2000年1月の雑誌New Scientistによれば,疫学的見通しでは,1999年のnvCJDが15例以内にとどまり(1999年11月末現在で9例),2000年も同程度の数であれば,nvCJDは今後,多く見積もっても1万4000例以下にとどまるだろうとのことである.当初懸念された何十万人もの犠牲者を出すような事態はどうやら避けられそうだ.
1999/2000年はそういう意味で転換点になる.今年2000年の末は少しはほっとした気持ちで迎えたいものだ.
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UK滞在経験者の献血拒否
99年11月16日,厚生省は,牛海綿状脳症(狂牛病)との関連が指摘される新変異型のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)が輸血や血液製剤を通じて感染する可能性を否定できないため、英国に1980−96年に通算6カ月以上滞在した人の献血を受け付けない方針を固めました。米国やカナダにならった措置で、中央薬事審議会で最終的な了承を得た上で日赤に協力を求め、2000年から実施する予定です.今回の決定の背景には,血液製剤によるHIV感染や,ヒト硬膜移植による医原性CJDに懲りて.合衆国の動きに素早く追随して徹底的に責任逃れをしたいという官僚の思惑が見え見えです.
この方針は99年6月28日の中央薬事審議会血液製剤特別部会ですでに議論されていました.合衆国とカナダに追随するという方針がすでにここでほぼ決まっていました.同部会では,献血できなくなる人間の数は2万人以下で,合衆国やカナダと異なり,献血業務には大きな影響はないだろうと判断しています.今回の処置は滞在時期,期間のみが基準になっており,滞在中どんな生活をしていたかは全く関係がありません.
輸血でCJDがうつるという科学的証拠はありません.→下記WHOの見解参照.また,これまで報告されているnew
variant CJDの患者はフランス人の二人を除いてすべてUK nativesであり,滞在経験のみの外国人に発症した例はありません.このフランス人のうちの一人はボディビルダーで,牛の脳から抽出した下垂体ホルモン(正規の医薬品ではない民間薬)を使っていたために感染した特殊な例と考えられています.(New
variant Creutzfeldt-Jakob disease and bovine pituitary growth hormone.
Lancet1998;351:112-113.)
今後懸念される問題はUK滞在経験者に対する差別で,例えば生命保険の加入で差別されるようなケースです.
私自身のことになりますが,これまで十数回にわたって行ってきた献血が行えなくなるばかりでなく,現在ドナー登録している骨髄バンクからもご遠慮願うという知らせがいずれ来ることになるのでしょうか.臓器のドナーにもなれないのでしょうか.英国留学というステータス(?)が一転して汚い奴というレッテルに変わるわけです.
参考→ヒト血液製剤によるCJD感染の可能性についてWHOの見解(UKに住んでいた奴はみんな汚い奴だから献血をしてはいかん,とは言っていない)
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清く正しく美しく
PrPCを本来あるべき場所である小胞体ではなく,細胞質に発現させるとPrPScになる.また,還元状態,glycosylation阻害状態にすると,やはりPrPCがPrPScになってしまう.つまり,PrPCがそのままでとどまってPrPScにならないためには,PrPCが特定の酸化還元状態で正常なglycosylationを受け,正しいtrafficのもとで小胞体でprocessingを受けることが必要だということになる.となると,”特定の”酸化還元状態とか,”正常な”glycosylationとか,”正しい”trafficとは一体何かということになる.
Jiyan Ma and Susan Lindquist. De novo generation of a PrPSc-like conformation in living cells. Nature Cell Biol 1999;1: 358 - 361
酵母の[PSI+]因子の複製は,プリオンと同様にprotein-onlyで行われるらしいと推測されているが,その分子機構はほとんどわかっていない。[PSI+]を決めるタンパク質Sup35と、PrPとは相同性はないが、どちらにもオリゴペプチドの不完全な5回の反復が存在する。Sup35ではPQGGYQQYNであり、PrPではPHGGGWGQである。著者らは野生型のSUP35遺伝子を反復部分の伸長した変異型に置き換えると、新たな[PSI+]因子が誘導されることを見出した。in vitroでは、変性させた反復伸長型ペプチドはβシート型の立体構造をとり、野生型のペプチドに比べるとはるかに速く高次構造をとる。果たしてプリオン病との関連や如何に.
