海外試験結果を含めたデータパッケージによる申請の時,しばしば人種差が問題になる.ではこの人種差の原因は何だろうか?一般的には,体内での代謝,薬物動態が問題とされる.しかし,薬の作用は,吸収,代謝,排泄といった薬物動態だけによって決まるのではない.薬が受容体に結びつき,その受容体に関連した細胞内情報伝達系を伝わり,薬理作用を発現するといった,いくつもの段階がある.それも一本道ではなく,いくつもの枝に別れる.しかも,その枝の分かれ方が,臓器,組織,細胞によって異なる.こんなにも分かれ道があるのだから,全ての点で,人種差がない方がおかしい.かならずどこかに人種差がある確率の方が高く,薬物動態を見ただけで人種差がないと断言する方が無理というものだ.
その一方で,人種以外にも,年齢,性別,持病といった,個体固有の属性はもちろん,食べ物,飲み水,気候,ストレスといった環境要因など,薬剤の作用に影響を及ぼすであろう要因は無数にあるから,有効性の判断で,人種差にだけこだわるのはおかしいという議論も出てくるだろう.しかし,有効性の点で明らかな人種差が認められなくても,臨床試験の段階では,日本人特有の副作用がわからなかった例はいくらでもある.最近ではアラバ(一般名レフルノミド)による間質性肺炎がいい例である.
結局,どんな薬でも,有効性,安全性は一人一人異なるという,ありきたりの事実に突き当たる.この点を少しでも明らかにしようというのがテーラーメード医療だが,SNP:single nucleotide polymorphismだけで個人差がすべてわかるものでもなし,個人と集団の折り合いの付け方は,最大多数の最大幸福なんて,単純な議論で割り切れるものではない.