その日の僕の出で立ちは,いつもと変わるところはなかった.上は15年前に大枚3万円をはたいて買ったエディー・バウアー製のマウンテンパーカー.お茶の水はすずらん通りの,今は亡き”きりんや”の奧に鎮座ましましていただけあって,非常にしっかりした作りで,3万円払う価値があった.僕にとっては誇り高い衣装の一つで,スコットランドの山々もこれを着て歩き回ったものだった.しかし15年の寄る年並には抗しきれず,すでにその時はアメ横の古着屋からくすねてきた安物のジャンパーにしか見えなかったのかもしれない.下は5年前にグラスゴーで1ポンド80ペンス(当時の円換算で400円ぐらい)で買った雨具としてのビニールズボン.もはや防水機能など全くなかったが,風よけ,保温のためにコットンパンツの上に履いていた.その日は雪解けの道を歩いた後で,泥の跳ね返りが大分こびりついていた.靴はといえば,半年ほど前に,これもやはりお茶の水の登山用品の店で大枚8000円をはたいて買ったアウトドアシューズで,悪い品ではなかった.ただ,その日の朝,久しぶりに下駄箱から取り出したので,かびが目立っていた.そしてほころびの目立つ黒の布製リュックサックをしょっていた.
一月の寒い木曜日だった.地下鉄日比谷線は上野駅.改札横の臨時用窓口の前.何か特別の時以外はカーテンが降りて閉じている.その一角は付近の照明からも遠く,薄暗くなっていた.その窓口前のカウンターにリュックを置いて,これから尋ねる病院の電話番号を確認するため,中の手帳を取り出そうとしていたところだった.思えばたくさんの偶然が重なって,舞台装置はこの上もないくらい整っていたのだ.
”仕事あるよ,仕事”
背中越しの呼びかけだった.都会の真ん中でいきなり声を掛けられる時は,まず用心が先に立つが,日本内科学会認定内科専門医にjob offerをしてくるのはどんな人物だろうという好奇心の方が強くて思わず振り返った.
そこに立っていたのは身の丈160cm程の小柄な,半白の,恐らく50代前半の男性.茶色の古ぼけた皮ジャンパーを羽織り,目深にかぶったハンチングの下の眼光がやけに鋭かった.それまで,僕にとって,小説の中の世界でしか知らなかった”手配師”という職業が,いきなり目の前に現れた.こいつは本物だ.理屈も何もなく直感した.ゴルゴ13に銃口を向けられた者が一瞬感じる予感とはこんなものなのだろう.相手はさらに追い打ちを掛けてくる.
”仕事探してるんだろ,仕事”.
冷やかしじゃない.完全に見込まれた.簡単な呼びかけでコミュニケーションを図っているのは,外見から,私の日本語能力がそれほど高くないと判断したからだろう.答えるべきか,否か.決断次第で自分の知らなかった世界が覗ける.モデルにならないかと声を掛けられた女性の気持ちが初めてわかる.その雰囲気に圧倒されて,思わず,どんな仕事があるの,と聞き返しそうになる.待て,ここまで来れたんだ.また次もあるだろう.何もかも初めての自分が高望みするのは危険だ.
”どうもありがとう.でもまず自分で探してみるよ”.
”そうかい,自分でね”
彼は冷笑するでもなく,落胆するでもなく,機械的な応答だけを残してすばやく立ち去った.その実務的な態度は,私の見立てが間違っていないことを証明していた.
人を見かけで判断してはいけないというのは嘘である.人は見かけでしか判断できないというのが正しい.