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プリオンの変身
Gudrun Wildegger, Susanne Liemann & Rudi Glockshuber. Extremely
rapid folding of the C-terminal domain of the prion protein without kinetic
intermediates. Nature Structural Biology 1999;6:550-3.
マウスのプリオン(mPrP)は本来の折りたたまれた構造をゆるめて、たたまれていない状態になり、それから数ミリ秒以内に再びきちんと折りたたまれた状態に戻るのを定期的に繰り返していると考えている。この折りたたみ直しの速度は今までに知られているものの中では最も速いものの1つである。しかも、構造の切り替えがこのようにきわめて速く行われるので、たたまれた構造からほどけた構造へ移行する際の中間的構造はほとんど存在しないと考えてよいらしい。
これからの神経科学者の相手は核酸ではなく,蛋白質の物理化学のようだ.
Radford SE. Dobson CM. From computer simulations to human disease: Emerging themes in protein folding. Cell. 97(3):291-298, 1999 Apr 30.
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プリオンのconformationそのものが問題
J. A. Mastrianni and Others. Prion Protein Conformation in a Patient
with Sporadic Fatal Insomnia. N Engl J Med 1999;340:1630-1638.
Parchi P and others. A subtype of sporadic prion disease mimicking fatal familial insomnia. Neurology (in press)
致死性嗜眠症は家族性に発生するが,その孤発例が見つかった,この例ではPrP遺伝子の変異はなかったが,プリオンのconformationが家族性と同様に変化していた.ということは,PrP遺伝子の変異が致死性嗜眠症の直接の原因ではなく,翻訳後のプリオンの修飾,もっと具体的に言えば糖鎖の付き方が問題だということだ.また,この論文,ならびに間もなく出るNeurologyのParchiらの論文で,PrPの糖鎖の数が二つ,一つ,なしの三つのタイプの割合が,致死性嗜眠症でも家族性と孤発性では異なっていることもわかった.
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まずは一息
(下記,偶然か予兆かを参照)UK
CJD Surveillance unitによれば,1999年第一四半期に新たに報告されたnvCJDは一例にとどまった.BSEが猖獗を極めていた時期にスコットランドに滞在していた身にはほっとする知らせである.
Tragedy of variant Creurzfeltd-Jakob disease. Lancet 1999;353:939.
Will RG and others. Death from variant Creurzfeltd-Jakob disease. Lancet 1999;353:979.
(部位や手術のやり方に関係なく)外科手術と農場近辺の在住や農場で長期間働くことがCJDのリスクファクターになるという.(この研究がスクレイピーやBSEのないオーストラリアで行われたということに注意).農場はともかく,外科手術がリスクになるというのは穏やかではない.nvCJDでは扁桃や虫垂にPrPscが認められるのだが,普通のCJDにはそのようなことはないから,組織からの汚染とは簡単には考えにくいのだが・・・.一方,輸血,血液透析,化学療法,臓器移植,歯科治療,それに1980年代の英国滞在,血縁者の痴呆はリスクファクターにならなかった.
これまでvCJDの生前診断は脳生検によるしかなかったわけだが,リンパ組織である扁桃腺を生検し,組織学的あるいはウェスタンブロットでPrPscを検出することによって診断できることがわかった.vCJDの扁桃に見出されるPrPscはvCJDの脳に見られるtype 4のパターン(Bruceらの論文参照)とも異なる新たな型のPrPsc,type 4tだった.さらに,vCJD以外のC伝染性海綿状脳症の扁桃にはPrPscは認められなかった.
以上より,
1.vCJDでは扁桃生検で生前診断が可能である
2.vCJDの病理発生は他の海綿状脳症とは異なることが示唆された.
マウスへのscrapieの接種後7時間後にpentosan polysulphateを投与すると潜伏期間の延長が認められた.pentosan polysulphateは合衆国で間質性膀胱炎の治療薬として認められている薬である.
英国の一部メディアで牛脂加工工場周辺にnvCJDが集積していると報じられたが,そのような事実は認められない.(理にかなった結論だ.センセーショナルなメディアが原因を解明できるほど,nvCJDの伝播プロセスが簡単だとは思えない)
new variant CJDを発病する8ヶ月前に手術により切除された虫垂においてプリオン蛋白が確認されたのだ (1)。このことから英国ではプリオン蛋白の感染率を調べるために、切除された虫垂を使って全国規模の調査が行われる可能性が出てきた (2)。nvCJDの潜伏期に、リンパ組織が豊富な腸管でプリオン蛋白を確認すれば、どのくらいの人々が感染しているのかがわかり,ひいては今後の患者数や平均潜伏期間がわかる可能性がある。
1. Hilton DA, Fathers E, Edwards P, Ironside JW, Zajicek J. Prion immunoreactivity in appendix before clinical onset of variant Creutzfeldt-Jakob disease. Lancet 1998; 352: 703-4.
