医療の現場で,明かな事故が起こった場合、診療録保全となった場合、訴訟が起きた場合、個人は組織の中でどう動くべきなのか,対する組織はどういう動きをするのか,保険会社はいつ、どう介入してくるのか、こういうノウハウに対して、施設も、勤務医も、余りにも無知だと思いませんか?ケーススタディの積み重ねとシミュレーションが必要ですが、裁判の前、退院から診療録保全に至るまでの期間が空白なのです。実は二次災害(裁判への発展)を予防するためには、この間のケーススタディが非常に重要なのですが、誰がどう考え、どう行動してどういう結果を生んだかということが全くわかりません。そういうデータベース、ノウハウを持っているところは、どなたか御存知ありませんか?
ないとすれば、これまでの出来事を発掘していくこと、それからこれから起こる不運な出来事をprospectiveに記録することを、我々自身がやらねばなりません。我々以外はだれもやらないでしょうから。とりあえず、組織本体の訟務担当者と損保会社にコンタクトをつけることかな。
参考までに,損害保険会社がくれた,”勤務医師賠償責任保険ご加入の皆様へ”というパンフレットに掲載されていたフローチャートをご覧下さい.このフローチャートを見ますと,損害保険会社は,患者側と病院・医師との交渉には一切関与しないことがわかります.損害保険会社は,事故報告を受け,示談あるいは判決に至った場合には,その内容を確認して保険金を支払うだけとなっています.
このフローチャートをそのまま信用すれば,患者側と病院・医師側の示談の内容には,損害保険会社は,一切介入しないことになりますが,そんなことは絶対ないでしょう.では実際はどうなるのか?そこが知りたい.特に注目すべきは,損害保険会社と厚労省が連絡・協議するという線で,おそらく,このレベルで示談にしろだの,裁判で争えだの,決めて,指示を出してくるのでしょうか??
裁判の手前でのコンフリクト・マネジメントの必要性を、改めて強く感じたのは、次の様な出来事でした.ある患者団体主催の医療事故相談会に先日出席しました。これは、証拠保全に至る前の段階のスクリーニングです。弁護士と医者がペアになって、患者・家族が、事故ではないかと考えたケースの相談を受け、助言するのです。診療録保全の手前ですから、患者・家族はメモをもとに話すことがほとんどです1件あたり30分、8件受けたうち、こりゃ、病院側がやばいなというのが1件、医療側に落ち度はなく、非常に運が悪かったと思われるケースが1件、残りの6件は、話を聞いた限りで、特別な落ち度がない、あるいはむしろよくやっていて、そこそこの結果のはずなのに、医療過誤かあったと強く信じているケース。各件別の比率はほぼ予想通りでした。
最近の週間医学界新聞の連載で李 啓充先生がご指摘の如く(Harvard Medical Practice Study の紹介),実際には過誤がなかったのにもかかわらず過誤があったと判断されたり,その逆に過誤があったのに過誤がなかったと判断されたりする愚が、大量発生しているであろうことが切実に感じられました。実際、過誤がないのにあると思いこんで(場合によっては弁護士に思いこまされて)、着手料と証拠保全料金だけ取られて、”いろいろ考えてみましたけど、やっぱり訴訟までは難しいですね”とかなんとか言われて、はいさよならと言われてしまった家族から、”医療過誤があるはずだから何とかしろ”と言われてほとほと困っていた(別の)弁護士を知っています。
医療事故裁判で、医者も、患者家族も、弁護士も、裁判所も、みんなみんな、労力とお金と悲しみを浪費しているのです。勝者なき裁判を予防する仕組みが必要なのです。私は、8件立て続けに、それも1件あたり、30分という限られた時間の中で、長年にわたる愛情、お金、命、自尊心、憎しみ、そういった大切な物がごちゃごちゃになった面談を受けただけですが、いくら外来面接に慣れているといっても、これが4時間ぶっ続けですからね。参った。患者団体がボランティアを募ってやる仕事じゃないですよ。
っていうことで、Medical Conflict Mannagementの組織として、医療被害防止・救済センター構想が出てきているわけです。厚労省も乗り気みたいですから、設立は案外早いかもしれませんね。ただ、こればっかりは箱物をつくっても人材が入らなければどうしうようもない。こういう組織を純粋なお役所にすれば、裁判所同様、業務の非効率性が大問題になる。そこで、それこそ株式会社参入の余地があると思うのです。例えばですな、警備会社や自動車保険屋が売っている一般向けの医療保険にですな、上記の患者団体が催しているような、医療事故相談のメニューを加えるんです。今や健康相談なんてのんびりしたことを言っている時代じゃないって煽りで、示談屋メニューのオプションというわけでんな。どうでっか?ぎょうさん売れまっせ。
つい最近でもIT革命なんて与太話に乗せられて金をドブではなくコンサルタント会社の懐に捨てていた経営者もいたぐらいですから(さすがに病院や診療所の経営者には少なかったでしょうが)こういう所にこそ投資するという意識はこれからどんどん高まって行くのでは?損保会社も、ただ横並びで漫然と医陪責保険を売るばかりじゃなく、警備会社や自動車保険屋も、見当違いのあばら家に入ってどこかに金が隠してあるんじゃないかって虚しく探し回るより、こういう分野にこそ参入の社会意義があるでしょうし、直接命のやりとりをするリスクもないし、保険の縛りもないからパイも大きくなるし、いいことばかりだと思うのです。
保険の縛りからはずれて非関税障壁の少ないこういう分野は、米国有名大学医学部の名前を冠した海千山千の企業が太平洋の向こうで虎視眈々と狙っているでしょうから、早い者勝ちでっせ。ハーバード大学病院リスク・マネジメント財団なんて名前を聞けば、みんなころっと参っちゃうでしょ。