意 見 書

池 田 正 行

法務技官 矯正医官(高松少年鑑別所 医務課長)

前長崎大学医歯薬学総合研究科教授

香川大学医学部附属病院医療情報部客員研究員

米国内科学会会員、日本内科学会総合内科専門医、日本神経学会認定神経内科専門医

研究テーマ

総合診療、神経内科学、神経症候学、臨床推論、Evidence-based Medicine

著書

相原 守夫, 池田 正行, 三原 華子, 村山 隆之 医学文献ユーザーズガイド 根拠に基づく診療のマニュアル 凸版メディア 2010

池田正行 神経系の診察 大滝純司,仲田和正 編 コア・カリキュラム対応 診療の基本 金芳堂 2002 他多数

医学教育番組 企画・立案・制作・出演

NHK総合「総合診療医ドクターG」(2011年より3年連続)

公的社会活動

厚生労働省 医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議Working Group委員

独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 専門委員

 

目 次

はじめに:検察官による二重の医療過誤

1)第一の医療過誤:検察官はA子さんのミトコンドリア病を見逃した

2)第二の医療過誤:検察官はA子さんをベクロニウム中毒と誤診した

3)A子さんは国の認定基準によりミトコンドリア病確実例である

4)A子さんは適切な治療を受ける権利を奪われている

5)国民に向けた透明性の高い議論の必要性

6)結論

 

はじめに:検察官による二重の医療過誤―ミトコンドリア病の見逃しとベクロニウム中毒という誤診―

いわゆる仙台・筋弛緩剤点滴事件の犯人とされた守大助氏の弁護人であり代理人である阿部泰雄弁護士らより、A子 さんの症状が、筋弛緩剤ベクロニウム(商品名マスキュラックス)投与によるものか否か、もし、ベクロニウムでないとしたら、如何なる原因によるものか、私 は専門家としての判断を求められました。そこで、私は、北陵クリニックと仙台市立病院の診療録(カルテ)、及び検察側証人である橋本保彦氏並びに弁護側証 人である小川龍氏の証言等を検討しました。その結果、A子さんの症状も検査結果も、ベクロニウムの作用で合理的に説明できるものは何一つないこと、及びMELAS(メラス:ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様症候群)というミトコンドリア病こそが、A子さんの症状経過と検査所見の全てを、何ら矛盾なく、合理的に説明できることを明らかにしました。

そ れに対し、今回検察官と国立精神・神経センター神経研究所の後藤雄一先生から、それぞれ意見書が提出されました。この二つの意見書を比べると、検察官の主 張と後藤先生の御意見が全く異なることがわかります。検察官は、ミトコンドリア病を見逃し、ベクロニウム中毒と誤診したことを今もなお否認し、米国内科学 会会員、総合内科専門医、神経学会認定神経内科専門医である私の診断を全面的に否定しています。

一 方、後藤先生は、検察官とは全く反対に、ベクロニウム中毒を支持していません。さらに、自らが主導して作成された国の認定基準(参考文献1)や、先生のこ れまでの啓蒙記事(参考文献2)からも、かねてからミトコンドリア病の見逃しに対し強く警告を発していらっしゃることがわかります。検察官と後藤先生の間 にあるこのような齟齬は、後藤先生のお考えを適切に理解できない検察官の医学・医療に対する無知から生じています。

このような検察官による意見書は、本件の本質である二重の医療過誤、すなわちミトコンドリア病の見逃しと、ベクロニウム中毒という誤診の実態を如実に物語っています。そして、検察官は、この二重の医療過誤により、適切な医療を受ける権利をA子さんから奪っています。なお、私の意見書は、今や多くの国民が関心を持っている刑事司法制度の透明性の問題と、国民に対する説明責任の重要性を踏まえ、一般市民でも理解できるように、わかりやすく書かれています。

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1)第一の過誤:検察官はA子さんのミトコンドリア病を見逃した

医 師免許もなく、診断の何たるかを学んだこともないどころか、病気の問診一つしたことのない検察官が、日本内科学会総合内科専門医、神経内科専門医の両方の 資格を持ち、米国内学会会員として世界標準の診療を実践している私の診断を斟酌するのは、一般市民の常識からは考えられないことです。検察官はA子さんがミトコンドリア病であるとの私の診断を全面的に否定していますが、これが二重の医療過誤である本件の第一の医療過誤、すなわちミトコンドリア病の見逃しです。