2. Williams N. Creutzfeldt-Jakob disease - Britain hunts down CJD epidemic in removed appendixes. Science 1998;281:1422-1423.
そうなるとNew variant CJDの臨床診断は非常に困難で,脳生検か剖検によるしかないということになります.
Farquhar CF. Somerville RA. Bruce ME. STRAINING THE PRION HYPOTHESIS. Nature. 391(6665):345-346, 1998 Jan 22.
1. DeArmond SJ, Sanchez H, Yehiely F, et al. Selective neuronal targeting in prion disease. Neuron 1997;19:1337-48.
2. Kaneko K, Zulianello L, Scott M, et al. Evidence for protein X binding to a discontinuous epitope on the cellular prion protein during scrapie prion propagation. Proc Natl Acad Sci USA 1997;94:10069-74.
新 竜一郎さんのコメント
98年のウイルス学会に先生が考えられたものとかなり似たことを述べていた演題がありました.それはマウスにアダプトしたスクレイピー株をハムスターに接種し,それをハムスターでさらに継代を繰り返していくと潜伏期が短くなるだけでなくPrPScの糖鎖の修飾パターンがマウス型からハムスターにアダプトしたスクレイピー株に似たタイプに変化するというもので,演者らはその結果から(1)プリオンが細胞のPrPCの糖鎖修飾過程に影響を与える(2)PrPScに変換後,あるいは変換中さらに糖鎖の修飾が起こるという2つの可能性を挙げていました.しかし私は上記の可能性よりもPrPCからPrPSCへの変換過程で糖鎖結合の違いにより変換されやすさが異なり,それがこれらの現象を導いているのではないかと考えました.このことは非常に重要な問題だと思われましたが,聞き逃されてしまったのかウイルス学会では彼等の結論に関する質問は全くありませんでした.プルシナーらは糖鎖修飾が起こる場所は小胞体からゴルジ体にかけてであり,PrPScへの変換はPrPCが細胞膜表面に出た後に起こることから変換過程ならびに変換後に糖鎖の修飾が起こる可能性は考えにくいと述べています.
プリオン蛋白はN末端で銅に結びつき,Cu-metalloproteinの形で存在する.このためPrnp(0/0)マウスでは脳内の銅の含量が少なく,copper/zinc superoxide dismutase活性も低い.
Korth C and others. PRION (PRPSC)-SPECIFIC EPITOPE DEFINED BY A MONOCLONAL ANTIBODY. Nature. 390(6655):74-77, 1997 Nov 6.
もしも感染型のプリオンに特異的な抗体ができれば,CJDの診断が格段に進歩するはずだが,正常のプリオンと感染型のプリオンでは一次構造が同じなので感染型に特異的な抗体を作ることは非常に難しかった.Korthらの作った15B3という名のモノクローナル抗体は,ヒト,牛,齧歯類いずれのPrPScをも認識するが,正常のPrPCとは反応しない.15B3はPrPScのintramolecular あるいはintermolecular rearrangement(この言葉が具体的に何を意味するのかわからないが)のepitopeを特異的に認識すると考えられる.
では脳にさえ正常のプリオンがあれば,その脳は海綿状脳症になるのか?答えは否である.ことをBlattlerらは示した.彼らが行った実験は次の通りである.プリオン遺伝子のノックアウトマウスに対し,
1.脳の中には正常プリオンが発現している脳組織を移植しておく.
2.骨髄移植によって,リンパ球系にだけには正常プリオンが発現するようにしておく.
このようにしてモザイク状に正常のプリオンが発現したノックアウトマウスに対し,腹腔内,あるいは静脈内にスクレイピーのプリオンPrPscを接種した.その結果,ノックアウトマウスの脾臓にはPrPscの感染が成立したが,脳内の移植片には海綿状脳症が出現しなかったのだ.
話がややこしくなったが,要は,プリオン病に感染するためには,脳や骨髄・リンパ網内系にだけプリオンがあってもだめで,それ以外の末梢組織にプリオンが発現していることが必要だと言うことである.
