2日目のSPさんとのセッションでは、加藤先生が説明してくださったように、高岡さんと私の面接の根本に流れるものに違いはありません。それは、「自分は(年齢・性別・疾患・料金支払能力等の属性にかかわらず)、目の前の患者さんを愛している」という事実(1,2)です。この事実は大部分が意識の下に埋もれていますが、「患者さんの喜ぶ顔が見たい」という気持ちとなって一部が地表に表れています。面接も含めて、診療は、その愛情表現です。
「パーキンソン病と言われて不幸になりたい」と、自分を誤認している益田由紀子さんに、「実は幸せになりたい自分」に気づいてもらうのが、高岡さんと私の共通の使命でした。高岡さんは「パーキンソン病かどうか、きちんとお話ししてもらわないとねえ」の一点張りで粘ったし、私は「パーキンソン病って言わせたいんだろうが、その手には乗らねえよ」と「不同意」メッセージを言語・非言語と両面で連発した上で、「あなたはここに幸せになりたいために来た」「お母さんはあなたのことを恨んでいない。あなたのことを愛している」と申し渡しました。益田さんに対する愛情表現の仕方は全く違いますが、底に流れるものは同じです。
高岡さんの「のらりくらり・持久戦型」と私の「がちんこ勝負・超急戦型」の両極端を対比的に提示することで、「この場面での落としどころはどこか?」を参加者に意識してもらいました。そして、実際の診療では、それぞれの場面の様々な制約の中で、リスク・ベネフィットバランスを、どの側面でどう捉えて、どう活用するかという作業が必要となることも意識してもらいました。
ところが、学生さんの場合、まだ現場に出ていないので、「様々な制約」を体感できていません。そこでどうしたらいいかわからず、おろおろする自分を想像して不安になってしまう。そしてその不安を、早く解消したい衝動に駆られて、医療面接の訓練を繰り返します。
ただし、その過程で、医療面接が目的化することがありますから、注意しましょう。手順書(SOP SOP:Standard
Operating
Procedures いわゆるマニュアル)に載っていないことは、全て「”ルール違反”だから→”いけないこと”だ」と判断してまう、手順書に使われてしまう、手段の目的化の過誤を意識してください。
「OSCEで習ったことと違うから、おかしいんじゃないの?」程度の未成熟な思考停止でしたら、まだ可愛いものですが、この過誤が極端になりますと、「あれだけシュミレーターで一生懸命勉強したのに、救急現場でスムーズに挿管できないのは、やっぱり自分が”ダメなんだ”」といった自己攻撃的思考停止や、時には「シミュレーター通りに動かない患者が悪い!」というような悲劇的なコメディが生まれたりします。
医療面接の場合には、手順書に使われてしまうリスクを回避するためのtipsもネット上で見つかりますが(3)、あらゆる不安を解消するtipsを自分の外に見つけようとしても、「青い鳥」「山のあなた」同様の徒労に終わります。
ローマは一日にして成らず。自分の不安を解消するtipsは自分の中にしか見つかりません。それも十年、二十年かけて、様々なピースを根気よく拾って、あそこでもない、ここでもないと悩み続ける自分の中にしか見つかりません。その際、決して短気を起こさず、焦らず・弛まず歩んで行く素敵な自分を見出すツールを書き出しておきますので、ご利用ください。
●常に不安である自分・迷いがある自分に安心してください(7)。なぜなら、不安や迷いは複数の選択肢が見えている&思考停止していないことを意味するからです。逆に決断力とは、思考停止力の代名詞に過ぎません。
●時間軸を使える自分・「時間がかかる」と被害的に考えるのではなく「時間をかける」と主体的に考えられる自分・「やり過ごし」「先送り」(4)を使い倒せる自分→不安・迷いに中腰で耐えられる自分・自分を待てる自分
●「(今は)わからない(けれど大丈夫。なぜならあなたが助けてくれるから。教えてくれるから)」を使い倒せる自分→謙虚な自分が見えてくる
自分にとって一番大切な自分が幸せでなければ、他者を幸せにすることはできません。自分を犠牲にして他者を幸せにしようとする戦略は、一時的にはうまく行ったように見えても、継続性を担保する土台がないので、将来必ず破綻します。
マザー・テレサは決して自分を犠牲にして他者に奉仕していたのではありません。もし、そうならば、あれほどまでの継続性は担保できなかったし、仲間も増えなかったでしょう。人々が、彼女を見て、楽しそうだ、面白そうだと思ったからこそ、仲間が増えて、彼女の活動が広がって行ったのです。そうです。彼女は自分の仕事が楽しくて、面白くて仕方がなかったのです。だってそうでしょう。お金も建物も医師免許証も、目に見える物が何もなくても(5)、目の前にいる人を自分が愛するだけで(6)、その人の笑顔が見られるのですよ。楽しい、面白いに決まってる。
1.井出広幸先生によれば、『女性には愛を、男性にはリスペクトで接する』(内科医だからできるこころの診療)
2.「マザー・テレサの気持ちがわかるようになりたい」と言い換えると、腑に落としやすいかもしれません。
3.「患者の長い話を聞かないための技術」 「今日はどうなさいましたか、と聞いてはいけない」
4.高橋 伸夫 できる社員は「やり過ごす」 (日経ビジネス人文庫)
5.「大切なものは目に見えない」(星の王子様)
6.「愛は動詞である」(7つの習慣)
7.この先生に会いたい!!(
週刊医学界新聞 第2792号 2008年08月04日)