci U S A 96, 15137-15142. (1999).
2. Venters GA. New variant Creutzfeldt-Jakob disease: the epidemic that never was. BMJ 323, 858-861. (2001).
3. A.F. Hill, M. Desbruslais, S. Joiner, K. C. L. Sidle, I. Gowland, J. Collinge, L. J. Doey, P. Lantos. The same prion strain causes vCJD and BSE. Nature 1997;389:448-450.