消化管から入ったプリオンがどうやって脳まで到達するのかはよくわかっていない.これまでの仮説では,消化管のリンパ系に橋頭堡を築いたプリオンが,血流に乗って脳まで到達するのだろうという推測がもっぱらだった.しかし,この仮説ではBlattlerらの実験結果を説明できない.彼らの実験結果を踏まえると,脳や骨髄・リンパ網内系以外の組織,例えば血管内皮のプリオンの発現が感染成立に必要だということになる.
この論文とは別に,重症複合型免疫不全のマウスはBSEに抵抗性だという研究がある.Brown KL, Stewart K, Bruce ME, Fraser H. Severely combined immunodeficient (SCID) mice resist infection with bovine spongiform encephalopathy. Journal of General Virology 1997.
新 竜一郎さんのコメント
Blattlerらはこの脳移植片を用いた実験でこの移植片のBlood Brain Barrierは破壊されていることをしめしています.そのことから考えると脳血管内皮を介して伝達される可能性よりも末梢神経を介していくルートのほうが可能性が高いと思われます.しかしBBBが破壊されていようがいまいが,一旦血管内皮細胞に感染しなければ脳内に伝達されない可能性も否定できません.おそらく今されているかもしれませんが,神経細胞特異的にPrPを発現されたTgマウスがすでに作成されており,それをバックグラウンドをノックアウトにし,正常マウスのB細胞を移植して腹腔内にプリオンを接種して発症するかしないか見ることである程度答えが出せるのではないかと考えています.
M. E. Bruce, R.G. Will, J. W. Ironside, I. McConnell, D. Drummond, A. Suttie, L. McCardle, A. Chree, J. Hope, C.Birkett, S. Cousens, H. Fraser, C. J. Bostock. Transmissions to mice indicate that 'new variant' CJD is caused by the BSE agent. Nature 1997;389:498.
A.F. Hill, M. Desbruslais, S. Joiner, K. C. L. Sidle, I. Gowland, J. Collinge, L. J. Doey, P. Lantos. The same prion strain causes vCJD and BSE. Nature 1997;389:448-450.
いずれも,BSEが希ながら人間に感染することを示唆する論文である.潜伏期間,臨床症状と経過,神経病理学的変化,感染性のプリオンの生化学的性質,以上のいずれの点でも,変異型CJDはあらゆるタイプのヒトのCJDとは異なる一方,BSEと非常によく似ていると結論している.
一方はBSE/CJD研究の牙城,エジンバラ大学はMoira Bruceという,いかにもスコットランド人らしい名前の研究者とその仲間達による,地味な感染実験である.変異型CJDを感染させた野生型マウスの潜伏期間,臨床症状,神経病理学的変化(詳細は後日発表されるとのこと)は,いずれもBSE(あるいはBSEを感染させたネコ,羊,やぎ,ブタ)の脳を接種,感染させたマウスによく似ている.一方,その他の様々なタイプのプリオン病(BSE出現以後と以前の孤発例のCJD,スクレイピー)とは潜伏期間も,症状も,病理学的変化も異なる.
もう一方はおなじみJohn Collingeのラボである.彼らはhuman PrPのトランスジェニックマウスへの接種実験を行い,感染の現れ方を様々なタイプのプリオン病で比較した.その結果,変異型CJDとBSEは,ヒトのプリオンを発現させたトランスジェニックマウスにも野生型のマウスにも感染するとしている.しかし,human transgenic mouseへvCJDを接種した場合の潜伏期間が228日に対し,BSEの場合が602日と,潜伏期間が3倍近くになっている.一方,Bruceらの論文(上記)では,野生型マウスへ接種したBSEとvCJDの潜伏期間は同じだとしている.Bruceらは,この潜伏期間の同一性を,BSEがvCJDの原因であるとする根拠にしている.BSEとvCJDの潜伏期間についてのこれら二つの論文における結果の違いの原因は不明である.
さらに,Hillらの論文の最大の問題点は,BSE agentを接種後,病気になったと主張するhuman PrPのトランスジェニックマウスの脳からPrPscを検出できなかったことにある.つまり,human PrP transgenic mouseへBSE agentの感染実験には成功していないのである.
