これでは子供もだませない

分数ができない経済誌記者・経済新聞記者
週刊ダイヤモンドというのは経済誌ではなかったのだろうか?日本経済新聞というのは経済新聞ではなかったのだろうか?私がそんな素朴な疑問を抱くのは、分数もわからないような人物が記事(下記)を書いているからだ。記事の中で言及されている資料は公開されているから、誰でも記者の算数能力を検証できる。
OECD基準による日本の保健医療支出について 出典:医療経済研究機構(IHEP)2016/8/4プレスリリース

上記資料を見ると、確かに記者の主張通り、日本の医療費の対GDP比率は新基準により上昇している。それは嘘でも何でもない。そのデータを受けて、筆者は、「新基準で対GDP比医療費の順位が極端に上昇しているのは、旧基準では含んでいなかった長期療養や介護も含むLTC(Long TermCare)を加えたからだ」と主張している。この主張は、筆者が「分数は分子のことだけ考えればいい。分母なんてどうでもいい」という、極めて独創的な「信念」に基づいて仕事をしている何よりの証拠である。

「医療費の対GDP比率」とは医療費という分子をGDPという分母で割ったものである。分数がどういうものかを知っている方はは、分数が示す割り算の答えには分子と分母の両方が影響することをご存じのはずだ。そこで分子を変えずに分母を変えてみたらどうなるかを見てみる。

上記資料には、医療費という分子を人口という分母で割ったデータ、つまり国民一人あたりの医療費のOECD各国比較が、旧基準と新基準の両方で載っている。それを見ると、国民一人あたりの医療費は旧基準ではOECD加盟35カ国中14位、新基準では一つランクを落として15位となっている。ゆえに,「長期療養や介護も含むLTC(Long TermCare)を加えた新基準によって,日本の医療費が国際的にも高いことが証明された」というのは,完全なデマである.

医療は人間に対してなされる.それも一人一人の人間に対してなされる.だから国全体の医療費総額より,一人あたりの医療費に意味がある.分母に意味がある.旧基準と新基準で一人あたりの医療費の順位が変わらないのならば,そのデータにこそ意味がある.それがわかれば,一人あたりの医療費の順位が14位から15位に落ちるのに,なぜ対GDP比医療費の順位が逆に8位から3位に上昇してしまうのだろうか?という素朴な疑問が生じるはずだ.

旧基準→新基準によって変わるのは何か?それは国全体の総額医療費=分子である.旧基準→新基準によっても分母である人口は変わらない.では,対GDP比医療費の順位を出した時に,何が変わっただろうか?確かに旧基準→新基準は変わった.そして一人あたりの医療費の時と同様に,分子である国全体の総額医療費も変わった.でも,この分子の変更は,一人あたりの医療費の順位を一つ落とした.なのに対GDP比医療費の順位が上がったのだから,分数の計算で大切なもう一方の因子,分母が変わったのではないか,そう思って見ると,たしかに変わっていた.旧基準による順位算定の時は2013年の各国のGDPを分母に,新基準の時は2015年の各国のGDPを分母にして割り算をしたのだ.順位変動の原因は旧基準→新基準ではなく,GDPの順位変動だったのだ.

GDPが診療の役に立つとでも?
私が医者になってから三十五年が経とうとしている.この間,私は一度たりとも日本のGDPを考慮して診療したことはなかった.歴代の日銀総裁も私の診療に は一切関心がなかった(だろうと思う).為替変動でいくらでも変わるGDPを,分数の分母に持ってきて算出した医療費を比較して何の意味があるというのか?

分数がどういうものかを知っている方はもうおわかりだろう。分子は共通で分母だけを変えたら結果が全然違っていたのだから、違いの原因は分子ではなく分母にある。では、その分母であるOECD各国のGDPは、算定基準となった2013年と2015年でどう変わったのだろうか?ネット上には世界各国のGDPの経年変化のデータはあるが,私と同様に面倒くさがり屋の人は、主要国のデータだけご覧あれ。これを見ただけでも、2012年以降主要国の中でも日本のGDPの減少が最も激しかったことがわかる。

分数がどういうものかを知っている方はもうおわかりだろう。対GDP比医療費が示す割り算の商の違いの原因は分子ではなく、分母にあった。対GDP比医療費の順位が極端に上昇していたのは、新基準とやらとは関係なく、OECDの中でも際だった日本のGDPの減少のためだったのである。(なお,このGDPの激減の原因を考える権利は,分数がわかった人だけに与えられるわけだが,そんなことはどうでもいい.なぜなら,前述の通り,医者は診療の際にGDPのことは一切考慮しないからだ)

子供だましの種明かし
この子供だましの種明かしは簡単である.
●一人あたりの医療費の場合には,算出条件変更が旧基準→新基準だけだった.その時は順位が14位から15位になった.
●対GDP比医療費の場合は,算出条件変更が旧基準→新基準だけでなく,肝心のGDPも2013年から→2015年に変更していた.
●私が知る限り,そして世界銀行が提供しているデータを見る限り,GDPをOECD各国間で比較するためにUSドル換算が用いられる.つまり為替変動の影響を大きく受ける.もし日本の医療費の絶対額も円換算のGDPも2013年と2015年で変わらないと仮定すれば,対GDP比医療費の変化は為替レートの変化に他ならない.2013年から2015年にかけて円ドルレートがどう変化したか,たとえ覚えていなくても,分数をまだ習っていない小学生でも,調べればすぐにわかることだ.
●面倒くさがり屋のために親切に教えてやろう.(ただし円ベースでのGDPは年度であることに注意).円ベースでのGDPは2013年度482兆円,2150年度は500兆円と3.7%増加している(日経のデータ).一方,世界銀行のデータによればドルベースでの日本のGDPは2013年は4.9兆ドルだったが,2015年は4.1兆ドル余りと,16%も減少している.何のことはない,「日本の医療費がOECD35カ国中8位から3位へ躍進」というビッグニュースは,黒田バズーカの効果を見ていたに過ぎなかったのだ.

