障害の使い方

吃音障害を抱えた医学生とのやりとりです
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池田正行先生
今までは自分の障害にただ悩むだけでしたが、今回のお話しと、先生もADHDをお持ちとのお話で、今後は自分自身に対して前向きに考えることができそうです。
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どんな「障害」でも「使えるところ」があります。たとえば「吃音障害」ですと、ちょと考えただけでも:
●ゆっくり落ち着いて話そうとするので、話が聴きやすくなり、特に医師のような職業だと、相手が安心してくれる。
●自分自身が喋るよりも相手の話に耳を傾けようとする、聴き上手になれる。
●言語性のコミュニケーションに全面的に依存せず、非言語性のコミュニケーションにも上達しようとする
●沈黙の使い方がうまくなる(医療面接では、沈黙が上手く仕えるようになったら一人前です)
といった「使い方」が挙げられます。

こういう助言がすぐにできるのも、私が自分自身の障害(注意欠陥多動)を自覚しているからです。つまり:
1.「障害=その全てが自分の人生の邪魔をする忌まわしい物」であるという「妄想」から解放され、「自分の障害をどうやって使って幸せな気分になっていくか」という課題を意識できる。
2.注意欠陥多動は吃音障害とは逆に
●そわそわして落ち着きがなく、話が早口で非常に聞き取りにくい
●自分だけやたらとしゃべりまくって人の話を聴こうとしない
●言語性のコミュニケーションに全面的に依存して、非言語性コミュニケーションの価値に気づけない
●コミュニケーションにおける沈黙の価値に気づけない
といった問題点を抱えているので、対岸から見た吃音障害の使い方がよくわかるのです。
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追伸:ヘルムート・ヴァルヒャ(Helmut Walcha)は1907年に生まれ、1938年に31歳の若さでフランクフルト音楽大学の教会音楽家教授となり、1939年に32歳で結婚し、バッハの鍵盤作品を全て暗記し、1946年、フランクフルトのドライケーニヒ教会オルガニストに就任し、バッハのオルガン曲全曲録音を2度にわたり完成しました。(Wikipediaより)

彼は、なぜナチ党員にもならず、国外脱出もせず、東部戦線にも行かずに済んで、演奏家として後世に残る仕事ができたのでしょうか?それは、彼が全盲だったからです。

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