今回の二つの研究では,今後変異型CJD患者の数がどんどん増えていくのかどうかはわからない.マウスの,それも脳内接種という,ヒトでは現実にはありえない感染様式での潜伏期間をそのまま人間にあてはめるわけにはいかないからだ.現時点では患者は20人と少数にとどまり,爆発的に増加しているわけではない.しかし,この20人はたまたまBSEに感受性の高い,潜伏期間が短いケースで,大多数の例では潜伏期間が20年とか,30年とかだとしたら・・.
せめて変異型CJDの発症者のリスクがわかればと思うのだが,それもわからない.これまでの20人の患者のプリオン遺伝子に変異があったというわけではないし,彼らが特別な食生活をしてたというわけでもない.そもそも変異型CJDの患者がどうしてみな40才以下なのかもわかっていないのだ.BSEが猖獗をきわめた時期に英国で牛肉をたらふく食べた一人として,変異型CJDの患者数の推移にはまだまだ目が離せない.
(発症前の)CJD患者からとった血液製剤の回収がしばしば報道されているが,血液を介してCJDが感染するかどうかは,実は明かではない.1985年にマウスの脳にCJD患者の血液や尿を注射してCJDが発症したとする報告 (1, 2) があったが,追試の結果,確認されていない (3).
一方,プリオン病を起こさせた動物の血液を調べると,感染性を持っているのはリンパ球,単球であり (4, 5),多形核白血球,赤血球,血小板,血清には感染性はないと考えられる.
輸血後にCJDが発症したという症例報告は散見されるが (6),そのCJDの原因が本当に輸血かどうか,確たる証拠があるわけではない.というのは,医原性のCJDと,医療行為とは関係のない散発性のCJDとをはっきり区別する方法がないからだ.
60才前後というCJDの好発年齢(輸血が原因ならば,いかに潜伏期間が長くても,好発年齢がもっと若くなるはず),家族発症以外の集団発生例がないこともCJDが輸血で起こる可能性を支持しない.
Case control studyでも,対照群とCJD群の間で輸血の頻度の差は認められなかった (7-11).米国では血液製剤の注射を頻繁にする血友病患者126人にこれまでCJDの報告はないという.
CJD患者が発症前に献血した血液を輸血された人を追跡した研究もあるが,CJD発症の例はない.
結局,現在のところ,輸血でCJDがうつるという確たる証拠は今のところない.しかし,リンパ球には確かに感染性があり,輸血にでCJDがうつる可能性は完全には否定できない.
1. Manuelidis EE, Kim JH, Mericangas JR, Manuelidis L. Transmission to animals of Creutzfeldt-Jakob disease from human blood. Lancet 1985;2:896-7.
2. Tateishi J. Transmission of Creutzfeldt-Jakob disease from human blood and urine into mice. Lancet 1985;2:1074.
3. Brown P, Gibbs CJ, Rodgers-Johnson P, Asher DM, Sulima MP, Bacote A, et al. Human spongiform encephalopathy: the NIH series of 300 cases of experimentally transmitted disease. Ann Neurol 1994;44:513-5.
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10. Harries-Jones R, Knight R, Will RG, Cousens S, Smith PG, Matthews WB. Creutzfeldt-Jakob disease in England and Wales, 1980-1984: a case-control study of potential risk factors. J Neurol Neurosurg Psychiatry 1988;51:1113-9.
11. Esmonde TFG, Ireland BN, Will RG, Ironside J. Creutzfeldt-Jakob disease: A case-control study. Neurology 1994;44:A193 (Abstract 260P)
Raymond GJ.Hope J.Kocisko DA.Priola SA.Raymond LD.Bossers A. Ironside J.Will RG.Chen SG.Petersen RB.Gambetti P.Rubenstein R. Smits MA.Lansbury PT.Caughey B. MOLECULAR ASSESSMENT OF THE POTENTIAL TRANSMISSIBILITIES OF BSE ANDSCRAPIE TO HUMANS. Nature.388(6639):285-288, 1997 Jul 17.
1996年3月20日から一年.特にめざましい変化はなかった.非定型的CJDの患者数が激増したわけではない.神経病理学的に診断が確定した非定型的CJDは,これまで英国で14例,フランスで1例報告されただけだ(1).変化があったとすれば,それは人々の受けとめ方が,より冷静になったということだ (2).
