読者の皆様の中であの有名なテレビ番組をまるきり見たことのない方がいらっしゃったらご容赦願いたい.
実際の合衆国のERの医者はあんなに何でもできるわけじゃない,ただの振り分け屋だとの指摘もあるが,医者が直面する現実問題が数多く取り上げられている点,臨床的にでたらめな点が少ない点で,なかなかよくできているというのが多くの方の評価だろう.しかし,一方で,番組の底辺には,ある不愉快な非現実性が常に流れている.それは喧騒である.
予想外の緊急事態を最小限に抑えるのが危機管理の基本である.その点では,”廊下を走らない,大声で騒がない”は,小学校の専売特許ではない.医療現場でも,医者が慌てて走ったり,大声で叫ぶ場面は,本来はあってはならないことである.だから,私は,急変の呼び出しがあった時は,廊下は疾走するが,一旦現場ににたどり着いたら,ニコレのシチリアーノを聴いている時と同じく,わずかな微笑みを心がけながら,喉頭鏡の灯りと挿管チューブのカフを確認し,スタイレットを通すことにしている.命のやりとりの現場にふさわしいのは平静の心である.激情ではない.
「刻々と手術は進む深雪(みゆき)かな」 (みづほ)
以下蛇足
シチリアーノと聞くと,フォーレのそれを思い出す人もいるかもしれないが,私にとっては,大バッハのフルート・ソナタ 変ホ長調のうちの第2楽章でしかありえない.それも,オーレル・ニコレ,カール・リヒターの組み合わせ以外の演奏は受け入れられない.
新潟大学医学部脳神経外科の初代教授中田瑞穂先生は,秋桜子・誓子等と東大俳句会を興したほどの俳人でいらっしゃいました.