最新人間生物学信仰

メディカルスクールは,大学卒業後に入学する4年間の専門職大学院 と説明すると,何やらたいそう高級な学校のように聞こえるが,なあに,臨床医養成の職業訓練校である.現行の大学医学部に,職業訓練校としての機能がほとんどないことが,メディカルスクール論議の背景にある.医者の促成栽培だけがメディカルスクールの目的ではない.行動科学,心理学,社会学,経済学,政治学といった社会・人文科学を,臨床現場で活用できるように教育する,本来の意味での職業訓練の場を作るためでもある.

となると,わざわざ新たに資金と人材を投入してメディカルスクールなる組織をつくるよりも,現行の医学部に,職業訓練校の機能を持たせる方が簡単だし効率がいいのではないかと考えが出てくるが,それが簡単にはいかないので,ここまで多くの人が苦労してきている.

現行の大学医学部の人間生物学偏重と社会・人文科学軽視には,医学部の歴史の同じ長さの伝統がある.人間の診療よりもネズミの世話に長けている医師免許保持者が拡大再生産されてきた歴史がある.その結果,最新の人間生物学を知らなければ,そして自分で研究しなければ,最善の診療ができないとのドグマに,医者であるとないとにかかわらず,いまだに多くの人が取り憑かれている.この,最新人間生物学信仰を明日ひっくり返すなど,金輪際できない相談である.

後期研修医募集を目的とした都立病院の寄せ集めが東京医師アカデミーなる名称も,このあたりを強く意識したものだろうが,そんな,”アカデミー”が,”スケールメリットを生かして”なんて,90年代後半を髣髴とさせる時代錯誤的なキャッチコピーを掲げるところに,お役所ゆえのセンスのなさが伺われて,哀愁を誘う.

今でこそ,形の上では,医療面接,コミュニケーション,プレゼンテーションといった科目が,医学部教育に少しずつ盛り込まれるようになったが,いままで人間生物学ばかり教えていた教官が,医療崩壊の日々の診療の片手間にやっているだけで,その専門家が専任で教えているわけではない.さらに,現行の大学医学部では,診療報酬を確保し,研究費を分捕ることが至上命令となっており,職業訓練・教育が極めて困難な状況になっている.

となると、東京都のように医師不足に悩む組織が(東京でも医者は足りないのである.医師の大都市偏在は地方のプロパガンダである)、首都大学東京には医学部はない,さりとて,6年生の都立医科大学を作って自前で医師を確保するなんて悠長なことは言っていられない.ならば,早い,安い,上手い(?)メディカルスクールという話が出てくる.(多様な経歴を持つ医師の養成へ 都のメディカルスクール有識者検討会が初会合 2007. 8. 8 日経メディカルオンライン

メディカルスクールの狙いは医者の確保だから,卒業生の進路に極めて厳しい制限がつく.東京医師アカデミーの卒業者と同様,首都メディカルスクールの卒業生は全員都立病院勤務となるに違いない.卒業生自身にとっては,”なる”のか,”なれる”のか,”させられる”のかは大きな違いである.

医者が足りないからこそ,無理をしてでも,メディカルスクールを作って医者を確保しようとする.足りないのは,医者が来てくれないからだ.大都市,とくに東京は,研修医がたくさん集まるところだ.その東京にある都立病院で医者が足りないというのは,一体どういうことだろうか?医者の労働条件がよほど悪いのではないだろうか.

メディカルスクール構想の一番の障害は教育のための人材確保である.メディカルスクールでは,現行の大学医学部以上に,優秀な臨床医が教官として必要だが,現行の大学医学部が,質の善し悪しなどこだわっている場合ではない,とにかく医師免許さえ持っていればいいとばかりに,人材確保に必死になっている世の中で,あの悪名高き東京ERの提唱者がトップにいる自治体が作るメディカルスクールでの教官や,その卒業者の労働条件や如何に。

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