植民地気取り

私が四半世紀前に卒業した大学の同窓会が,会誌に原稿を書くように依頼してきたのはいいが,その原稿は,何と,医者を辞めてしまった人間が,どうやって生計を立てているのかというコラム(“本籍医者,現住所?”なる名称)のためのものであった.PMDAに対する認識がその程度では,いまだに三流大学との評判を払拭できずとも仕方あるまい と突き放しては教育にならないので,丹念に説明した原稿が下記である.(お茶の水会医科同窓会会報 2007/5/21 No.234 P23)

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題名:私の現住所は臨床医

本欄の執筆資格が臨床を離れていることならば、診療よりも培養細胞やマウスの世話に熱心で,基礎研究で輝かしい業績を重ね続ける医師免許保持者の方がよほどふさわしい。そういう方は同窓にきら星のごとく名を連ねていらっしゃる。とは言え、せっかくの機会をいただいたので、以下,臨床医としての私の仕事を説明しよう。

私の現職名は医薬品医療機器総合機構(PMDA)新薬審査第二部審査役。英語の職名はDirector Medical Reviewer.つまりPMDAの臨床医を束ねる役ビころである。PMDAの名前を初めて聞く方でも、PMDAに相当する米国の組織、FDA〈食品医薬庁〉は、よくご存知だろう。多々あるFDAの部署の中で、医薬品評価の中心となるのがCenter for Drug Evaluation and Researcb(CDER)である.そのCDERだけでも300人を優に超える常勤の臨床医を抱えている.CDERの臨床医を束ねるRobert Templeは米国で最も有名な臨床医である。従って、私の現住所も彼と同様,臨床医である。

PMDAに来る前はもちろん(Lancet 2000;356:1851BMJ 2002;325:800)、PMDAに来てからも(Lancet 2005;365:187)、私が臨床のトップジャーナルに筆頭著者で論文を出してきたことも、臨床医である紛れもない証となる。

15年前に2年間のスコットランド生活から帰国後は、埼玉県の重症心身障害者施設に7年、上越の国立精神療養所に4年と、地域医療の現場で過ごした後、2003年から,現在のPMDAの前身である医薬品医療機器審査センターに参画した。PMDAの臨床医は、製薬企業の新薬開発に対し,適切な助言をするために、最新の診断・治療に精通していることを要求される。また、製薬企業から承認審査(俗に言う“認可”)のために提出された膨大な臨床試験データを吟味するためには、NEJM、JAMA、Lancet、BMJといったトップジャーナルはもちろん、Cborbrane Systematic Review,ACP Journal Clubのような二次情報誌や、診療ガイドライン、UpToDateのような教科書にも精通していなければならない。なお、PMDAの臨床医は、週に一日、診療に携わることが奨励されている。

何事にも勉強熱心なお茶の水会の同窓諸兄は別として、PMDAの名前を知らなくても、FDAを崇拝することによって,米国植民地を気取る臨床医がまだまだ日本には多い。それゆえ、私は,そのような時代錯誤主義者たちに,小学生でも理解できる常識を,懇切丁寧に説明しなくてはならない.つまり,米国の国益に専心するFDAとは全く別に、独立国家たる日本には、日本国の地域性を踏まえ、日本国民の命に責任を持つ組織が必要だと.

その際に、年間2000億円もの連邦予算を消費するFDAの使命は,合衆国民の利益に奉仕することであって、日本人の利益には一切頓着しないことも説明する。一方で,年間予算もマンパワーもFDAの1割にも満たないPMDAの職員は、日本国民の令を守るため、日本の医療現場と同様の過酷な勤務を強いられながらも、FDA並みの業績を上げていることも強調するよう、心掛けている。

 米国の利益を最優先するFDAを神のようにあがめ、“厚労省の認可が遅い”とステレオタイブに喚いて思考停止に陥っている日本人の精神構造の源流は、鹿鳴館時代にまで遡ることができる。同様の事例として,現代日本の医学教育の一部に残存する米国東海岸崇拝がある.これも、明治初期のお雇い外国人教師氾濫時代に端を発するからである.しかし、基礎医学研究の各野では、このような時代錯誤的な欧米崇拝は、疾うに消滅している。わが国の基礎研究者は、NIHから出てきた論文を盲目的に信用したりはしない。ならばFDAの判断を有り難がる必要なぞ全くないことは自明の理である。

FDAの判断を盲目的に賞賛する幼児性の背景には、欧米何するものぞと自信満々の基礎研究者に比ペて、臨床試験・臨床研究の分野で、世界的に優れた業績をなかなか上げられない〈JIM 2007;17:121-123〉我が国臨床医の自信のなさがある。このような悲しい状況の改善への貢献が、PMDA Director Medical Reviewerとしての私の使命である。
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