ワールドカップとしての臨床

臨床現場に関してnegativeなことばかり報道されるので,これからも優秀な人材が臨床から流出し,また臨床を希望する若い人もどんどん少なくなっていくのではと懸念している.

医師としての一時期,遺伝子や培養細胞や動物を相手に基礎研究に没頭することは,それはそれで意義のあることだし,一部の才能に恵まれた人が基礎医学の道に進んで業績を上げることも素晴らしい.しかし,大部分の医師は中長期的に臨床現場で働くことになるし,またそうしなければ,医療サービスがますます貧しくなってしまう.

どうせやるなら,やりがいのある仕事にしたい.意識障害の診断におけるバイタルサインの意義に関してBMJに書いた一番の目的も,臨床の面白さを,実例を示してわかってもらうことだった.私には,海外での臨床経験がない.そんな私でも,BMJに書けた.米国で臨床経験を積まなければ臨床という世界共通語を使う資格がない,なんてわけではもちろんない.アメリカだけがすべてではない.

人間のいるところならどこでも医療がある.医療の普遍性は,ワールドカップで世界中が熱狂するサッカー以上だ.臨床現場で地道に働くことが,サッカーのワールドカップみたいに,経済力とか,言語とか,肌の色とかに関わりない国際試合に参加することになる,私はそのことを証明したかったし,これからもそういう仕事をしていきたい.

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