急患が来るとの連絡を受けたら,まず排尿・排便を済ませ,さらに時間があれば腹ごしらえをしておくこと.まともな医者ならば,そう習ってきただろうし,また後輩に対してもそう教えてきただろう.その背景にあるのは,「急患が入ったら,飯を食うどころか糞している時間もねえんだからな!」というメッセージだけではない.
何でも瞬時に検索できるから,調べることができるから,すぐに予習をしようとする.その予習のリスク・ベネフィットバランスも考えずに。
予習をしないのは怠惰の証拠,行き当たりばったりは悪,出たとこ勝負は犯罪と見なす習慣は,バーチャルな、おままごとの世界に止めておくがいい.同じ患者は一人としていない.一人の患者でも毎日が違う.そんな現実世界では,全ての行動がが行き当たりばったり,全ての勝負が出たとこ勝負.
そんな社会では,知ることにより,見えなくなることがある.そんなことに気づけなくなることに気づけなくなる.「何が起こるかわからない」と言える謙虚さが,自分と患者の両方を守る.そんな簡単なことに気づけなくなる.
脳梗塞の急患が来るとの連絡を受けたら,まず排尿・排便を済ませ,さらに時間があれば腹ごしらえをしておくこと.恵まれた研修システムのおかげで,さらに時間があっても決して脳梗塞の勉強などしてはならない.そんな暇があったら食後の昼寝でもしているがいい.
脳梗塞の急患が来るとの連絡を受けて,脳梗塞の予習をしてしまったが最後,意識が混濁した患者が来ても,陳旧性のラクナ梗塞画像しか見えなくなる.意識が混濁しながらも手足をもそもそ動かしている患者の姿は見えなくなる.そして,随分と経ってから,血糖が400を越えているとの連絡を受けて,罵声を浴びながら,あるいは冷たい視線を浴びながら,冷や汗をかきながら,高血糖に禁忌のグリセオールの瓶と生食の瓶を交換する羽目になる.
急患だけじゃない。キャリアパスのような長期展望ならなおさらだ,
なのに,何でも瞬時に検索できるから,調べることができるから,すぐに予習をしようとする.その予習のリスク・ベネフィットバランスも考えずに,予習をしてこない人間に対して虚しい優越感を得るために,全国の有名ブランド研修病院を調べ上げ,自分にぴったり合った研修病院を決めるアルゴリズムも作成し,第四希望まで決定するまでは安心できない.そんな周到な準備が,一寸先が闇の世の中で何かの役に立つとでも思っているのだろうか?
しかし,そんな純朴な若者達だけを非難するのは、ひどく不公平というものだ.
医学生は,大学受験勉強と国家試験のダブル受験勉強で,最強の予習ロボットを目指すように徹底した訓練を受けている.即ち,予習という武器が最強の危機管理アイテムであるとの幻想を抱かされている.
そんな教育を受けた若者が,国家試験が終わった途端、予習が自分と患者の両方をリスクに晒す現実世界に、いきなり突撃させられる仕組みになっている.
若者達を守り,育てる責任ある立場に立つ人達の一体何割がこの卒前・卒後教育のギャップを意識しているだろうか?