さらば青春
先日,宿舎改装工事の関係で,7年間住み慣れた部屋を引き払い,通路を隔てて20メートル程の別棟の公務員宿舎に移った.そうは言っても決して気軽な引っ越しではなかった.私は,既にSARS-Cov-2からのポツダム宣言を受け,焼け野原中の掘っ立て小屋で出直す気分だったが,何せ世間はまだコロナ祭りの真っ最中.「本土決戦」の叫びが喧しかった時期である.引っ越し直前まで祭りへの対応に追われた.おかげで生前に自分の遺品を整理する暇もなく,たくさんの我楽多を持ち運ぶ羽目になった.

それまでと同様,生涯15回目の引っ越しも,自分の死の疑似体験だったが,今回はやけに寂しさが際立っていた.道のりにしてもわずか100メートルとない移動.新居の窓から旧居も見える.どんな買い物だって同じ店に行く.仕事場も仕事仲間も変わらない.肝心の遺品整理も手つかずに終わった.一体この寂しさはどこから来るのだろうか.そう自分に繰り返し問いかけながら,旧居のトイレ掃除をしていた時に,ふと頭の中に流れてきたのが「さらば青春」だった.もう何十年も聞いていなかったはずなのに.涙がこぼれたというと嘘になる.でも喉と鼻の奥が詰まったというのは本当だ.

そう,コロナ祭りは,その最中に数え年で高齢者となった私の青春だったのだ.みんなが戯れの口笛を吹いていた中,私は私なりのやり方で,もう二度とはやって来ないであろう,自分の青春を謳歌していた.そう気づいて,ようやく自分の遺品整理に取りかかる気になれた.

2020/5/12

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