李下と瓜田を意識する
へっ,暢気なもんだぜ.総会屋市民団体から言いがかりをつけられた経験はもちろんのこと,これからもそんな心配とは金輪際無縁の人達には,四六時中,李の木の下や瓜畑にいるような製薬企業社員の気持ちは決してわからないだろう.
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患者団体の「賞」を突如辞退した製薬企業 コンプライアンスを前に届かなかった故人の「思い」 医薬経済 2017/10/15
「山田様のご遺志、そして私たち患者、家族の根治への願いが届かず、とても残念です」
1型糖尿病患者団体である「日本IDDMネットワーク」の井上龍夫理事長は本誌取材に肩を落とした。患者とその家族の思いが込められた「山田和彦賞」の記念すべき第1回受賞者を伝えるはずだった。しかし、9月7日のプレスリリースには「受賞者なし」と書かれていた。
山田和彦氏。同氏は1型糖尿病を患っていた。その山田氏は生前、移植や機械に頼らず「自分の体は自分の体の中で治る」ことを期待し、若い患者の根治を望んでいた。財産の一部を研究に提供したいという山田氏の意向を家族が汲み、IDDMネットに「3000万円」を託した。
IDDMネットは、1型糖尿病患者支援のほか、患者団体では珍しい研究資金の提供でも実績がある。1型糖尿病の根治療法をめざして、05年に「1型糖尿病研究基金」を設立。資金は寄付金で賄われ、最近では「ふるさと納税」「クラウドファンディング」を活用して、第一線の研究者に配分している。08年度の2件を皮切りに、17年4月までに計32件、1億6200万円の研究費助成を行ってきた。
そんなIDDMネットにとって、山田和彦賞の創設はチャレンジだった。これまでどおり研究資金の提供でもよかったが、さらに研究を盛り立てていくために、「賞」の新設を選んだ。規模や歴史の違いはあるものの、患者団体が創設した「ノーベル賞」という思いも含まれていた。
紙面を割くまでもないが、ノーベル賞は、火薬を発明したアルフレッド・ノーベルの遺産をもとに、毎年各領域で功績のある人物に贈られている。今年は15年の大村智博士、16年の大隅良典博士に続く、ノーベル医学生理学賞の日本人連続受賞は逃したが、歴代さまざまな人物が獲得してきた。
式典では、メダルの授与とともに賞金が贈られる。ノーベル財団の財政状況によって金額は変わるが、17年は900万スウェーデンクローナ(約1億2600万円)に上る。受賞者の会見では、ほぼ恒例ともいえる使い道を問う質問が飛び出し、昨年の大隅博士は「若い人たちをサポートができるようなシステムができないか」と後進の育成に関心を払う様子をうかがわせた。
一方、まさかの受賞者なしに終わった山田和彦賞も、ノーベル賞と同じように賞金の使い道を制限していない。募集要項によると、「山田和彦様のご遺志に沿って研究に活用してください」とあり、通常の研究資金のように具体的な研究テーマや使い道などに関しては明記されていない。賞金額は「1000万円」に上る。各種学会の設けている賞が50万円にも満たないなかで、「それほどの思いを感じて、日本の研究を引っ張ってもらいたい」(井上理事長)と話す。3000万円の寄付金を財源として、第1回、第2回、第3回で1人ずつ計3人の受賞者を生み出す計画だったが、第1回目で躓いた。
それでは、なぜ「受賞者なし」となってしまったのか。
応募対象者は、山田氏が望んでいた「自らの体の中で膵島を自己再生するような根治療法」において、優れた功績を挙げた研究者と設定。自薦、他薦を問わず募集したところ、6件の応募があったという。その後、専門家やIDDMネットの患者、家族などの関係者を交え、選考した結果、ある研究者を受賞者に選定した。井上理事長によると、当初、選定された研究者は賞を受け取る意向を示していたが、突如辞退を申し出たという。その理由がこうだった。
「製薬業界のコンプライアンスとして患者団体から多額の資金を受け取ることが禁止されている」
選考を重ねて選ばれた受賞者は製薬会社社員だったのだ。
ノーベル賞の晩さん会が行われるストックホルム市庁舎
「まったく想定していなかった」
大手メディアも注目した製薬会社から研究者への講師謝礼金、原稿執筆料などの金の流れ。妥当な金額だとしても、特定の製薬会社から研究者へ数百万円を超える金額の受け渡しは疑念を招いてしまう。このため、日本製薬工業協会は「透明性ガイドライン」を策定し、それをもとに各社が医療機関への金の流れを公開してきた。
この影響で医療機関だけでなく、製薬会社から患者団体への資金提供も厳格化された。製薬協は透明性ガイドラインだけでなく、協働に関するガイドラインも作成し、関係の透明性のほか、特定企業の「お抱え団体」ではない独立性の担保なども強調している。
ところが、いずれのガイドラインも製薬会社から患者団体への金の流れ、影響力についての言及にとどまる。受賞者が辞退の理由に挙げた「患者団体から多額の資金を受け取ることが禁止されている」という項目は見当たらない。しかも、受賞者は賞に応募した時点で、受け取る考えがあった。
どういう経緯を辿って賞を辞退するに至ったのか、所属会社から受け取り拒否の指示があったのかはわからない。ただ、受賞者の選考にあたって多くの人々が労力をかけており、山田氏の遺志やその家族の心情を考えると、どうにもやりきれない想いは残る。
かつて井上理事長は寄付金を募り、研究資金として100万円を助成したとき、ある研究者からかけられた言葉を覚えている。
「100万円が『1億円』に感じます」
国の税金で賄われている科学研究費も重要だが、患者の希望が詰まった研究資金の重さは測り知れないし、選考も慎重に進めてきた。それなのに、どこに明記されているかわからない「製薬業界のコンプライアンス」を理由に受け取りを断られた。
会社にとっては、透明性ガイドラインに則った対応だったのかもしれない。各社ともガイドラインを参考に独自の指針を設定できる。慎重な会社ほど昨今の世の流れを鑑み、一社員が多額の資金を患者団体から受け取るのは不適当と判断したとも考えられる。
しかし、賞の財源は繰り返すが、一個人である山田氏とその家族だ。IDDMネットは、山田氏の家族の付託に応えた格好だ。一連の経緯について、井上理事長は「過去の実績から賞を与えようとしたので、まったく想定していなかった」と振り返る。
とかく透明性や利益相反に矛先が向けられやすい風潮になってしまったが、些か過敏になりすぎてはいないか。歴代のノーベル賞受賞者を振り返ると、抗体の多様性に関する業績で87年にノーベル医学生理学賞を受賞した利根川進博士は、バーゼル免疫学研究所での実績が評価された。受賞時にはマサチューセッツ工科大学教授だったが、このバーゼル免疫学研究所はロシュの研究所だ。
コンプライアンスも重要だが、杓子定規が過ぎると、人と人、組織と組織の関係はドライになっていくばかりだ。IDDMネットは現在、山田和彦賞の選考方法の見直しを検討中という。
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