誇大広告とはいったい何だったのか?

 医薬品副作用や論文捏造等、医療に関連したネガティブな事象を、あたかも犯罪かのようにでっち上げて刑事事件化すれば、記事は売れるし正義の味方認定証もいただける。特に裁判真理教信者の比率が世界一高い我が国のメディアは、この戦略によって高い収益と自己正当化を同時に実現してきました。
 ところが、「薬害」エイズ事件北陵クリニック事件では、当初メディアが華々しく伝えた「大戦果」が実は惨敗だったことが既に明らかになっています。さらに医療事故に巻き込まれた医師を業務上過失致死傷罪に問う裁判が医療事故再生産装置であることも露見するに至り、医療に関連した裁判の信用は既に地に墜ちています。
 今回は、ARBが何の略号かも知らなかった「医学ジャーナリスト」の「スクープ」に端を発したディオバン事件を例にとり、裁判真理教を利用して自らを正義の味方に仕立て上げるメディアの前世紀型戦略が、既に破綻している現状を解説します。

誰も騙せなかった誇大広告
 ディオバン事件の裁判で医薬品医療機器等法(旧薬事法)66条違反の誇大広告の証拠とされたのは、Kyoto Heart Study (KHS)事後サブ解析を行った2論文です。誇大広告というからにはこれらの論文に騙された人が必ずいるはずです。では誰が騙されたのでしょうか?患者でしょうか?そんなはずありません。降圧剤の選択にあたって、医師でさえ読まない三流論文を読む患者さんがどこの世界にいるものですか。
 そもそも日本では 薬害オンブズパースン会議 (YOP) のおかげで、医療用医薬品のDTC (Direct to Consumer顧客直結)広告が許されていません。DTC広告が許されている上に、どの患者さんも英語が理解できる米国やニュージーランドで、ノバルティスが誇大広告で訴えられたなんて話も寡聞にして存じません。
 では「処方裁量権」を持つ医師が騙されたのでしょうか?それも違います。KHSやそのまたサブ解析のようなインチキ論文に騙されるような愚かな医師は一人もいませんでした(関連記事1関連記事2関連記事3)。

真の誇大広告とは?
 上述の如く、ディオバン事件における最大の謎は「医師はもちろん患者さえも騙せなかった論文が薬事法違反の誇大広告に当たる」との検察官主張に他なりません。にもかかわらず、38回を数えた公判では、誰が、いつ、どこで、どうやってデータを捏造したのかについて熱い論戦が繰り広げられました。ではデータ捏造が証明されれば、それはそのまま誇大広告の動かぬ証拠になるのでしょうか?とんでもない。
 それまで仮説に過ぎなかったdual RAS blockadeによる腎保護効果を初めて実証したとして、2003年1月、Lancetに華々しく掲載されたCOOPERATE研究は、その後データ捏造だけでなく、患者同意や倫理審査委員会等、試験実施のために不可欠な諸手続きも、全てが幻だったことが判明して、2009年10月に取り下げられました。
 KHSなんぞ足下にも及ばない、世紀の「メガ研究不正」として、撤回後も引用され続ける論文ランキング(2015年)で堂々8位に食い込んでいるCOOPERATE研究が、誇大広告として刑事告発の対象となったとは、これも寡聞にして存じません。
 それどころか、かつて「降圧を超えた作用」の論客として鳴らしたCOOPERATE研究の筆頭著は、現在も実地診療でご活躍中です。どんな研究不正に手を染めても、メディアの餌食にさえならなければ、裁判とは無縁の平穏無事な医師人生を歩めるのです。
 では、データ操作の如何にかかわらず、学術論文は決して誇大広告にはならないのでしょうか?それも大間違いです。ただ、KHSのような誰にでも一撃診断できるイカサマ論文にはビタ一文の広告価値もないだけです。FDAを抱き込んで大規模試験を行い、その結果がNEJMに載るようなセレブ研究論文だけが、真の誇大広告になれるのです。
 しかも、これらの真の誇大広告は決して裁判沙汰にはなりません。なぜなら、著者が全て外国人だからです。前代未聞の査読スルーの最大の功労者だったであろう、「降圧を超えた効果」の教祖様も、スウェーデン人だったというだけでお咎め無しに終わっています。さらには、バーゼル本社ご禁制じゃなかった謹製の正真正銘の誇大広告も日本での承認申請を控えているようですしね。

トカゲの尻尾でさえもなかった「犯人」
 裁判は真実発見の場ではありません(森 炎 教養としての冤罪論 岩波書店)。だとすれば、裁判で言及されなかったことにこそ真実があります。
 外資製薬企業の本社は、日本の支社に対して非常に強い権限を持っています。日本のノバルティスが数千万から億単位の奨学寄付金を動かせたのも、バーゼル本社の意向があったからこそです。世界を股にかけるメガファーマが世界中で売りまくったバルサルタン。その論文が誇大広告とされた裁判に登場したのは、なぜか全て日本人でした。
 ディオバン事件を最も上手に利用したバーゼル本社をトカゲとすれば、「誇大広告」に係わってしまった日本人達は、そのトカゲの尻尾でさえもなく、糞同然に扱われました。38回を重ねた公判で行われたことと言えば、トカゲの影も形もない法廷で,その糞を集めてきて、こっちは良い糞、そっちは悪い糞と選別する作業でした。
 「本丸」の売り逃げを見逃し、奨学寄付金をたんまりもらったお医者様達が検察側証人として、黒子役の生物統計家だけを凶悪知能犯として吊し上げる。それがt検定一つ知らない特捜検事の描いた(あるいは描かされた)シナリオでした。早くも第2回公判にして空席が目立つようになった傍聴席は、そんな茶番劇に対する市民の無関心を象徴しています。
 ARBが何の略号かを勉強すれば、処方箋の書き方を知らなくても栄えある賞が取れることを実証した記者さんは、ディオバン事件裁判の判決を、どうやって「医学ジャーナリスト協会賞大賞」にふさわしい勝利の凱歌に仕立て上げるつもりなのでしょうか?

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