Massie Ikeda:smoker

喫煙者残酷物語

医者の頭の中はいつもどうやって責任逃れをするかということで一杯だ.都合の悪いことが起こると,患者に対してあんたが悪いと言い,そうでなければ病気が悪いと言って,絶対に自分が悪いと言わない.医者の技術というのは,どうやってうまいスケープゴートを見つけるかにかかっている.

もっとも頻繁に使用されるスケープゴートはタバコと酒である.たしなむ方に負い目があるから,医者はかさにかかって責めてくる.タバコを全く吸わない医者の前で自分がヘビースモーカーであることが露見したら,極悪人として扱われるし,下戸の医者の前で一升酒も辞さないと白状したら,隣の家の芝生が青いのもあなたの飲酒が原因とされてしまうだろう.

医者はタバコ会社に足を向けて寝られない.なぜなら,もしタバコがなくなったら,主要死因となっている心臓病,癌,脳卒中は言うまでもなく,消化性潰瘍や気管支肺炎といった致命的ではないながらも頻度の多い疾患も激減し,商売上がったりだからだ.また患者に対して病気の原因を納得させるのにとても苦労するようになってしまう.

”先生,咳がなかなか止らないんです.”
”タバコ吸ってる限りよくなりませんよ.”
”先生,腹が痛くて.”
”十二指腸潰瘍にはタバコが一番いけないんです.薬をいくら一生懸命飲んでもタバコを止めなかったら何にもなりません.”

もしこのような伝家の宝刀が全く使えなくなったら,医者にとっては悪夢のような外来だ.非喫煙者の長引く咳や腹痛の説明に今でもこんなに苦労しているのに.タバコがなくなったらどうなることやら.

もしあなたがヘビースモーカーで,風邪をひいていたり,おなかが痛くても,混雑している医者に行ってはいけない.もし行ったら,忙しくていらいらしている医者(特にその医者が非喫煙者の場合はなおさら)の格好のストレス解消の餌食になってしまうからだ.次の場面がその典型例である.

”先生,3日前からのどが痛くてたまらないんですが.”

”そうですか.(この人,服がタバコ臭いな.喫煙者に対する注1:非喫煙者はタバコの臭いにひどく敏感である.)どれ一寸のどを拝見.(やっぱり歯がヤニだらけだ.注2:この時,のどなんかろくろく見てやしないのだ.ただ喫煙者の烙印を押すための確たる証拠が欲しいばかりに口を開けてもらうのだ)のどが赤いですね(嘘つけ!!見てなんかいやしないのに)時にタバコを吸ってますね.”

”いいえ,吸っていません”

(この野郎白々しい嘘をつきやがって.ネタは上がっているんだ.)
”あなたが賢明にも,のどが痛くなった3日前からタバコをお止めになったのは重々承知しておりますが,私が申上げているのは,のどが痛くなる20年以上もの間に何本位タバコを吸ってらっしゃるかということなんです.”

(しぶしぶ)”一日20本ぐらいかな.”

(そら見ろ.ようやく白状しやがった.本当かよ,こいつ.服の臭い方,ヤニのつき方からしてハンパじゃねえんだが)
”そうすると1日1箱もつということですか.多い時でも”

”そうですねえ.多い時は30本ぐらいになってしまうことも”

(本当はもっと多いんだろうが,まあ次の患者も待っていることだし,この辺で放免してやるか)
”では,のどのお薬とうがい薬を出しておきます.”

”ありがとうございます,先生.すぐによくなるでしょうか”

(何,タバコ吸いの分際でのどがすぐによくなるかだと.生意気な)
”少し長引くこともあるかも知れませんね”

”でももうタバコも止めているんですが”

(冗談じゃねえよ.止めたって,たった3日だろう.今まで20年以上も吸っていやがって,そんなに虫のいいことあるわけねえだろう.タバコ吸いの分際で高望みしやがって)
”あなたののどには,20年間のダメージが積重なっているのです.それを3日で取戻そうとしても無理です.”

”そうですか(とあなたはひどく気落ちしてしまう)”

”(ざまあみろ.)よろしいですか.ではお大事に.次の方どうぞ”

そう,あなたは意を決して3日間の禁煙に耐えて,その努力を褒めてもらえるかも知れないと密かに期待しつつお医者様にやってきたのに,褒められるどころか,喫煙者であるが故に,まるで極悪人の様に扱われて,早期回復の希望を無残に打砕かれ,すごすごと帰宅しなくてはならないのだ.よくよく考えてみれば,非喫煙者だって,のどぐらい痛くなるだろう.その場合,医者はあんなにすげなく扱うだろうか.タバコに原因が求められないだけに,もっと慎重に診察して患者の訴えもよく聞いてくれるのではないだろうか.これはまるで人種差別ではないか.考えるといまいましくなってくる.くそっ.いらいらしてついタバコに火をつけてしまうあなたなのだった.

ルビコン川の向こうへ