患者の症状や検査所見を総合的に判断し、最も合理的に説明できる診断は何かを考え、患者のために治療を行うのが医師たる者の務めです。そのように診断すれば、今も重い病の床にあるA子 さんの診断は、国の認定基準にある通り(参考文献1)、ミトコンドリア病確実例となります。検察官のごとく個々の症状や検査所見について他疾患の原因の可 能性を指摘しても、当該診断は決して否定できません。それどころか、検察官のような態度は、重要な病気の見逃しに直結します。A子さんのミトコンドリア病の見逃しは正にこうして起こったことを以下に説明します。

如何に医学・医療を知らない検察官といえども、命に関わる病気を絶対に見逃してもらいたくない患者の立場になってみれば、見逃しが起こった理由がよくわかるはずです。

たとえば、ある検察官が細菌性肺炎で入院したとしましょう。細菌性肺炎の診断では、発熱、咳、痰、呼吸音の異常、喀痰中の細菌の存在、X線 写真の陰といった症状経過や検査所見で肺炎を強く疑い、抗菌薬による治療を開始します。それに対して、「発熱は胆嚢炎でも生じるから、咳は結核でも出るか ら、痰はウイルス性の風邪でも出るから、呼吸音の異常は喘息でも起こるから、喀痰中の細菌は口腔内の常在菌(注:健康人の口の中にも細菌がたくさんいま す)の可能性もあるから、X線 写真の陰は肺がんでも起こるから、だからこの検察官は肺炎ではない。だから肺炎治療の必要はない」と主張する医師など存在しません。そんなことを言ってい たら、肺炎の患者は皆死んでしまいます。検察官による私のミトコンドリア病診断否定の論理はこれと全く同じで、人命を軽んじた馬鹿げた言葉遊びに過ぎませ ん。

ミ トコンドリア病の一つ一つの症状・所見は、ミトコンドリア病以外でも生じることは、家庭医学書にさえも書いてあります。だからといって、上記の肺炎の否定 と同じ論法を使ってミトコンドリア病を否定すれば、全てのミトコンドリア病の患者を見逃すことになります。後藤先生は、もちろんそんな馬鹿げた言葉遊びを しているのではありません。それどころか、前述の通り、先生が代表者である厚労省の研究班が作った国の認定基準で、A子さんはミトコンドリア病確実例となるのです(参考文献1)。さらに、後藤先生は、ミトコンドリア病の見逃しに、厳しい警告を発しています(参考文献2)。下記はその記事からの抜粋です。下線を含めて、正にA子さんが、ミトコンドリア病見逃しの典型例であることがわかります。

下痢や便秘など、ありふれた症状からこの病気を見つけるのは難しい。どこからを「発症」とするかの基準も定まっておらず、今のところは正確な患者数の統計も取りようがない。このため、“隠れミトコンドリア病”の患者がたくさんいる可能性がある。 厚生労働省によると、ミトコンドリア病と認定され、治療費が公費助成の対象になっている人は、11年度には945人。後藤さんは、「完全に把握するのは難しいが、助成対象にならなかった患者さんを含めると、全体の患者数はこの数倍にはなるのではないか」とみている。 ミトコンドリアの機能不全を抱えた患者は、どの診療科にも訪れる可能性がある。診断に手間取っている間に、脳卒中など、より深刻な病気を起こしかねず、早期発見が重要だ。ミトコンドリア病を見逃さないためにはどうすべきか―。 まずは、筋肉や中枢神経、心臓など複数の臓器に同時に異常が認められたら要注意という。さらに、「われわれの経験では、低身長の所見も大切な指標」と後藤さん。このほか、脳卒中の症状がある患者については、念のためこの病気を疑ってほしいという。」

腹痛・嘔吐といったありふれた主訴で来院し、重症な脳卒中様症状を呈したA子さんは、それだけでミトコンドリア病を疑わなくてはならなかった。後藤先生はそうおっしゃっているのです。診断が困難な難病の場合には、少しの疑いでもあれば決して見逃さない。それが医師の務めです。ましてやA子さんは国の認定基準で確実例なのです。

