自分が理解していなくても,相手が理解していれば,相手が適当に翻訳してくれる.しかし,自分が理解していなければ,理解していない他人を納得させることはできない.だから,プロフェッショナルとは,素人を納得させられる人間のことである.
他の診療科の医師に相談する機会は,相談相手がプロかアマチュアかを見抜く絶好の機会である.あなたが理解できるように説明してくれれば,次回もその人に相談すればよい.しかし,あなたが理解できないような説明しかできない相手なら,二度とそいつに相談してはならない.
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例えば、一度も野球の試合を見たことがない人間に「野球とはどういうものか」について説明する、というのはかなりむずかしい。球場のサイズやバットやグローブの材質や変化球の種類や継投策とかスクイズか強打か・…:などということを言い出したら、まず何十時間を要しても、その本質を知らない人に伝えることはできない(「ボール」と「ストライク」という語にそれぞれ二つの語義があることを理解させるだけでもおおごとだ)。けれども、野球がゲームである限り、そこにはあらゆる人間社会に共通する「ゲームの本質」があるはずであり、それを適切に指摘しさえすれば「あ、『野球』というのはうちの社会における『ほにゃらら』みたいなものなんですね」というかたちでの了解に導くことができる。このような説明は野球解説者の説明ともっとも遠い種類のものである。しかし、「選手の打率や出塁率について熟知している視聴者にむかって次の回の代打起用を予言する」ことよりも、「そもそも野球とは何か」について野球を知らない人に説明することの方がはるかに強度の知性の集中を要求すると私は思う.
(内田 樹 「街場のアメリカ論」より))
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