来月6月13日、22時からNHK総合テレビで放送予定の「総合診療医ドクターG」では、私が刑務所で楽しく診療している様子が紹介されます。最近、矯正医官の深刻な不足1)がようやく少しずつ報道されるようになりましたが、塀の中での診療がテレビ放送されるのは史上初です。
“さる筋”からの圧力??
昨年4月に高松少年鑑別所医務課(高松刑務所医務部併任)で働き始めてから、1年余りが経ちました。それでも、医学部教授から塀の中へという異動は、“転
落”と見えるらしく、「池田は宮城県警の杜撰な捜査や、東北大ぐるみの医療事故隠しや、科学なき科捜研によるでたらめな質量分析等々、諸々の警察・検察不
祥事と、最高検察庁が実は大本営だったという公然たる国家機密を漏洩したために、“さる筋”から圧力がかかって前任地を追われた」とのまことしやかな噂が
あるとかないとか……。
しかし、北陵クリニック事件におけるベクロニウム中毒の診断がとんでもない誤診2)であ
ると私が知ったのは、長崎大に勤めていた2010年1月、もう4年以上も前のことです。それ以来、今日に至るまで、どこのだれからも、私の行動や言動を抑
制するよう干渉を受けた覚えは一切ありません。また、「おまえが単に鈍感なだけだ」と言われたこともありません。それは「ではあなたが言う『敏感さ』の意
味は何ですか?」と私から切り返されることが目に見えていたからでしょうけれども。
それどころか、検察官がトップの事務次官を務めるお役所に3)、
最高検察庁を大本営呼ばわりする医者があっさり採用され、しかもその医者が堂々とNHKに48分間に渡って主役として出演し、刑務所で楽しそうに診療して
いる様子までが金曜日のプライムタイムに全国放送されるのです。私の転勤が最高検の陰謀によるものだとしたら、今回の放送は一体どうやって説明したらいい
のでしょうか?
矯正医療の現場の実態は――
さて、一口に「矯正医療」と言っても、八王子医療刑務所のような本格
的な病院から、学校の保健室同様の地方少年鑑別所の医務室まで、診療環境もその内容もさまざまです。私の場合、2カ月前後の高松少年鑑別所入所期間中の、
少年たちの健康管理が主な仕事です。頻度の多い身体疾患は喘息、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、性器クラミジア感染症といったところですが、それらに
加え、やはり発達障害の評価を頻繁に求められます。そんな時は、07年7月から1年余り、秩父学園(埼玉県所沢市)で、高木晶子前園長のご指導の下、発達
障害者の療育を五十の手習いよろしく学んだ経験の有り難さをしみじみと感じます。
一方、併任となっている高松刑務所における被収容者の疾病構造は、覚醒剤・入れ墨をリスクファクターとするC型肝炎が高頻度に見られる点、軽度知的障害者や認知症の比率が高い4)点
などの一部の特殊要因を除くと、基本的に塀の外の縮図になっています。私の場合、塀の外よりも急速に進行する高齢化を反映して、認知症、パーキンソン病、
脳血管障害、せん妄、意識障害といった疾患・病態の相談を受けることが多くなっています。検察官がキャリア官僚として支配する法務省で居心地が悪くないの
か?と気遣って下さる方がいらっしゃいますが、これも心配ご無用。上述のように、全く逆に、特性を生かして、のびのびと仕事ができる場所を与えてもらって
います。
もちろん矯正医療は問題だらけです。塀の外の医療が問題だらけなのですから、人材も予算もはるかに少ない塀の中では、塀の外よ
りも数多く、かつ深刻な問題の数々が山積しているのは当然です。さらに「極悪人に税金を使って病気を治してやる必要なんかこれっぽっちもない」と考える
“国民の皆様”もいれば、一方で「被収容者の劣悪な診療環境は重大な人権問題だ」と考える“正義の味方”もいます(でもそういう“正義の味方”も、検察官
によるミトコンドリア病患者の人権蹂躙問題2)には知らぬふりですが)。
そんな問題だらけの環境は、私を謙虚に
してくれます。自分は日本の矯正医療の問題をすべて解決できるスーパードクターではない。自分にできることは、今日一日、今この瞬間、問題だらけの矯正医
療の現場で自分に与えられた課題に集中することだけ。自分の能力の限界は、周りの職員に、入所少年に、被収容者に助けてもらう、教えてもらう、そう素直に
思える職場なのです。
開かれた矯正、そして夢は大きく
名古屋刑務所事件をきっかけに、100年続いてきた「監獄法」が「刑事施設・受刑者処遇法」と改正され、「開かれた矯正」がスローガンとなって来年で10
年となります。確かに矯正医療が抱える数々の問題は深刻なものばかりですが、ここまでの関係者の地道な努力の軌跡は、塀の中に入らないと分かりません。今
回の収録・放送は、矯正局長以下、法務省関係者の皆様の多大な御協力の賜物です。この場を借りて改めて御礼申し上げます。
法務省が全面
的に協力した企画なのですから、検事さんたちも忙しいでしょうけれど、録画という手段もあることですし、是非「ドクターG」を見てくださいね。同じ法務省
職員のよしみで、色紙を持って来てくれたらいつでもサインしますよ。決して利益相反にはなりませんからご心配なく。その時に添える一言は、夢は大きく、
「開かれた検察」とでもしましょうか。「開かれた再審」「科学捜査に科学を!」なあんて、けちなことは言わずにね。
<参考資料>
1)矯正施設の医療の在り方に関する報告書
2)“天下のやぶ”と呼ばれて
3)法務省幹部職員への検事の任用状況
トップの事務次官を始め、局長級の大幹部の多くが検察官出身です。
4)永田町で見えなかったこと。刑務所で見えたこと
衆議院議員→政策秘書給与の詐取で逮捕→黒羽刑務所で服役・寮内工場で介護→刑期を終えた後は訪問介護職と、私以上に仕事を柔軟に変えてきた山本譲司氏の貴重な体験談で、刑務所が代用福祉施設となっている実情がよくわかります。