にもかかわらず、検察官は、A子さんの主訴となった腹痛嘔吐を無視するどころか、国の認定基準でA子さんがミトコンドリア病確実例に該当することにさえ一言も触れていません。これでは見逃しが起こるのも当然です。

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2)第二の医療過誤:検察官はA子さんをベクロニウム中毒と誤診した

私が書いた前回の意見書は、本文だけでもA412ページにわたっています。その前半部分では、ミトコンドリア病の診断とは全く独立して、6ページにわたって神経症候学の精緻な論理構築を行い、医学的根拠を明示しながら、A子さんが決してベクロニウム中毒ではないことを、神経内科専門医の立場から明確に立証しています。これがベクロニウム中毒の除外診断(否定)のプロセスです。後藤先生も、A子さんがベクロニウム中毒であるとは一言も言っていませんし、私がベクロニウム中毒を否定していることに対して、一言も反論していません。つまり、ベクロニウム中毒が誤診であることを今なお全面的に否認しているのは、ここでも検察官だけなのです。

医 師は、最も疑う病名を確定する診断プロセスの前に、それ以外の病気の除外診断を行います。わかりやすく言うと、まず外堀を慎重に全て埋めてから(除外診 断)本丸(確定診断)に迫るという構図です。私の意見書も、最初にベクロニウム中毒の除外診断、次にミトコンドリア病の診断という、二つの柱から成り立っ ています。

検 察官は、私のベクロニウム中毒の除外診断に対し、またもや医学診断の常識を弁えない主張を行っています。下記に引用した検察意見書には、適切な診断の考え 方は一切ありません。検察官の誤りをよく表している文章なのでそのまま下に引用し、このような診断の常識を弁えない検察官の判断が誤診を招いたことを以下 に説明します。下線は、特に基本的な診断プロセスに反して、誤診の直接原因となった部分です。

「まずもって、強調しなければならないことは、本件では、A子から採取された血清及び尿から、いずれもベクロニウムが検出されたのであるから、そのことを前提にA子の容体急変の際の症状を考察する必要があり、このべクロニウム検出の事実を離れてAの症状を考察することは無意昧であるということである。すなわち、A子の血清及び尿からベクロニウムが検出されたことは、A子の容体急変の際に採取・測定された各種検査データ(体温、脈拍、血圧、血中乳酸値等)と同様、A子の症状を考察するに当たって参照すベき客観的なデータであり、かつ、その重要性の高さは論を待たない。ところが、池田意見書は、A子の生体試料からベクロニウムが検出されている事実についてはこれを否定するのか否かは明言することを敢えてしないまま、それでもその事実を殊更無視した上で意見を展開しているが、A子の容体急変の際の症状を考慮する前提を決定的に誤っていることは明らかであって、その意見が失当であることは論を持たないのである(検察意見書 5頁〜6頁 (2) 池田意見書に明白性が認められないことについて)

   診断の基本は、第一に、機械が出した検査結果に飛びつく前に、患者の症状経過を最も合理的に説明できる疾患を慎重に判断することにあります。有能な医師 ほど、機械信仰に陥らずに、人を診るという原点を常に大切にするのです。患者の話をじっくり聴き(問診)、丁寧に診察した後、初めて、血液、尿ばかりでな く、画像、生理学的検査といった、複数の観点から検査を行い、診断を確認するのです。

慎 重な問診・診察を行った上で、複数の観点から検査を行うのは、単一の検査だけでは、判断を誤るためです。そこで、全ての検査が患者の症状経過と矛盾がなけ れば診断が確定しますが、もし、複数の検査のうち、一部の検査だけが症状経過を説明できず、他の多くの検査が症状経過を説明できれば、症状経過を説明でき ない検査を棄却します。これが正しい診断プロセスです。上記の検察官の主張はこのプロセスに反する多数の誤りを露呈しています。

              自分が患者になって、絶対に誤診されたくない立場になってみると、このことがよくわかります。検察官がA子 さんと同様、急な腹痛・嘔吐で救急外来を受診したとしましょう。医師が適切な問診と診察を行った後、超音波検査を行って、肝臓に癌と思われる腫瘍が見つ かったとします。しかし、超音波検査の結果だけで、いきなり救急外来で検察官に抗がん剤を投与したり肝癌の手術を行なったりするような医師はいません。

