河北報告書

昨今報道されている医療画像読影の「見逃し」の多くは,典型的な,後出しじゃんけん,言い掛かりである.このような言い掛かりに対して,真正面から反論した河北報告書の記事は,ここ3年間,矯正医療に対する言い掛かり国家賠償訴訟の数々と戦ってきた私にとって,非常に読み応えがあった.

私が受任している国賠訴訟の打ち合わせでは,国の代理人(弁護士役)をする訟務検事が,私の意見を素直に聴いてくれるだけではない.「仙台筋弛緩剤事件なんて,あんなもん,全部でっち上げですよ」と,その目の前で私が言い放った検事が(もちろんその時は彼の顔は歪んでいたが),矯正医療に対する言い掛かり訴訟に勝つために何度も打ち合わせを繰り返した結果,「ドクターGと一緒に仕事をさせていただけるなんて光栄です」とまで言ってくれるようになった.世の中は変えられる.変わる.検察と裁判所が形成する大本営が内部から崩壊する過程は既に始まっている.

下記記事要約疾うの昔に有効性が否定されているX線による肺がん検診で「見逃し」が起こったと,例によって馬鹿なマスコミが騒ぎ立てたからといって,まるで総会屋の恫喝に怯えるかの如く,長年検診を続けてきてくれた河北を人身御供に差し出すような「報告書」をでっち上げた.そんな恩知らずな真似をした杉並区に対し,河北はエビデンスを踏まえた真っ当な報告書により真っ向から反論した.
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パンドラの箱を開ける河北報告書 肺がんX線検診に真っ向ダメ出し 医薬経済2018/12/15 ロハス・メディカル編集発行人川口恭
「当クリニックという一施設の組織的問題もさることながら、より根本的には、胸部エックス線検査を用いた肺がん検診という制度そのものに、大きな問題があるとの結論に達しました。より具体的にいえば、胸部エックス線検査が肺がんによる死亡率を減少させるための手法として有効であるという科学的根拠は、そもそも不十分なのです」「国や自治体のほうで、検診方法の限界と放射線を必要以上浴びることの危険性等の積極的な情報開示を怠ってきたことに、最大の原因があると考えます」

社会の常識を真っ向から否定する刺激的な文言が並ぶのは、12月13日に公表された「社会医療法人河北医療財団特別調査委員会調査報告書」だ。
東京都杉並区の実施した肺がん検診で40歳代女性のX線画像にあった陰影が見落とされ、その肺がんを原因として女性が6月に亡くなったというニュースを、ご記憶の方も多いことと思う。舞台となったのが、日本医療機能評価機構の理事長である河北博文氏率いる財団傘下の河北健診クリニックという「一流施設」だったこと、肺の陰影は14年に撮影された画像からすでにあったこと、同クリニックで同時期に撮影された約9400人分の画像を再読影したところ要精密検査の見落としがさらに44件見つかったことなどもあって、発覚からしばらくは、テレビや新聞でも大いに取り上げられた。

住民への胃・子宮・肺・乳・大腸の各がん検診は厚生労働省が推奨し、市町村は実施に努めるよう健康増進法に書き込まれている。よって、厚労省の推奨するX線撮影による肺がん検診を全国ほとんどの自治体が実施しており、今回の見落としに杉並特有ではない普遍的な原因が見つかった場合、その影響は計り知れない。
そんな原因究明と再発防止策の検討を、住民検診を委託した側の杉並区と受託した側の河北財団が、それぞれ独立に外部の有識者たちへ委嘱して進めてきた。

他の自治体でも起こる(注:つまり河北が悪いというわけではない)
その報告書が11月と12月に相次いで出された。論理展開はまったく異なるものの、どちらも原因を杉並や河北特有のものに絞ることはできず、つまり同様のことがほかの自治体でも起こり得ると読み取れる内容になった。先に報告書を出したのは杉並区のほうだった。田中良区長から「公正かつ中立な立場から専門的な知見に基づきこれを検証し原因を究明するとともに、さらに区民が信頼できる検診とするため」の意見を求められた外部検証委員会が、9月に中間答申、11月15日に最終答申を出している。

