Massie IKEDA: Ohsaka

浪速への想い

医科歯科の前の外堀通りの信号を無視して横断する度に,私は大阪を想う.

私は神田駿河台の生まれである.卒業したのは向島は墨田川高校である.そして荷風を愛読する.だからこそ,大阪的なものに憧れる.自分のところにないものを想う,それが憧れである.私が憧れる大阪は,次のような部分である.

まず,阪神電車の駅で聞いた極めて実用的なアナウンス2例.
その1.ホームの看板には急行,各駅停車の別が示してあります.看板をよく見て御乗車ください.間違えて乗ったからといって駅員のせいにしないでください.
その2.ただいまの時間,前の車両は大変混雑します.混んだ車両に乗りますと駆け込み乗車の客の体当たりで思わぬ怪我をします.後ろのすいた車両で快適な通勤をお楽しみください.

それから,”援助交際は売春です”,という,大阪府警のポスター.二文字で済むところを四文字にする,そういう卑屈な言論統制に断固反対する大阪人の気概を見た.

硬貨を一つずつではなく,まとめて入れられる自動券売機.”いらち”は大阪の専売特許ではない.せっかちな江戸っ子は,東京よりも大阪の方がせっかちにとって快適なことを発見し,その町を羨望の眼差しで見るようになる.

大阪はまた,ホテルのフロントで新幹線の割引回数券を売っている町でもある.値段は12070円と,お茶の水の金券ショップより70円高かったのは深謀遠慮と見た.おのぼりさんの東京人は,ロンドンのパブで1パイントのエールを注文する気分で,浪速風を気取ってホテルのフロントで,お茶の水より70円高いからと値引き交渉をするだろう.それを見越しての,観光気分を与えるための70円に違いない.

”12070円は高いね,70円負けてよ.昨日東京駅近くの金券ショップで値段を見たら12000円だったんだ.大阪ならもっと安いだろうと思ってわざわざ買わずに楽しみにして来たのに,僕をがっかりさせないでよ.”

”もうかなわんな,お客はんには.その値切り方のうまさ,東京においとくのはもったいないわ,うちで働く気,あらしまへんか?”

これが大阪観光の醍醐味である.

しかし,そんな大阪にもかげりが見える時がある.関西新空港開港で見せた,不自然なまでのはしゃぎぶりは何だったのだろうか.また,なぜ,2008年のオリンピックの開催地に立候補するのか?”ほんまに銭になるん?”という,一番大切な問いかけを,大阪人は忘れてしまったのか?大阪商人はどこへ行ってしまったのか? よりによって横浜のような田舎町と張り合って何の得があろう.それとも,近江商人の堤氏と同様,したたかな計算があっての上での五輪招致なのか?

日本の都市がすべて東京にすり寄る大政翼賛会になりつつある時代に,大阪はいつまでも大阪であってもらいたいと願うのは,東京人特有の感傷に過ぎないのだろうか.

ルビコン川の向こうへ