急な腹痛・嘔吐の患者を診たとき、十二指腸潰瘍の穿孔、急性膵炎、急性胆嚢炎、腸閉塞など、決して見逃してはならない緊急性の高い疾患が数多くあることを知っている医師は、そこで一旦、超音波検査の結果とは全く独立別個に、血液、尿、X線写真撮影等を行い、問診で得られた症状経過、診察所見、検査結果を全て含めて総合的に考えます。それでもやはり肝癌が一番疑わしいとなれば、そこで初めて、抗がん剤や手術治療をじっくり相談できるような再来日を設定して、その日は一旦帰ってもらいます。

し かし、症状経過、診察所見、そして超音波以外の検査結果全てが十二指腸潰瘍の穿孔(穴が開くこと)に見合った所見であれば、全く話は違ってきます。超音波 検査の結果は棄却し、十二指腸潰瘍穿孔に対して緊急手術をします。そこでもし超音波検査の結果だけを優先し、本当は十二指腸潰瘍穿孔なのに肝癌と誤診して 鎮痛剤だけを処方して帰宅させれば、十二指腸の穴から漏れ出た腸液や細菌が、あっという間に本来無菌状態の腹腔内(内臓が納まっているお腹の空間)の中に 広がり、腹膜炎を合併して検察官は急死します。ベクロニウム中毒の誤診とミトコンドリア病の見逃しの二重の医療過誤も全く同じようにして起こりました。

私がベクロニウム中毒を否定できたのも、上記の基本的な診断プロセスを尊重したからです。ベクロニウムの検出云々とは全く独立別個に、A子 さんの症状経過とベクロニウム検出以外の検査結果が、ベクロニウム中毒で整合性を持って説明できるかを検証するのが医師たる者の務めです。一方、検察官 は、医師の考え方を何ら弁えず、腹痛・嘔吐を含む症状経過、バイタルサイン(血圧・脈拍・呼吸といった基本的な生命徴候)、血清乳酸値を含む基本的な検査 所見の全てを無視し、ただベクロニウム測定結果のみに依存して素人判断したのですから、誤診するのも当然です。「失当」であり「決定的に誤っている」の は、基本的な診断プロセスさえ弁えずに素人判断で二重の誤診をした検察官の方です。

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3)A子さんは国の認定基準によりミトコンドリア病確実例である

ミトコンドリア病の国の認定基準(参考文献1)によれば、A子さんは、主症候のうちの

A知的退行、記銘力障害、痙攣、精神症状、失語・失認・失行、痙攣、強度視力低下、一過性麻痺、半盲、・皮質盲、ミオクローヌス、ジストニア、小脳失調などの中枢神経症状のうち、1つ以上を認める。

に該当し、

検査・画像所見のうち2つ

@安静臥床時の血清又は髄液の乳酸値が繰り返して高い

A脳 CT/MRI にて、梗塞様病変、大脳・小脳萎縮像、大脳基底核、脳幹に両側対称性の病変等を認める

に該当するので、ミトコンドリア病「確実例」に該当します。ですから、国の認定基準でもA子さんがベクロニウム中毒ではないことは明白なのです。この認定基準は、後藤先生が代表者である厚労省の研究班が作ったものです。

              検 察意見書とともに提出された資料にも、この認定基準は示されています。にもかかわらず、検察意見書にこの事実が示されていなかったのはなぜなのでしょう か?ミトコンドリア病との私の診断を全面的に否定するからには、最も根本的な資料である国の認定基準を検討しなかったはずがありません。

ベ クロニウム中毒とミトコンドリア病は似ても似つかぬ疾患であって、世界中のどんな教科書を見ても、ミトコンドリア病の鑑別診断表にベクロニウム中毒などと は一言も書いてありませんし、ミトコンドリア病にベクロニウム中毒が合併したという報告も世界中どこを探してもありません。前述の肝癌と十二指腸潰瘍穿孔 以上に、ミトコンドリア病とベクロニウム中毒は全く異なった病気なのです。ミトコンドリア病との診断は、自動的にベクロニウム中毒ではないということを意 味するのです。ですから、この認定基準は、A子さんがミトコンドリア病であることを示しているだけでなく、ベクロニウム中毒が誤診であることも同時に示しているのです。

