日経メディカルオンライン3月記事
ディオバン「事件」の誇大広告って?~その2~
2012年某月某日、ノバルティス社のとある営業所に勤める野波さん(開業医担当)は、大学病院担当の同僚から、Kyoto Heart Studyのそのまたサブ解析論文を某教授に「広告価値ゼロの紙くず」と罵倒されたと聞いても、さして驚きませんでした。気難しい大学教授ならばそのぐらいのことはあるだろうと思ったからです。ですから、その日も、いつも丁寧に話を聴いてくれる古代クリニックの院長先生を訪問するにあたって、何も心配はしていませんでした。幸いその日は外来の混雑もなく、先生も昼食を終えたところでした。
野波「先生、いつもお忙しいところ申し訳ありません。今日はディオバンに『降圧を超えた効果』が証明された論文が発表されたので、その別刷をお持ちしました」
古代「おお、そりゃよかったね。おめでとう」
野波「ありがとうございます。つきましては、先生のところでも、ディオバンが適切な患者さんがいらっしゃいませんでしょうか?」
古代「高血圧でディオバンを飲んでる人はもちろん何人かいるけど……」
野波「ありがとうございます。その中で心不全、糖尿病、腎障害などの、合併症を起こしている方は……」
野波「あっ、そうでございますか。そういうに方こそ、どうでしょうか、ディオバンは……」
古代「えっ?でも、ディオバンはそういう患者さんには効かないんだよ」
野波「実は先生、今回お持ちしたのは、そうした合併症を抱える患者さんを対象に『降圧を超えた効果』を示したJikei Heart、Kyoto Heart をはじめとする一連の大規模臨床試験を、より詳細に検討したものでして……」
古代「(突然血相を変えて)君ね、そんなイカサマで僕をだませるとでも思ってるの?開業医だから、ランセットの名前を出すだけでイチコロだとでも思ってるの?」
野波「えっ、めっそうもない……(何なんだ、この展開は??)」
古代「じゃあ、僕がディオバンの添付文書を読めないとでも思ってるの?」
野波「えっ、そ、そんなことは……(何で、添付文書の話になるんだ??)」
古代「だったら、そのありがたい論文とやらが絶対にディオバンの広告にならないことぐらい、分かるよね?」
野波「あの……申し訳ありませんが、お話がよく……」
古代「一体、何年営業やってるんだ!!ディオバンの添付文書の効能効果にはね、「高血圧症」の4文字しか書いてない。それに対して、他社の製品、たとえばブロプレスとレニベースは慢性心不全、ニューロタンとタナトリルは糖尿病性腎症の効能効果を持っている」
野波「はあ……。しかし先生、弊社のディオバンの大規模試験はJikei HeartもKyoto Heartも海外の一流誌に……」
古代「ふん,バカバカしい.大学教授ならいざ知らず、海外の一流誌だろうと『降圧を超えた効果』だろうと、実地診療には何の役にも立たないほら話だってことぐらい、まともな医者なら誰でも知っているんだよ。添付文書が効能効果を認めていなければ保険診療ができないことぐらい君だって知っているだろう。添付文書さえ読めれば、こんな論文は広告価値ゼロのゴミだってことはすぐ分かるんだよ!!」
野波「添付文書がそんなに大切なものだとは……」
古代「大切以前に、基本中の基本なんだよ、添付文書は。今の時代,スマホやタブレットで、いつでもどこでも誰でも、もちろん患者さんだって読んでいる。それなのに、添付文書も読まずに薬に関わる仕事をしようなんて、新聞記者や検察官じゃあるまいし。ああ、もう診察が始まるから、このへんで。この別刷は持ち帰って、大規模試験真理教の大学教授にでも差し上げてね」
ディオバン「事件」に事件性なし
「患者を裏切り、利益を食らう者たちを許すな」。これは、日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞した記者たちが執筆した本の帯に踊る宣伝文句です。一体、彼らは何を言いたいのでしょうか?日本中の医師がノバルティス社の営業社員にまんまとだまされてせっせとディオバンを処方していたとでも?そんなおめでたい医者どもに警告してやるのが我々敏腕医学ジャーナリストの使命だとでも?「みのもんた気取りもいい加減にしろ!」という声が、どこからか聞こえてくるような。
ディオバン「事件」の裁判では、Clin Exp
Hypertens. 2012;34(2):153-9、Am J
Cardiol. 2012;109(9):1308-14の二つ論文が、凶悪な知能犯罪の動かぬ証拠であり、その「狡猾な知的凶器」を作成した犯人がノバルティス社元社員の白橋伸雄氏であるとされています。しかしこの間抜けなおとぎ話は、日本中の医師が添付文書一つ読めない大バカ者揃いという大前提がないと成り立ちません。検察は私一人をやぶ医者呼ばわりするだけでは気が済まないようです。
殺人事件では死体があり、窃盗事件では盗まれた物があるように、どんな事件でも被害を表す証拠があり、被害を受けた被害者がいます。しかし上記論文には、そもそも広告としての価値はありませんでした(関連記事)。さらに被害者、つまり添付文書一つ読めずにノバルティス社の陳腐なセールストークにだまされるような間抜けなお医者様もいませんでした。盲導犬刺傷事件や北陵クリニック事件と同様に、ディオバン「事件」にも事件性はないのです。
「巧妙な誇大広告によって日本中の医師をだました知能犯、白橋伸雄」.自称敏腕医学ジャーナリストたちが描いたこのシナリオは、それ自体が珍妙な「誇大広告」であり、添付文書一つ読めない検察官にしか採用してもらえない、杜撰極まりないでっち上げだったのです。
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