西方浄土

この夏,ハイランド旅行を楽しんだ方々からお手紙をいただきました.私はハイランド紀行を巡礼と表現したことがありますが,巡礼というのは,それでも穏やかな表現になります.実際はもう少し物騒なものです.ハイランドを旅すると,この美しい土地にいつまでも自分の魂を引き止めておきたい.現世でもいろいろと処置に困る肉体が露と消えて,この魂だけがハイランドに残れば随分と便利な話ではないか,と,行き倒れ願望が頭をもたげてきます.

ぞっとする程の美しさというのは,あれはおそらく死を思うからではないかと思うのです.その死というのは,私が時に立ち会わなくてはならない肉親との悲しい別れではなくて,極楽との出会いという意味での死です.ハイランドが西方浄土というわけです.ハイランドをご存知なくても,恍惚の最中に死を口走る幸せを自ら経験なさった方ならばわかっていただけると存じます.

旅に病んで,夢は枯野をかけめぐる・・・・高校時代の国語の教師は,この辞世は客死の無念を現わすと評していました.私も何となくそんなもんかと思っていましたが,今考えてみると随分と迂闊な話でありました.無念どころか,奥の細道の著者ならば,きっと幸せだったに違いありません.あの国語の授業から三十年たって,初めて気づいたことでした.

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