な お、ミトコンドリア病の脳画像は非常に多彩ですから、ミトコンドリア病に特異的(診断の重大な手がかりになるほど特徴的)な脳画像変化というものはありま せん。言い換えれば、「こういう変化はミトコンドリア病では現れないから、この病気はミトコンドリア病ではない」という理屈は成り立ちません。ですから、 認定基準にも、特定の画像所見がミトコンドリア病に特異的だから、その画像だけを認定基準に採用するとは書いてありません。それゆえ、A子さんのMRI画像がミトコンドリア病以外(たとえば肝性脳症)でも見られるからと言って、認定基準に当たらないという論理は成り立ちません。「1)第一の過誤:検察官はA子さんのミトコンドリア病を見逃した」で指摘したように、高乳酸血症がミトコンドリア病以外でも起きるからといって、ミトコンドリア病を否定する根拠にはならないのと全く同じことです。

診断が困難な難病の場合には、少しの疑いでもあれば見逃さずに患者さんを救う。それが医師の務めであり、だからこそ後藤先生も見逃しに対し強く警告を発していらっしゃるのです。ましてやA子さんは国の認定基準で確実例なのです。一日も早い救済を必要としているのです。

 

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4)A子さんは適切な治療を受ける権利を奪われている

前 述のように、ミトコンドリア病「確実例」に該当する事実が、検察意見書には全く記載されていません。これは極めて不可解なことです。というのは、検察官が ミトコンドリア病との私の診断を全面的に否定するからには、最も根本的な資料である国の認定基準を検討しなかったはずがないからです。ミトコンドリア病を 見逃し、ベクロニウム中毒が誤診だった事実を隠蔽する意図でないとしたら、なぜ検察官は認定基準で確実例であることを隠すのでしょうか?

ミ トコンドリア病の見逃しに対する後藤先生の警鐘は、裏を返せば、時には医師でさえも見逃すことを意味します。ましてや当時の検察官が見逃すのはやむを得な かった面もあります。法曹には国民の幸せに貢献する使命がありますが、一組の家族さえ救えずして、国民の幸せに貢献できるわけがありません。今、大切なの は、明白になった事実を無理矢理隠蔽しようとすることではなく、過ちを認めることによって、その過ちによって今も不幸のどん底にあるA子さんと御両親を救うことです。

A子さんには、国の基準に従って認定を受け、適切な治療を受ける権利があります。A子さんの御両親には、娘の病気が一体何なのか、知る権利があります。ミトコンドリア病の疑いが少しでもあれば、それを知る権利があるのです。いや、それ以前に、今も重い病の床にあるA子さんの苦しみを少しでも和らげてあげたい、娘の笑顔を取り戻すためにはどんな手立ても厭わないと思っていらっしゃいます。ましてやA子さんは国の認定基準で確実例なのです。そして、保護者として、A子さんに認定を受けてもらい、適切な治療を受けられるよう、担当医に要請する義務があります。そして担当医はご両親の要請を受けて、認定手続きを一日も早く開始する義務があります。

この一連の手続きは、A子さんが北陵クリニックを受診した日に速やかに開始されなくてはならなかった。ところが、A子さんも御両親も、国の認定基準で確実例に該当する事実を今日まで隠蔽され、ベクロニウム中毒という検察官による誤診のレッテルを貼られて13年余りもの間、未治療のまま放置され続けています。今日も検察官が子を思う親の気持ちを踏みにじり、A子さんとご両親の権利を奪い続け、病気を進行させているのです。

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5)国民に向けた透明性の高い議論の必要性

私の論文の最大の特徴は、ミトコンドリア病の臨床を詳細に論じた後藤先生の歴史的な論文(Goto Y et al. Neurology 1992;42(3 Pt1):545-550)を引用し、ミトコンドリア病がしばしば見逃されることを指摘した点です。私の論文が世界中に公開されて2年以上が経過しますが、反論や疑問は一切寄せられていません。この事実は、「ミトコンドリア病を見逃すな」という後藤先生の主張が世界中で認められている何よりの証拠です。

