命と金のトレードオフ

2004/8/25の神戸新聞の記事から

95歳の心臓手術成功 神戸労災病院
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 神戸労災病院(神戸市中央区籠池通四)が、心臓の弁の働きが悪くなる「大動脈弁狭窄(きょうさく)症」を患った九十五歳の男性の人工弁移植手術に成功した。経過も良好で、二十五日、地元の洲本市内の病院に転院する。同病院は「術式自体は難しいものではないが、同種の手術に成功した患者としてはおそらく全国で最高齢ではないか」としている。

 洲本市由良の中島安志さん。数年前に同症を発症し、心室と大動脈の間にある弁が硬化し、心不全のような症状が続いた。地元で投薬治療を続けていたが、新聞記事で九十二歳の女性が神戸労災病院で心臓手術に成功したことを知り、同病院に通院。六月、呼吸が苦しくなり緊急入院した。

 中島さんは高齢のリスクを抱えながらも、手術を強く希望。七月、執刀医の脇田昇・心臓血管外科部長が決断し、弁を切除し、牛の心臓の膜でつくった人工弁を移植した。狭まった血管にパイパスを通すなど約五時間に及ぶ大手術となった。

 転院後はリハビリに励むといい、中島さんは「若いころの体には戻れないが、とにかく苦しみがなくなった」。

 脇田部長は「腎機能が弱っており、体力的にもリスクがあった。手術をするかどうか迷った。何より中島さんの強い意思が成功の最大要因。他の患者を勇気付けてほしい」と話している。
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> 強い意志が最大要因
おいおい、医者も記者も患者と同い年か、これじゃあ軍人勅諭だぜ。患者は陸軍、海軍どちらの経歴だか知らないけど、今時、霞ヶ関の大本営でもこんな発表はしないぜ。手術の腕なんかどうでもいいってことね.

金と命のどちらが大事かは,これまで度々論じてきた問題である.その際,年齢という要因は重要である.95歳の命と,そのひ孫の命の値段が違うかどうかも,現実の医療現場では議論される.

この症例を,医療経済の観点から論ずるとなれば.手術の費用、95歳の大動脈弁狭窄の自然予後、術後半年でアルツハイマーになる可能性、アルツハイマーになって生き延びる場合の家族の負担、社会の負担といった点も含まれるだろう.同じケースが米国で報道されるとしたらどういう記事になると想定されるか・・・・

鈴木厚先生は,その総説,”日本の医療を正しく理解してもらうために”の中で,次のように述べていらっしゃる
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レセプト(医療費明細書)の統計をみると上位10%の患者さんが総医療費の6割を使っています.そして上位1%の患者さんが総医療費の26%を使っています。(中略)高額レセプトの患者さんが高度医療で生命が助かるならよいことです.しかし高額レセプト上位20の患者さんの9割はその月に死亡しており,そして残り一割の患者さんも,翌月に死亡しているか,ほとんど社会復帰をしていません.
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金と命のトレードオフの話は、医療現場では日常茶飯事の話題だが、哀れなまでにその議論ができないのが、日本のジャーナリズムである。その結果,上記の記事のように,めでたしめでたしのお話だけで終わってしまう.これは,東洋人の特性か。天皇制のようにタブーと感じているのか、それとも、面白さに気づけるほど成熟していないのか・・・このようなおめでたいだけの記事が生まれる背景は何かを議論するのも面白い。

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