医学生中心のメーリングリストで,精神病院を見学してきた学生さんの書き込みに対する私のコメントから
> 精神科疾患がどれだけ社会の中で受け入れられていないかを痛感しました。
> 精神科疾患の患者は思っているよりずっと身近にいるのに
> 社会だけでなく医療関係者にも精神科疾患について理解が不足していると感じました
統合失調症は百人に一人がかかる病気なのですが、stigmaは、多くの人々の心の中に根強く残っています。
> 病院を退院しても社会に復帰できず、作業所で働くことしか出来ないけれど、
> その作業所を作るだけでも、周りの住民から猛反対をくらったりして、本当に大変
何十年にもわたって入院している患者さんの行き先がないのは、それなりの理由があるのですが、その現実を無視して、超長期入院の精神科病床を罪悪視し、社会復帰、ノーマライゼーションの建前を声高に叫ぶ人がいます。その一方で、精神疾患の患者さんが集う場所の建設に反対する人々がいますが、両者の間で実際に闘争が起きたという話は聞いたことがありません。互いに見て見ぬふりということでしょうか。どちらも患者さんの方を向いていない点は大いに共通点があるのに.
> それに精神科の医師も全然足りないのだそうです。
報道機関に対して無責任なコメントを発する”心の専門家”には事欠きませんけどね。精神科医は、医療面接、医師患者関係の確立と維持、患者さんを取り巻く家族や地域社会の事情、保健/福祉関係の行政や法規といった、純粋な医療技術以外の分野に広く、深く通じていることが求められます.ですから,他科よりも教育システムを作るのがはるかに難しい。まともな精神科医教育プログラムを動かしている施設は、日本に一つもないでしょう。すべてon
the job trainingといえば聞こえはいいですが、教育する人もシステムもないのです。
さらに、精神疾患の患者さんは、生活習慣病のリスク(例:アルコール依存、精神科病棟での喫煙許可、糖尿病の食事療法必要性が理解できない)が高かったり、向精神薬の副作用のリスクなど、身体疾患のリスクが、一般の地域住民よりも高いのに、定期的な検診システムの外に置かれていたり、精神科患者だという理由で検査や診療を拒否されたりすることもあります.ですから,精神科医は、精神疾患以外の合併症の診療にも精通している必要があります,それどころか,私のような内科医が精神疾患の患者さんの合併症を診療しても,非常な困難を感じるにもかかわらず,精神科医が身体合併症の診療を学ぶ教育プログラムも全くありません.
こういう現状なのに,精神科医からは危機感の声が上がってきません.これは,危機感を持っている人がいないのではなく,そういう人々が危機を叫ぶ気力さえ奪われた状態に置かれているためです.せめて,”心の専門家”を自称して新聞やテレビに登場する人たちに,上記の現状を語ってもらいたいのですが,彼らの無責任で的外れなコメントを聞いていると,危機感のない人には危機を語れないのだなと,つくづく思います.