最も目立ったのはCollingeらの報告(3)だった.それは非定型的CJDとBSEの結びつきを強く疑わせるものだった.それは1996年3月20日の英国政府の発表よりも,もっと深刻なニュースだったのだが,英国国民はそれを冷静に受けとめた(1).確かに,英国政府の取った対策は遅きには失したが,対策の内容そのものは適切なものだったことをようやく理解したからだろう.その証拠にBSEは激減している.一方,これまできわめて難しかった非定型的CJDの生前診断が可能になりつつあるので(1),非定型的CJDの数の,より正確な数が早く把握できるようになるかもしれない.
狂牛病は人間にうつるのかという問いに対して,一年前は”否定しきれない”という程度のコメントしかできなかった.この一年の経過観察と研究の結果から判断すると,どうやら,非常にまれにだが,うつる可能性があると考えるべきだろう.ただしその確率が,宝くじに当たる可能性なのか,道を歩いている時に車にはねとばされる可能性なのか,まだ誰にもわからない.
しかし,もしBSEが人にうつるとしても,原因となった食物は1989年の規制以前のものだろう.現在食用に供されている牛由来の食品の安全性ははるかに高くなっていると考えられる.今後,BSE感染が疑われる非定型的なCJDの数が増えるかどうか,さらに注意深く観察する必要がある.
1. Hill AF, Zeidler M, Ironside J, Collinge J. Diagnosis of new variant Creutzfeldt-Jakob disease by tonsil biopsy. Lancet 1997;349:99-100.
2. Dickson D. A sane response to mad cow link. Nature Medicine1996;2:1284
3. Collinge J, Sidle KC, Meads J, Ironside J, Hill AF. Molecular analysis of prion strain variation and the aetiology of 'new variant' CJD. Nature 1996;383:685-90.
Hill AF, Zeidler M, Ironside J, Collinge J. Diagnosis of new variant Creutzfeldt-Jakob disease by tonsil biopsy. Lancet 1997;349:99-100.
Creutzfeldt-Jakob Disease in the United States, 1979-1994: Using National
Mortality Data to Assess the Possible Occurrence of Variant Cases.
Authors: Robert C. Holman, Ali S. Khan, Ermias D. Belay, and Lawrence
B. Schonberger, Centers for Disease Control and Prevention, Atlanta, Georgia
USA
Abstract: After a cluster of Creutzfeldt-Jakob disease (CJD) cases
among unusually young patients was reported recently from the United Kingdom,
we examined trends and the current incidence of CJD in the United States.
We found that the age-adjusted CJD death rate in the United States is similar
to published estimates of the crude incidence of CJD worldwide and has
continued to be stable from 1979 through 1994. The number of CJD deaths
in persons <45 years of age remained stable during this period. We found
no evidence of the variant form of CJD. [Emerging Infectious Diseases 2(4):333-337,
1996. Centers for Disease Control]
Creutzfeldt-Jacob(CJD)病患者の髄液中には130と131という蛋白が存在することが1986年からわかっていたが,この蛋白を実際の臨床で効率よく測定する方法がなかったので,多数のCJDと非CJDの神経疾患で測定し,特異性と感度を検討した研究がなかった.著者らはこれらの蛋白が14-3-3蛋白という脳の蛋白であることを突き止め,その免疫測定法を開発し,各種神経疾患の髄液で測定した.その結果CJD71例中68例で14-3-3が陽性だった.一方アルツハイマー病を含む他の痴呆性疾患94例では,4例に認めたのみで,しかも,そのうち3例は急性の脳血管障害を伴っていたので,これらの例を除外できるとすれば,14-3-3によるCJDの診断の特異性は99%となる.一方,痴呆のない他の神経疾患では,急性の脳血管障害,ヘルペス脳炎でほぼ全例に髄液中の14-3-3が陽性となった.以上より,臨床的に痴呆が明らかな例では髄液中の14-3-3は,極めて有用なCJDのマーカーとなりうるが,痴呆の明らかでないケースでは特異性がないと結論できる.
Nature 96/10/24号の論文 (letterではなくarticle扱いです):BSEへのヒトへの伝播を裏付けるデータが出ました.ロンドンのSt Marys Hospitalが中心となったグループが,ヒトの各種のCJDとマウス,ネコ,サルへのCJDならびにBSEの感染動物のプリオン蛋白をウエスタンプロットにで解析しました.その結果新型の異型CJDのウエスタンブロットのパターンは,遺伝性,孤発例,および医原性といったいかなる形のCJDとも異なるばかりでなく,実験的にBSEを感染させた脳のプリオンのパターンと酷似しているというものです.