北陵クリニック事件:症状・病態鑑定
(季刊刑事弁護 No.71 pp46-48)

池田正行 長崎大学 医歯薬学総合研究科 教授

意見書執筆と関連した私の経歴
大学卒後30年の経験がある内科医で,日米それぞれの内科専門医資格を持っています.現職は大学教授です.これまで10件以上の医事裁判(民事)で中立的な立場から意見書を書いたことがありますが,法廷に出た経験はありません.

意見書執筆のきっかけとなった本事例の背景
医師としての私にとって,本事例の最大の問題点は,犯罪の被害者とされた5人の患者さんの症状が,いずれも犯罪とは全く関係のない病気だったという点です.本事例は,犯人も犯罪も存在しなかったにもかかわらず,5人全てが犯罪の被害者とされ,誤判(医学的には筋弛緩剤中毒と誤診)に至りました.

意見書執筆の材料と執筆の進め方
私が過去に意見書を書いた他の医事裁判と同様,証拠保全された診療録(いわゆるカルテ)を,診断の適否を判断するための最も重要な原資料とし,併せて判決文,法廷での証言記録も適宜参考に執筆しました.診療録を見て,すぐに本事例では事件性が無いことがわかりました.なぜなら,診療録は適切に記載されており,そこに記されてあった診断過程にも何の問題もなかったからです.そして,原因不明の脳症とされたA子さん1人を除いて,後4人の患者さんには適切な診断がついていました.A子さんについても,診断は筋弛緩剤中毒ではなく,専門医の立場から,ミトコンドリア病という,脳や筋肉を中心に全身の臓器が障害される病気であることが明らかとなりました.

意見書を執筆する際に苦心した点
意見書執筆にあたって一貫して私が心がけたのは,医学的な妥当性,正確さを損なわずに,医師が病気を診断する際の極めて複雑な思考過程を,医療関係者ではない一般市民(その中には裁判官,再審弁護団,報道関係者も含まれます)にもわかりやすく書くことでした.その過程で,主に以下の4点で困難を感じました.いずれの問題点も,再審弁護団の中でさえも,明確に意識されていなかったために,まず,下記のような重大な問題が存在するという点から説き起こす必要がありました.

1)医学鑑定が行われなかった
本事例では,診断が最大の問題だったにもかかわらず,どういうわけか医学鑑定が行われませんでした.そもそも証人となった医師が説明責任を果たすための鑑定が行われず、鑑定書が作成されていなければ、どんないい加減な主張でもその検証は困難です。
判決の中で診断に関わる部分の根拠となっているのは、当該患者を直接診療していない2人の麻酔科教授の法廷での証言記録のみでした.証言は,検察官や弁護人との問答の口述筆記に過ぎず,診断の適否を判断するための原資料にはなりません.鑑定書としての文書がなければ、証拠保全した診療録を二人がそれぞれどこまで読み込んで、どこをどう解釈して証言したのか分かりません。上述したように,誤診は歴然としているにも関わらず,なぜ,そのような歴然たる誤診に至ったのかが不明でした.

2)検査万能主義という普遍的な錯覚
病気の診断は,検査だけでは決して確定できません.もしそうであれば医師という職業を持った人間は不要で,全て機械で判断できるはずですが,現実には,診断用のコンピューターは全く実用化されていません.プロの棋士を打ち負かすほどのコンピューターにも,医師のような診断能力はありません.その理由は,診断という作業の特殊性にあります.
診断の基本は,病歴(患者が話す症状経過)や診察所見といった,数値化できないアナログ情報を総合的に判断することです.しかし,このような作業は,コンピューターには絶対不可能です.病歴や診察所見ばかりではなく,検査でも同じ事が言えます.胸部単純レントゲン写真1枚とっても,コンピューターは何も判断できません.しかし,一般市民も裁判官も,時には医師までもが,しばしば検査の数値だけで病名が確定するような錯覚に陥ってしまって抜け出すことができません.本事例で誤診が生じたのも,検察側証人だった麻酔科医が,薬物鑑定の結果は絶対だと思い込み,病歴や診察所見と診断の整合性を全く考慮しなかったためです.

3)証言者の利益相反問題
北陵クリニックは,人員と莫大な研究費の両面で東北大学医学部と極めて深い関係を持っていました.そこで行われた研究は,患者さんに麻酔をかけて金属棒を体に埋め込む臨床研究でした.麻酔を行う際には,患者さんに筋弛緩剤を投与します.すなわち,検察側証人となった東北大学医学部麻酔科教授は,本事例に関して重大な利益相反があり,到底中立的な立場から証言できない立場にありました.それにもかかわらず,利益相反が全く問題にされず,証人として法廷に立ち,利益相反によって客観性が大きく損なわれた証言が採用されました.

4)医事裁判一般に共通する構造的な問題点
医事裁判においては、対立する双方の陣営からそれぞれの鑑定医が意見を提出します。そもそも双方が真っ向から対立しているが故に裁判になるのですから、当然鑑定も真っ向から対立します。その鑑定結果を参考としながら、裁判官はどちらが正しいか判断を強いられるのです。これが正に本事例で起こったことでした.医師が下した誤診を,裁判官が見抜いて正しい診断をするのは不可能です.
医師が医療に関してのみ―それも多くの場合、自分の専門領域で?判断を下せばいいのに対して、裁判官は診断に関しては全くの素人にも関わらず,真っ向から対立する2人の医師のどちらが正しいかを判断しなくてはなりません.このような構造的な問題を抱えている以上、“トンデモ判決”といわれる誤判が医事裁判で多発するのは当然です。
近年、「医学鑑定を医療側が十分検証すべき」という議論が活発になっていますが、今後、医療が関わる刑事裁判でも,上記のような利益相反問題のない,中立的な立場にある複数の医師による検証を行わなければ,本事例と同様の冤罪は何度でも繰り返されるでしょう。

参考記事
医事裁判における天動説?トンデモ判決が生まれる構造(無料登録により閲覧可能)

司法事故を考える