キーワード:臨床試験、医療事故、倫理審査委員会、IRB、GCP、訴訟、WHO、accreditaion(認定)、ISO9001
Mission Impossible
薬事法jGCPに基づく治験を審査するIRBや臨床研究関連の倫理審査委員会は、臨床試験における介入の安全性を吟味し、当該治験実施施設の被験者を保護する役割を果たす、極めて重要な組織である。そこで審査される介入手段は、ほとんどの場合、すでに承認された医薬品や医療機器よりも、有効性と安全性に関するデータが桁違いにに少ない。
すでに承認された医薬品や医療機器の使用だって、専門家の医者が目の前の一人の患者さんを前にしてあれこれ迷う。なのに、それよりもデータが決定的に乏しい介入を、しかも、多数の被験者に対して行うのが臨床試験である。その是非の判断を強いられるIRB/倫理審査委員会の使命は、実はmission impossibleそのものだ。IRB/倫理審査委員会メンバーは、裁判員となるよりもはるかに難しい判断を強いられるばかりでなく、訴えられる可能性も否定できないことが自覚されれば、現在、各地に乱立しているIRB/倫理審査委員会の集約化が驚異的な速度で進行することは間違いない。
臨床試験で事故が起こった場合、IRB/倫理審査委員会の責任はどうなるのだろうか?PMDAの審査員同様、IRB/倫理審査委員会の免責の範囲は明確に規定されていない。
原告は誰を訴えようと自由だから、PMDAの審査員同様、治験で健康被害が起こった場合、IRB/倫理審査委員会とそのメンバーが訴えられる可能性は否定できない。もし、どこかで、IRB/倫理審査委員会そのもの、あるいはそのメンバーが被告となれば、欧州各国の数倍以上と言われる日本のIRB/倫理審査委員会の数はどうなるだろうか?
IRB/倫理審査委員会と利益相反
一方で、治験にも臨床試験にも、莫大なお金が絡む。治験の場合には、一施設当たり何千万ものお金が絡む。IRB/倫理審査委員会の判断は必然的にそのお金の行方と密接に関係する。利益相反の焦点としてのIRB/倫理審査委員会の判断は、病院や治験依頼者に莫大な利益、あるいは逆に損害をもたらす。たとえ治験・臨床試験で事故が起こらなくても、治験依頼者への経済的損失ゆえに、IRB/倫理審査委員会が被告になる可能性だってある。
国際共同治験への対応
IRBは治験遂行の要となる組織ゆえに、国際共同治験時代のIRBの品質も、国際標準であることを求められる。実際、台湾や韓国では、国際共同治験の呼び込みを目的として、自国IRBの多くが、WHOによるaccreditation(認証)を取得しようとしている。一方、わが国では、WHOの認定どころか、IRBの登録がようやく始まったばかりで、日本のどこにどのくらいの数のIRBがあって、どのような活動をしているのかさえ、誰も知らない野放し状態である。
IRB/倫理審査委員会を規制する当局
それでは、IRB/倫理審査委員会を規制する当局はどこか?それがまた統一されていない。薬事法に基づく治験は、厚労省医薬食品局審査管理課が担当する。一方、薬事法に基づく治験は、同じ厚労省でも、医政局研究開発振興課であり、部署が異なる。両者の連携はもちろんあるが、規制そのものも、片や薬事法GCPという罰則の明らかな、国会で決まった法律である一方、片や「臨床研究に関する倫理指針」という、高校の生徒会規則並の文書でしかない。
IRB/倫理審査委員会の品質保証
IRB/倫理審査委員会これほどまでに困難な仕事を引き受けているにもかかわらず、委員達の教育・研修環境は惨めなものである。忙しい本業の合間に委員会に出席さえままならない委員達は、分厚い資料を読む暇さえない。そもそも資料の読み方さえわからない。そんな体たらくではe-learningといっても、絵に描いた餅だ。e-learningの問題点は楽しくないことだ。一人でディスプレーに向かっても、楽しくないから学習効率も上がらない。
一方、IRB/倫理審査委員会の品質保証に責任を持つべき規制当局の方も、労働基準法など糞食らえの徹夜残業の毎日で、IRB/倫理審査委員会の品質保証どころか、自分の精神衛生の維持さえ困難な状態だ。
IRB/倫理審査委員会の品質保証を実現するためにも、IRBの集約化は急務である。そして、IRB/倫理審査委員会委員の、教育・研修の機会を確保する。この場合e-learning以外の、実際のコミュニケーションの機会が大切である。たとえば、診療義務を免除してPMDAで半年間研修するとか、FDAの視察に出かけてもらうとか、関連学会(たとえば臨床薬理学会)に加入できて、学会の主催する研修会に参加できるとか、仲間ができる機会が大切である。
まとめ
IRB/倫理審査委員会の使命の重要性と難しさが全く理解されていないため、品質の悪いIRB/倫理審査委員会が乱立している。IRBの質の向上のために、IRB/倫理審査委員会を集約化し、委員の教育・研修のための資源をそこに集中させる必要がある。
参考:(別に米国が素晴らしいという意味では全くないのですが、まともな資料がこれ以外には見当たらないのです。もしこのほかにいい資料があったら是非教えてください)
1.米国被験者保護局の視察報告(山本精一郎 臨床研究の倫理指針に関する専門委員会 2007/11/1)