その論理構成を端的に言うと、河北が信義を裏切って検診の質を下げた。ただし区全体の検診能力不足も一因となっており河北だけを責めることはできず、今後は需給バランスを整えながら精度管理して再発防止を図るべき、というものだ。検診能力が足りないのは杉並だけでなく、むしろもっと深刻なところが全国には珍しくないはずだ。そこが最も強調されていたら、発表の際に騒ぎになっていただろう。騒ぎにならなかったのは、答申全体を見たときに、河北が信義を裏切ったという部分が最も印象に残るよう書かれていたからだ。区や医師会に断りなく放射線専門医を読影担当から外していたとか、職員の研修がきちんと行われていなかったとか、区に無断で人間ドックと抱き合わせ実施していた、といったことが列挙されている。褒められた話ではないことは確かだ。ただし、いずれも、それを契約違反として問える明文規定はなかったようだ。

河北が悪い、と拳を振り上げてしまった以上、信用し過ぎたのがいけなかったという流れになるのも自然なことだ。河北が二重読影(医師2人が別々に読影する)を単独で行い判定まで完結させていたことを踏まえ、当面は撮影した医療機関に二重読影させるのではなく、撮影した機関で1次判定だけ行い、医師会の判定会で2次判定と総合判定を行うよう変更せよ、と答申は提言している。ただ答申の前半部には、そもそも河北が単独で判定まで完結させていたのは、区が検診を熱心に広報したところ受診者が増え、医師会の判定会で裁き切れなくなって、区が河北に依頼したから、という経緯も書かれている。しかも河北は区全体の2割を引き受けていたようだ。医療従事者が全国的に不足しているのに、元のかたちへと戻せという提言は机上の空論感が否めない。

そういう批判が出そうなのは外部有識者たちも認識していたのだろう、検診の業務量を減らす提言もしている。まず、現在は正面と側方の2方向から撮影しているのを正面からだけにせよ、と書く。それをすれば、読影医が見る画像の量は単純計算で半分になる。確かに画像に写った情報の見落としは減るかもしれないが、情報自体が少なくなるわけで、検診の目的である肺がんの早期発見率も下がってしまわないだろうか。同様に現在行っている聴打診と血圧測定は、都の指針に含まれていないからやめるべき、だそうだ。

「検診受入規模については、各実施医療機関へキャパシティー調査として、1日の検診受入可能数、月及び年単位の検診受入可能数及び検診受入可能数の増減やその理由等を事前に把握し、全体の検診受入規模を予め確認しておくべきである」のように、それが再発防止にどう結び付くのかわからない提言もある。
再発防止を真面目に考えたというよりは、医師会で処理できる業務量にするための帳尻合わせに苦心しただけ、と感じるのは私だけだろうか。

検診の有効性が前提(注:X線による肺がん検診には有効性のエビデンスがない!というより,有効性が否定されている)
区の外部有識者たちが、こんなピンボケの提言しかできなかった理由は、冒頭に紹介した河北の報告書と比べると見えてくる。X線による肺がん検診の有効性を疑わず、所与の条件として検討を始めているため、正しい体制で正しく実施すれば問題など起こるはずがなく、問題が起きたのは体制か、実施に正しくない点があったからに違いない、という論理構成になっているのだ。その結果、机上の空論が生まれ、本末転倒の帳尻合わせをする羽目に陥った。ただ「外部有識者」の顔ぶれを眺めてみれば、そうなるのも当然という感想になる。

X線による肺がん検診を厚労省が推奨しているのは、06年に厚労省研究班が作成したガイドラインに基づいている。その分担研究者で、現在は国立がん研究センターの「社会と健康研究センター検診研究部」長を務めている人物が委員4人のうちの1人だ。元厚労省医系技官の大学教授も委員に入っている。ガイドラインを疑うことなど考えつきもしなかったに違いない。