医療経済研究機構(IHEP)とやらの研究は厚生労働科学研究費補助金により行われたようである.研究目的は「2013年から2015年にかけてのOECD35カ国間の相対的な為替レートの変動が医療費に及ぼす影響」だったのだろうか.

不備なのは日本のデータではなく、こんな子供だまし記事しか書けない記者や日本総研の上席主任研究員とやらや,医療経済研究機構(IHEP)とやらの研究員の頭の中である。しかしこんな与太話が報道発表されても,世の中は平穏無事もいいところである.一昔前ならば、分数ができない研究者も経済記者も大騒ぎになったかもしれない。しかし今やNEJMでも子供だましの論文を載せる時代である。子供もだませない子供だまし記事を載せても、研究報告書を書いても,誰も驚かないぐらい,社会が成熟したということなのだろう。

真実には多面性がある.多面性を知れば知るほど騙されにくくなる.対GDP比率が医療費の指標として唯一無二の真実であり,国民一人あたりの医療費などという邪宗を信用してはならない.そう信じることができれば,経済誌記者でなくたって,日本総研の研究員でなくたって,誰でもデマの発信者になれる.
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OECD統計で順位急上昇 日本の医療費はやっぱり多い ダイヤモンドオンライン 2016/8/8

日本の医療費は、先進国の中では多くない。こうした常識を覆すような統計が出た。 先ごろOECD(経済協力開発機構)が公表した「医療統計」で、日本の医療費(総保健医療支出)のGDP(国内総生産)に対する比率が、OECD加盟35カ国中、昨年の8位から3位へと大きく順位を上げたのだ。理由は高齢化が進み、医療費が増加しているから、ばかりではない。実は昨年まで日本は、OECDが定める最新基準にのっとった推計を行っていなかったからだ。

 最新の基準では、LTC(Long Term Care)、いわゆる長期療養や介護も含む。ほとんどの国が最新基準を採用しているが、日本、英国などの4カ国が、最新基準に準拠していなかった。LTCの計上範囲を拡大した結果、日本の医療費の対GDP比率は2015年版(GDPは13年基準)の10.2%(8位)から16年版(GDPは15年基準)の11.2%(3位)へと急上昇することになった。一見すると、医療費の定義に関するテクニカルな問題のようにも思えるが、実はそうではない。医療問題に詳しい日本総合研究所の西沢和彦主席研究員は「医療制度改革を考える上でも、医療費を効果的に使う上でも、統計はそのインフラになる」と指摘する

日本はデータに不備
 日本の医療費統計の代表選手で、厚生労働省が発表する「国民医療費」は、医療保険の対象となる病気やけがの治療に要した費用を推計したもので、むしろ「国民治療費」と呼んだ方が実態に合っている。これに対して、OECDの「総保健医療支出」は、国民医療費の対象に加え、予防、公衆衛生サービス、介護などを含んでいる。例えば、高齢化の進展や生活習慣病の広がりで、医療は治療よりも予防が重要という方向に動きつつある。だが、日本の医療統計では、予防や検診にどれほど費用が投じられているか分からない。限られた人・物・カネをどの分野に配分したらよいかを判断する上で、基礎データに不備があるのだ。

 まだある。総保健医療支出では、支出を人件費や薬剤費などの経常支出と、病院建設や医療機器の購入など資本形成費用に分け、後者を除外するように求めているが、日本の場合は資本形成に当たる部分も診療報酬に含まれているため、その費用が判然としない。つまり、医療機器への過剰投資の結果、費用回収のため過剰な検査が行われているとの批判があるが、統計に不備があるため設備投資の費用対効果が分からないのだ。
 OECDの統計は、先進国の中では日本の医療費水準は低いとして、診療報酬引き上げの余地があるという根拠に使われてきた。日本の医療費水準が高いことが明白になった今、厚労省や医師会はこの統計をどう遇するか、見ものである。
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日本の医療費は高額 新基準で世界3位  対GDP、OECDまとめ 2016/8/21 21:40日本経済新聞 電子版
 日本の医療や介護は諸外国と比べて安いのか。経済協力開発機構(OECD)がまとめた2015年の国内総生産(GDP)比の保健医療支出の推計値では、日本が順位を一気に上げて3位となった。厚生労働省や医療関係者は「低費用で上質なサービスを提供している」と主張してきたが、少なくともコストの面では疑ってみる必要がある。(中島裕介)
(以下,ダイヤモンドオンラインのコピペ同然で,馬鹿らしいので省略)
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参考:ダイヤモンドオンラインや日経のアホ記者と同じ脳みそしか持たない連中
我が国の保健医療支出は米国、スイスに次ぐ第3位、「日本は低医療費」に疑問符(MedWatch)
「日本の医療費は米国に次ぐ2位」、16年度の診療報酬マイナス改定を提案←上記記事よりもさらに1年も前に日本総研が同じデマを飛ばしていた.

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