日銀の論文を添削してあげました

次の文章は,”信用リスク管理の高度化に向けた自己査定の活用について”と題して,1997年10月,日本銀行考査局から発表された論文(日本銀行月報10月号に掲載)の冒頭部分である.中身のない論文ほど文章を複雑難解にして中身のなさを取り繕うとする好例である.著者が主張したいことは中学生でも理解できる内容のはずなのだが,文章が悪いので意味不明となっている.この文章を中学生でも理解できる本来の姿にもどせ.

原文
 金融機関が業務を遂行していくうえで晒されるリスクは、近年ますます多様化、複雑化している。こうした中で、信用リスクの管理は、リスクが顕現化した場合の経営への影響の大きさという点で、最も重要な課題の一つであることは言うまでもないが、バブル崩壊後の不良資産問題の経験に鑑みて、信用リスク管理体制を如何にして高度化していくかが、改めてわが国金融機関の当面の大きな関心事項の一つになっている。日本銀行の考査においても、金融機関の健全性を判断するうえで、信用リスク管理体制の整備状況は、当然のことながら、最も関心を払うポイントの一つである。

 

解答例
一番初歩的な直し方は,まず,難解な言い回しを簡単にして,余計な言い回しを省き,結びつきの弱い文章同士がつながった長い文章を短く切ることである.下にその例を示す.

 金融機関が業務を遂行していくうえで晒されるリスクは、近年ますます複雑になっている。こうした中で、信用リスクの管理は、リスクが顕現化した場合の経営への影響の大きさという点で、重要な課題である.バブル崩壊後の不良資産問題の経験に鑑みて、信用リスク管理体制を如何にして高度化していくかが、わが国金融機関の大きな関心である。日本銀行の考査においても、金融機関の健全性を判断するうえで、信用リスク管理体制の整備状況に関心が払われている。

”であることは言うまでもない”とか”当然のことながら”とか,全く役に立たない修飾語を削り,”多様化,複雑化している”という部分を”複雑になっている”とし,最も・・な一つである”を”・・である”と言い換えた.それだけでも随分読みやすくなるはずだ.そして無駄な単語や言い回しを取り去ると,それぞれの文章の意味が単純に見えてくる.次にこの文章を単純に独立させてみる.

1.金融機関が業務を遂行していくうえで晒されるリスクは、近年ますます複雑になっている.

2.信用リスクの管理は、リスクが顕現化した場合の経営への影響の大きさという点で、重要な課題である.

3.バブル崩壊後の不良資産問題の経験に鑑みて、信用リスク管理体制を如何にして高度化していくかが、わが国金融機関の大きな関心事項である。

4.日本銀行の考査においても、金融機関の健全性を判断するうえで、信用リスク管理体制の整備状況は、関心が払われている。

1が導入で,金融リスクが複雑になっているという一般的事実を述べて,次に2以下で筆者の見解を述べている.ところが,2,3,4では,”信用リスクの管理は・・最も重要な課題の一つである”,”信用リスク管理体制を・・の大きな関心事項の一つ””信用リスク管理体制の・・最も関心を払うポイント”と,字面だけ替えて,信用リスクの管理が大切である,という同じ主張を繰り返している.とくに2と3はほとんど同じ事を言っている.

これは無駄だ.繰り返しをなくせば,この文章はもっと短く,簡単にできる.なぜ信用リスクの管理が重要なのか,誰にとって重要なのか,その2つの点を生かしながら,この文章をよりよいものにしてみよう.”顕現化”なんていう,お経の解説でしか使わないような言葉や,”鑑みて”なんて意味もないもったいぶった言い回しをやめるのも大切な作業だ.

金融機関が業務を行う時に晒されるリスク(信用リスク)は、バブル崩壊後ますます複雑になっている。信用リスクが現実のものになれば,金融機関の経営に大きな影響が出る.したがって,金融機関にとっても,金融機関の健全性を判断する日本銀行にとっても,信用リスクの管理は重要な課題である.

どうだ,ずいぶんすっきりしただろう.はじめは何やら崇高な議論が展開されているように見えたが,こうしてみると中学生でも理解できる内容だということがわかっただろう.そして日銀というところは,中学生程度の学問の内容を,誰にもわからないような文章として表現する作業をする場所だということがよくわかるだろう.

ルビコン川の向こうへ