頭脳パンの復活

頭脳パンの教祖,慶應大学医学部生理学教授,林髞(たかし)は発想のすぐれた研究者でした.(一夫二婦制なんかも提唱したんだそうな.一夫多妻制では金が持たないと考えたのだろう).一世を風靡した調味料,味の素の主成分であるグルタミン酸が,脳の中で神経細胞の間の連絡役を務めていると,世界に先駆けて提唱したのは彼でした.しかし,すぐれた発想の持ち主はしばしば自分の発想におぼれて他のことが見えなくなります.頭脳パンは彼の発想の滑稽な副産物でした.その副産物も彼の死ととともに30年以上前に消え去ったはずでした.それが近年にわかに復活したのはなぜでしょう.

衣食住が満たされると,次に出てくるのはいつまでも健康でいたいという切実な願望です.その願望は医学を頼ります.大多数の人は,医学は人間も病気も知っているという大いなる幻想を持っています.実は,”現代医学”では,人間の体の働きも病気の仕組みも全然わかっちゃいないのです.しかし,現代医学に対する幻想を持っていないのは,医者の中でも少数派です.そしてこの幻想に呪術がつけ入る隙があるのです.

幻想を持っている人々をだますには大した仕掛けは要りません.”脳の中にはビタミンB1がたくさんある,だからビタミンB1をたくさん食べれば頭がよくなる”といった子供だましの単純なテーゼを繰り返し吹聴するだけです.そういった根拠のない単純なプロパガンダを無批判に受け入れた結果の象徴が,一連の抗菌製品,健康食品,自然食品,ビタミン崇拝の氾濫であり,ベストセラーとなった脳内モルヒネ本です.このような無批判な受容が単に商品に留まるのなら各人の財布が傷むだけですが,政治で同じ現象が起これば我々の生命が危うくなります.

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