私 の論文について後藤先生が御懸念の点はご尤もですが、実はすでに論文投稿の際にレフェリーから同様の指摘がありました。後藤先生同様、血清乳酸値をはじめ とする検査だけでは非特異性の問題があるので、病歴、バイタルサイン、身体所見、神経学的所見を詳細に記載するようにとのことでした。それを踏まえて、主 訴となった腹痛を含めて、レフェリーの指摘に従い病歴等を詳細に記載し、症候学的考察も加えて改訂したところ、ミトコンドリア病の診断が認められ、アクセ プトされたというわけです。

投 稿からアクセプトまで、エディター、レフェリーとのやりとりの中で、ミトコンドリア病の診断が否定されたことは一度もありませんでした。もちろん筋弛緩剤 中毒を鑑別診断と挙げるようにも言われませんでした。ミトコンドリア病の診断は病歴・身体所見・経過まで含めての総合判断ですから、腹痛を含めて、点滴開 始までの症状を決して説明できないベクロニウム中毒は、この症例報告によっても完全に否定されます。

匿 名性を確保した上で、証拠保全した診療録を元に症例を記述することは、内外の法医学系のジャーナルでは当然のごとく行われています。そのような場合、診療 録に記載された患者が死亡し、家族や親類縁者に全く連絡が取れない場合もしばしばあることを考慮し、患者・家族の承諾書を必須としていないジャーナルも多 々あります。私の論文を掲載したJournal of Medical Casesも患者・家族の承諾書を求めていません。投稿はすべて規定通りに行いアクセプトされましたので、投稿規定をご確認いただければと存じます。

私が英文で論文を発表したのは、私が今まで書いてきた症例報告と同様に、国内に限らず海外でも中立性・透明性の高い議論に供するためです。本件はいまだに多くの人々の記憶に残っており、とくに20122月に再審請求が行われてから、国民の関心が一層高まっています。これまでの私の仕事が認められ、2011年から3年連続してNHKの医学教育番組(総合診療医ドクターG。本年分は621日に放送)に出演したため、複数のメディアから取材依頼が来ています。

2013522日、 ジュネーブで開催された国連の拷問禁止委員会で、日本の刑事司法制度が「中世」と批判されました。それに対し、日本の上田秀明大使が、何ら有効な反論がで きないまま、「笑うな!黙れ!」と叫ぶばかりで失笑を買ったのは、今や多くの国民が知るところです(参考文献3)。総合内科専門医と同時に神経内科専門医 でもあり、米国内学会会員として世界標準の診療を実践している私の診断が、臨床を全く知らない検察官から全否定されるぐらいなのですから、「中世」と批判 されて上田氏が全く反論できなかったのも無理はありません。裁判員裁判の時代に、これだけ本件に対して国民の関心が高まっているのですから、それこそ中世 さながらの密室での議論は、もはや国民の不信を招くばかりです。今後はもっと透明性が高く、国際水準に合わせた議論を、学会のような学術団体や一般市民の 間で展開していく必要があります。

 

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6)結論

非常に国民の関心が高い本件の本質は、ミトコンドリア病の見逃し、ベクロニウム中毒という誤診の二重の医療過誤、医学・医療を知らない検察官による見逃し・誤診です。A子さんは国の認定基準によってもミトコンドリア病確実例であり、ベクロニウム中毒は誤診です。私は、一人の医師として、A子さんが一日も早く国の難病指定を受けて救済されることを切に願っています。検察官によるこのような見逃し・誤診の悲劇の繰り返しを防ぐためには、医学・医療が関わる裁判の透明性を確保し、国民に対する説明責任を果たすことが是非とも必要です。

 

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参考文献

1.52.ミトコンドリア病認定基準(難病情報センター:ミトコンドリア病)http://www.nanbyou.or.jp/upload_files/112_s.pdf

2.「ミトコンドリア病」を見逃すな!- 多様な症状、あらゆる診療科に関連

キャリアブレイン20121031日掲載記事

http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=38415

3.日本の刑事司法は『中世』か 小池振一郎の弁護士日誌 2013529 ()

http://koike-sinichiro.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-99bb.html

 

平成25719

香川大学医学部附属病院 医療情報部

761-0793香川県木田郡三木町池戸1750-1

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