これに対して、弁護士が委員長を務め、民間の医師が2人、安全工学の研究者、患者団体代表の計5人という構成だった河北特別調査委員会の報告書は、河北の取り組みに細かい瑕疵がさまざまあったことは認めつつ、X線による肺がん検診そのものが有害無効であることで世界的には決着がついていると一刀両断し、「委員からは、このように胸部エックス線を用いた検査そのものが続く限り、読影体制等をいくら工夫したところで、本事例のような事態は防ぎようがないのではないか、という指摘もされた」と書く。

検診の有効性に真っ向から疑義を呈する根拠として挙げたのが、米国から11年に発表された論文で、無作為に選ばれた55歳から74歳の15万人以上を対象に、胸部X線正面像撮影による肺がん検査を4年間行ったグループと、それ以外のグループを13年間追跡調査したところ、両グループ間で肺がん罹患率と肺がん死亡率に有意差が認められなかったというものだ。X線撮影から見落としを排除することはできないし、被ばくという明確なリスクもある。そもそも検診という行為自体が大勢の人の時間とお金を奪う。肺がんが早期発見され死亡率も下がるというメリットがあるときに初めて、見落としや被ばくのデメリットと天秤にかけてでも、やるべきと判断することができる。やってもやらなくても結果が同じなら、検討するまでもないというわけだ。さらに、低線量CT撮影で肺がん死亡率が20%下がったという同じく11年発表の論文も挙げ、「対象をできるだけ特定し、低線量CTによる検査を行うというのがグローバル・スタンダードである」と、対象を限定せずX線撮影するという厚労省の推奨がガラパゴス化していることまで踏み込んだ。

こうした現状認識に立っているため、区の答申が期待したX線撮影の精度向上に関しても「医師・学会が、仮に専門家の育成や精度管理の向上に取り組んだとしても、肺がんの死亡率減少につながる効果的な取り組みは期待できないと判断し、有効性が疑わしい肺がんエックス線検査よりも、より有効性の高いCT検査の人材育成などのほうに注力している実情が根本にある」と、否定的だ。そして最後に、国や自治体に対して「胸部エックス線による肺がん検診の限界性についての周知」、「肺がん検診におけるCT検査の採用」、「無過失補償制度」などを提言した。

更新されない指針
河北報告書は、肺がん検診に関する厚労省の推奨がエビデンスに基づいていない、とケンカを売っているようなものだ。第三者的に見ると、厚労省はケンカを売られても仕方ない。河北報告書が挙げた論文2報をガイドライン作成に携わった関係者たちが知らないことはなかろう。それなのに06年から更新していないのは、いったいどういうことだろうか。先ほど部長が区の外部有識者だったと紹介した国立がん研究センター「社会と健康研究センター検診研究部」は、「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」なるサイトを運営している。何かの冗談だろうか、と笑ってしまう。一定年齢以上の住民全員にX線撮影を行うというかたちの肺がん検診が、検診機関や医師会の利権となっているため、その利権を壊しかねないガイドライン見直しに手を着けず、見て見ぬふりを続けてきたということではないのか。

朝日新聞の報道によれば、外部有識者からの最終答申を受けた日、杉並区の田中区長は会見して「区の検診には20億円かかっている。医師会、実施機関に丸投げ状態でやられてきたんじゃないかと私自身は思っていて非常に残念」と、述べたという。区長も薄々は本当の問題が何なのかに気づいているのだろう。惜しむらくは、有識者を選んだ段階で、本質的な答申が出てくる可能性を摘んでしまったことだ。河北報告書の「はじめに」は以下の文章で終わる。「本報告書が、現行の肺がん検診という制度そのものを見直す契機となり、今回の事例のような事態の再発防止につながることを、願ってやみません」
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